結婚した後の懸念は…
雪の上の散歩から十日後。ヘーゼルダインの屋敷の周りは、すっぽりと雪に覆われてしまった。既に私の胸の辺りまで雪は積もり、騎士団や家令たちの一番の仕事は雪かきへと変わっていた。
ラリー様の話では、これからの騎士団の仕事は雪かきや屋根の雪下ろしなどがメインになるのだという。街道や主要な道路、建物の周りの雪をどかさないと緊急の時に困るから、というものだった。雪が積もっても食料などの配送は必須だし、医薬品や日用品だって必要なのだ。雪に閉ざされると聞いていたけれど、実際にはそんな事はなく、雪の中でも人々は逞しく生きていた。
そんな中、私は相変わらずラリー様やユーニスに構い倒されていたけれど、時々騎士団の救護院に顔を出して、雪かきで怪我をした騎士達の治療をして過ごした。雪かきで腰や腕を痛めた者、屋根の雪を下ろしていて落ちて骨折した人など、雪にまつわる怪我をする人は思った以上にいた。あんなに柔らかそうでふわふわしている雪だけれど、積もると重いし危険なのだ。特に今の時期は医薬品も品薄になるので、私の力はかなり重宝された。
そんな事もあって私は、メアリー様の身代わりになっていた聖女の力を持つ女性達にお願いして、街で怪我人の治療をお願いしてみた。彼女たちは自分達が犯罪の片棒を担がされていた事を酷く悔やみ、自分達にも罰をと言っていたけれど、そこはラリー様が彼女たちに罪はないと無罪放免にしていたのだ。
でも、何かあったら力になりたいと言っていたので、せめて冬場だけでも…とお願いしてみた。私が行きたいと言うと、ラリー様をはじめとして、側近や侍女たち総出で反対されたのだ。どうしてそんなに…と思ったら、ユーニスがその理由を教えてくれた。
「そりゃあ、アレクシア様が辺境伯夫人になられたからですよ」
「それはそうだけど、でも、今までだって街には行っていたじゃない」
「前はまだ正式な夫人ではなかったからです。今は実質共にご夫婦ですから当然ですわ」
「でも…今は雪のせいもあって、夜盗なんかも出てこないんだし…」
「雪だからこその危険もあるのです。馬車も滑りやすくなっていますし、雪で立ち往生なんて日常茶飯事ですわ。それに…」
「それに?」
「これからはいつ何時お子が出来てもおかしくないでしょう?」
「…子、って…」
「お子が出来たら馬車での移動も、寒いところも厳禁ですからね」
「な…!」
なんて事言うの、と思ったけれど…確かに言われてみればその通り、だった…だって、確かに子供が出来るような事はしていたから…でも…
「でも、まだ早いんじゃない?結婚してから日も経っていないんだし…」
「そんなのわかりませんよ。出来る時はたった一度でも出来るのですから」
「な…」
「まぁ、出来れば春の王都での夜会までは出来ない方がいいかとは思いますけど」
「夜会って…あの陛下の?」
「ええ。陛下が主催する夜会か舞踏会で陛下から紹介されるのが、貴族の結婚の慣例ですからね」
「……」
すっかり陛下の事を忘れていたけれど…そうだった。春になったらここで貴族向けの披露パーティーをして、直ぐに王都に向かう事になっていたけれど…確かにそれまでに三月はあるから、子どもが出来てもおかしくはないのだ…でも…
「もし子が出来たら…この後の予定はどうなるのかしら」
「そうですね、時期的にも安静が必要な時期なので、披露パーティーは出来ても、王都に向かうのは難しいでしょうね」
「そう、よね」
「色々と想定外でのご結婚でしたから仕方ありませんけど…出来れば王都から戻るまではお子が出来ない方が有難いとは思いますが…」
「じゃ、それまでラリー様に遠慮して頂けば…」
「それは出来ない相談だね」
「…っ」
すっかりユーニスと二人だと安心してあからさまな話をしていたけれど、割り込んできた声に私は思わず固まってしまった。一方のユーニスは、姿を現した声の主に眉をひそめていた。
「シアを愛でるのを遠慮するなんて選択肢は私にはないよ。披露パーティーや兄上の夜会なんぞよりも、可愛いシアの方がずっと大事だからね」
爽やかな笑顔を浮かべるラリー様だったけど、言う事は恥ずかしさの極みに近かった。どうしてそんな事を口に出して仰るのよ!とモヤモヤしたけど、ラリー様は涼しい表情で私の心中などお構いましだ。ユーニスもいるのだからやめて欲しいのだけれど…
「披露パーティーは問題ないだろうけど、夜会なんていつでもいいんだよ。夫人の妊娠で延期なんて事もたまにはあるし」
「でも…たまに、ですよね?」
「まぁ、普通はこんなシーズンオフに婚姻を結んだりはしないからね。でも、仕方ないだろう?こっちの話も聞かずに婚姻を成立させたのは兄上だ。だったら多少の事はこちらの自由にさせて貰っても構わないよ」
そこはもの凄く構いたいんですが…と思ったが、ラリー様にはどこ吹く風だった。兄弟という気安さや、こちらの意見を無視したやり方が今でもお気に召さないのだろう。そうは言っても、結婚してからのラリー様からはそんな感じはしなかったのだけど。
「シアとの子どもなら早く欲しいと思うけど、シアはまだ若いからね。もう暫くは二人の時間も楽しむのもいいね」
「なっ…」
こ、子どもなんて全然かんがえた事がなかっただけに、二人の話は思いがけなくて私は何て答えていいのかわからず、言葉が出なかった。でも、確かに子どもが出来る可能性はあるのだ…何と言うか、自分がまだ子供のような気分だったのもあってか、ピンと来なかったけれど…結婚したんだから子供が出来てもおかしくない、のよね?しかもラリー様は月のモノが来ない限りはほぼ毎晩だし…
「どうせなら、シアそっくりの女の子がいいな」
「それは私も同感ですわ。その時は私が心を込めてお仕えしたいですわね」
「ユーニスが付いてくれるなら心強いが…そう言えばユーニスは、まだ結婚しないのか?」
ラリー様はそう仰ったけど…ラリー様、ユーニスはまだそんな相手はいないのですけれど…そう思ってユーニスを見上げたけれど…そこにいたユーニスは私が思っている姿ではなかった。相手などいませんから、とピシャリと言い返すと思っていた筈のユーニスが、真っ赤な顔をして立ち竦んでいたからだった。




