初めての夜
「…ア…、シア…」
ぼんやりした意識に入り込んできたのは、誰かに呼ばれる声だった。聞き覚えのあるその優しい声は、私の大好きな人のもので…
「シア?」
「…ふぇ?」
軽く揺さぶられるのを感じると共に、意識が浮上して、視界に入ったのはラリー様のお顔だった。顔を覗き込まれているのが分かったけど…何だかすごく眠くて、ぼんやりしたまま見上げていた。それでも、ゆるゆると意識がはっきりしてくると共に、私は意識を失う前の事を思い出して…硬直した。
「…ラリー、様…」
「目が覚めた?」
「え…っと…はい…」
目が覚めたのはよかったけれど、自分が置かれた状況を思い出した。これから初夜と言うところで私は寝てしまっていたのだ。そりゃあ、朝から大忙しで休む間もない一日だったけど…さすがに初夜の前に眠ってしまうなんて…恥ずかしすぎる…
しかも、この状況も、だ。私はいつもの暖炉の前のラグの上で、ラリー様に抱きかかえられているのだ。いや、抱きかかえられているのは今に始まった事じゃないけど…けど…
「すまない、遅くなって」
「い、いえ…でも、なにか?」
「ああ、レアード王子と一緒にいた男が目を覚ましてね。その様子を見に行ったら時間がかかってしまったんだ」
「目を…覚ましたのですか?」
かなりの怪我と出血、そして寒さで体力を消耗していたから、目覚めるのに時間がかかると医師に言われていたけど、もう目を覚ましたとは意外だった。それでは、他の二人も目を覚ますだろうか…
「今のところはあの男だけで、レアード王子とその姪御はまだ眠ったままだったよ。とは言っても、あの男も意識がはっきりしていたわけではなくて、またすぐに眠ってしまったのだけどね」
「そうですか…」
それでも、目を覚ましたのは大きな前進だと思う。医師の話ではあのまま亡くなっても不思議ではないと言っていたから。
「まぁ、あの様子じゃ目を覚ましても直ぐには動けないだろうから、後はレックスたちに任せてきたんだ」
「そうでしたか…」
あちらの事はもう大丈夫と言われた事はホッとしたけれど…一方で現状を思い出して私は急に気恥ずかしくなってきた。しかも眠っていたなんて…何だか申し訳ない気分だ…
「疲れたんだろう?仕方ないよ。私でも疲れたからね」
「え…っと、そ、そうですよね…!」
思わず同意したけど、何だか声が上ずって物凄く不自然になってしまって私は一層混乱した。
(うう、れ、冷静になって、自分…)
そう思えば思うほど、緊張が増していく気がした。しかも、目の前のラリー様のお姿も目の毒だ…今はバスローブのような夜着姿で、な、何だか酷く艶めかしく感じるのは気のせいかしら…だ、男性でも色っぽいとか、そんな事って…
「シア、顔が赤いよ?大丈夫か?また熱が…」
「だ、だ、大丈夫ですっ!」
顔が赤いのはラリー様のせいです…そう思ったけれど、さすがにそれは言えなかった。もう、私のキャパは限界を超えて、とっく計測不能になっている気がする…
「そう?でも、無理は禁物だよ」
「ほ、本当に…大丈夫ですから……」
大丈夫に見えないのもラリー様のせいです、とはさすがに言えなかった。それに、こんな時視線はどこに向けたらいいのだろう…と私はそんな事に困惑していた。ラリー様を直視するとまた顔が赤くなりそうだし、そもそも恥ずかしくって視線を向けられそうもないのだ…もう、八方ふさがりの気分だ…どうしたらいいのかと、そんな事に意識を取られていたら、ふわりと優しく抱きしめられて、私は息を飲んだ。ラリー様から石鹸とラリー様自身の匂いがして、一層ドキドキしてしまう…
「…シア、無理をする必要はないよ。前にも言っただろう?シアがその気になるまで、いくらでも待つと」
「で、でも…」
「大丈夫だよ、待つのは苦じゃないからね。むしろ今までシアに辛い思いをさせてきたのを思えば仕方がないと思っているよ」
そう仰るラリー様の気持ちに嘘はないのだろうけど…これまでの事はラリー様なりに私を心配して下さった事だし、済んだ事だから気にして欲しくなかった。
それに…今を逃した場合、ユーニスが言うように、次は私からお願いする事になるのだ。でも、そんな事は余計に言えそうにもなかった。だから私は、おずおずとだけれど、ラリー様の背に手を回した。それだけでも、はしたないと思われそうな気がして、私の精神は限界寸前だった。うう、このまま意識をなくしたい…
「…シア、いいのかい?」
耳元で囁くように問われたその言葉とくすぐったさに、私は頭に血が上って何も考えられなくて…気が付けば小さく頷いて、ラリー様の背に回した手に力を少し、ほんの少しだけ強めるしか出来なかった。




