レアード王子の目覚め
それから三日後、ようやくレアード王子が目を覚ました。これまでも何度か目を覚ましてはいたが、まだぼんやりと意識がはっきりしていなかったのだ。だが、今回は明らかに意識が明確だった。体力がかなり落ちてしまったが、ようやく山を越えたのだろう。
「一体何があったのか、話して欲しい」
レアード王子のベッドの脇に腰かけたラリー様が、レアード王子にそう話しかけた。私はラリー様の左側に立ち、ロバート達と一緒に話を聞いた。
レアード王子の話では、王子の国王打倒の計画が国王に漏れて、国王一派に追われたために、姪と昔から仕えてきた側近を連れてこちら側に逃げてきたのだという。
しかし、国境を超えたあたりで、側近が態度を豹変させた。彼の正体は国王の影で、レアード王子の見張り役だったのだ。レアード王子も最初は疑いを持っていたが、実直な彼の働きに疑念は気のせいだったと思い側に置いていたという。だが、その考えは甘かった。
結局、姪を庇って傷を負ったレアード王子だったが、相打ちに近い形で彼を討ったという。それでも傷が深く、その場で倒れ込んでしまったのだと。
「そうか…」
「あの男は、どうなった?」
「ああ、今は貴族牢に入れて、基本眠って貰っている。本人には、命を狙われているから警備が厳しい貴族牢にいて、王子達も隣の部屋にいると伝えてある」
「そうか…それで、あの子は…」
レアード王子が気にしたのは、姪の事だった。彼女は傷は癒えているけれど、未だに目を覚ましていなかった。体力がないからではないかと医師は言っていたけれど…発見してから二十日近くが経つだけに、そろそろ体力が限界に近づいているように思う。大人二人が目を覚ましたのだから、この子もそろそろ目を覚まして欲しいのだけれど…
そうは言っても、今は私達にはこれ以上できる事はなかった。私の力も十分送っていて、今は送っても直ぐに切れてしまうし、医師にも診せているけど、先生も目覚めるのを待つしかないと言っていた。後は体を冷やさないように温かくしてあげるくらいだ。
目が覚めたレアード王子は、日に日に回復していった。さすがに長い間眠っていたせいで体力はかなり落ちた様だったけど、それでも目に見えて回復していくのが分かった。
レアード王子が目を覚ました二日後、ようやく姪が目を覚ました。ただ…目を覚ました姪は、レアード王子の事を何も覚えていなかった。いえ、それどころか、自分の名前すらも覚えていなかったのだ。
医師に見せたが…かなり怖い思いをしたのと、死ぬ直前までの体験で記憶を失くした可能性があると言われた。元に戻るかどうかもわからないらしい。
この姪が目を覚ました事に、レアード王子な涙を流さんばかりに喜んでいた。亡くなった妹さんの遺した子で、彼にとってはたった一人の家族なのだという。彼にとっては、父親は家族ではなく、母や妹を苦しめた仇のような存在なのだという。
「あの子にとっては…記憶がない方が幸せかもしれない」
そう言ったレアード王子の言葉を、私は否定できなかった。確かにあの子にとっては、二度も死にかけるほどの大怪我を負った記憶など、きっとない方がいいだろう。
「…辺境伯、頼みがある」
姪が目を覚ましてから三日後、レアード王子は改まった口調でラリー様に話しかけた。ここ二日ほどずっと何かを考えこんでいるように見えたけれど、今後の事についてだろうか。彼にしてみればこのまま自国に戻る事も出来ないから、そうなればラリー様に頼らざるを得ないのだろう。私はラリー様の側で話を聞く事になった。レアード王子もそうして欲しいと言ったからだ。
「私を、殺して欲しいんだ…」
「…え?」
やっと助かったのに、殺して欲しいと言われるとは思わず、私は思わず声を出してしまった。そんな事を言わせるために助けたわけじゃないのに…
「ああ、アレクシア嬢、すまない。そう言う意味じゃないんだ」
「…それは、レアード王子を死んだ事にするという事かい?」
「ああ、さすがは辺境伯殿。話が早いね」
殺して欲しいと言ったレアード王子の言葉に動揺してしまった私だけど、王子の真意は『レアード王子が亡くなった』とラリー様の名で公表して欲しいという事だった。どういう事かと思ったけれど…レアード王子が言うには、彼も姪も、隣国には戻れないのだという。既に反逆者として名を連ねてしまった者の末路は死のみだ。あの国王は既に、自身の息子を何人もそうして粛正していた。そこに今回、レアード王子の名が追加されたのだ。
こうなってはもう、この国にいても安心できないのだという。この辺境伯領には隣国のスパイが何人も入り込んでいるし、それは王都だって変わらない。生き残る唯一の方法は、死んだ事にして別人として生きる事なのだという。
「では、あの子も…」
「ああ、あの子も今の名を捨てるしかない。いや、あの子はもう王族だった頃の記憶はない。このまま、私の子として普通に育って欲しいと思う」
レアード王子は、そう言って力なく笑った。隣国の王は残虐だから、これしか方法がないという。そして、ラリー様も王子の言葉を否定しなかった。
そしてそれから十日後、ラリー様の名でレアード王子とその姪の死が公表された。傷が深くて療養の甲斐なく亡くなった事にしたのだ。隣国側の領主に遺体を引き取りに来るように通知を出したが、冬を迎えて山越えが難しいのを理由に断られたため、こちらで火葬した後、春に遺骨を渡すことになった。
一緒に居た男に事情を聴くと、彼は家族が人質になっているため逆らえなかったと言う。そういう事であればと、レアード王子とラリー様は、彼に遺品を持たせた上で、春になったら帰国させる事にした。彼は傷を治した事に恩義を感じただけでなく、以前から王子の事を不憫だと案じていたが、自身も家族のために裏切る事は出来なかったため、この計画に乗る事を了承したのだ。そうは言っても、スパイの疑念は消えないため、春までは監視付きで貴族牢暮らしになるだろう。




