女は度胸?
モリスン夫人とユーニスに連れられて、私は自分の部屋へ戻った。何だか今朝、この部屋を出たのが随分前のような感じさえした。それくらいに、中身の濃い一日だったと思う。婚約式など比じゃなかったな…と今にして思った。
「さぁ、アレクシア様、湯浴みいたしますよ」
ユーニスとモリスン夫人、そして侍女たちに着ていた衣装や宝飾品を外された私は、身軽になってほっと息を吐いた。重かった…想像以上に重かった…と思う。それでも、これからのイベントの方が私にとっては大問題だった。
(うう…本当にするのかしら…)
湯船につかりながら私は、これからの事を考えた。そう、この先にあるのはラリー様との、しょ…初夜なのだ…
(ど、どうしよう…)
どうしようもこうしようも、今更なのだけれど、私は未だに決心がついていなかった。いや、一応決心したつもりだったのだ。ユーニスに、今回を逃せば次は自分から誘う事になるのだ、と言われていたから。
―抱いてください、と可愛らしくおねだりすればよろしいですわ―
以前ユーニスに言われた事が思い出されたけど、そんなの絶対に無理だと思う。私から誘うなんて…そんな事…
でも、今ここで決心しないとそうなるのだ、と言う事もわかってて…それでも私は今更ながらに怖気づいていた。
(そりゃあ、ラリー様は大人で、経験もあるってユーニスは言ってたし…)
確かにラリー様は私よりも十六歳も年上で、王都にいた頃は大変モテていたと聞く。そりゃあそうだろう、とは思う。王弟で国内でもトップクラスの騎士で、しかもあの外見で、女性嫌いと言う噂もなかった。メアリー様以外にも交際されていた女性もいたらしい。詳しくは知らないし、知りたくもないけど…
「アレクシア様、大丈夫ですか?」
「ひやぁ?」
急に声をかけられて、私は変な声が出てしまった。声をかけたのはユーニスで、変な顔をして私を見ていた。
「大丈夫ですか、アレクシア様?先ほどから表情がコロコロと変わっていらっしゃいますけど?」
「…ぅ」
ユーニスは真面目そうな表情をしているけど…目は笑っていた。きっと今になってもじたばたしている私を面白がっているのは明白だった。それが分かるだけに、面白くない…
「ええっ?これを…?」
湯浴みから上がって渡されたのは…やたらと生地の薄いナイトウエアだった。これを服と言っていいのだろうか…薄いし、丈も短いし、透けている気がする…
「初夜では一般的なものですわ」
「こっ、こんなのが…?」
あまりにも破廉恥なそれに、羞恥心が限界まで削がれた気がした。他の物をとお願いするも、それでしたら…とユーニスが取り出したのは…更に恥ずかしいデザインだった。もう、表現するのも恥ずかしい…こんなのを、男性は好むと言われたけど…
「アレクシア様、そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。女性なら誰でも通る道ですから」
優しい声で私に声をかけてくれたのはモリスン夫人だった。私たちの親世代の彼女の言葉は、不思議と安心感を与えてくれる気がした。
「…モリスン夫人も、最初は怖かった?」
「そうですね、最初は緊張し過ぎて…私、泣き出してしまったんです」
「ええ?そんなに怖かった?」
「う~ん、怖かった…んだと思います。痛いとか、一度やったら男性の態度が変わるなんて聞かされていて…」
「態度が…変わるって…」
思いもかけない言葉に、私の中の不安が急速に膨らんでいくのを感じた。確かに初夜を迎えた後は態度が横柄になる男性がいると聞いた事があるけど…
「ああ、お許しを、アレクシア様。怖がらせるつもりはなかったんです」
「い、いえ…大丈夫よ」
「本当に、怖がる必要はありませんのよ。私は友人に揶揄われて、そんな事ばかり聞かされていたんです。きっと…あの友人は主人が好きだったのでしょうね…」
「男爵を?」
「ええ。でも実際には、思うほど怖くも痛くもありませんでしたわ」
「そ、そう…」
「結婚した女性は全て通る道です。最初は不安だから悪い話ばかり気になるでしょう。でも、旦那様に愛されるのは、とても幸せな事ですよ」
「そう…でしょうか…」
「ええ。ローレンス様は誠実なお方です。ご心配はいりませんわ」
「そう、ね…」
まだ納得は出来ないけど、モリスン夫妻は仲がいいと評判だから、言葉に嘘はないのだろう。うう、わかってる…わかっているのだけど…
「さ、そろそろローレンス様の準備も整いますわ。私共はそろそろ…」
「ええ?もう?」
「大丈夫ですわ、アレクシア様。女は度胸ですわ」
「そうですわ、どうぞご武運を」
「…ぶ、武運って…」
戸惑う私をよそに、二人は部屋を出て行ってしまった。武運って何なのよ…と思う私の問いに答えてくれる人はいなかった。
ぽつんと、薄暗い部屋に取り残された私は、所在なく過ごしていた。夜着が薄いのでガウンを羽織ったけど、よかったのかしら…ベッドは綺麗に整えられていて、ところどころに花びらが散っていた。何というかもう、そんな演出が恥ずかし過ぎて居たたまれない…ベッドに近づくのも気恥ずかしくて、私は暖炉の前のラグの上で膝を抱えて座った。




