結婚式
翌日は朝から青い空が高く広がっていた。既に冬の気配が迫りひんやりとした空気の中、私達は結婚式当日を迎えた。
レアード王子たちはまだ目を覚まさないため、彼らの事は式が終わってからにしようという事になった。どちらにしろ怪我が酷くて直ぐには動けそうにない。一、二日で情勢が変わるような何かがあるわけでもなかった。
私は朝早くから起こされて、半ば無理やりに食事をとらされた後、婚礼衣装の準備に入った。お義父様がお義母様と結婚した時に着た衣装で、私は今日、ラリー様と結婚式を挙げるのだ。
「アレクシア様…まぁ、お綺麗に出来ましたわね!」
「本当?何だか服に着られている感じだわ…」
全ての衣装と宝飾品を身に着けた私に、ユーニスが満面の笑みで声を上げた。侍女総がかりで着付けを終えた私は、既に衣装の重みに負けそうな気分だったが、みんなからの賛辞に面はゆい気分になった。
試着の時は思わなかったのだけど、きっちりと着付けされた衣装は思った以上に重くて窮屈だった。試着は本当に試着だったのだと思わずにはいられない。今日はその上で、髪飾りなどの宝飾品も全て着けるのだから尚更だ。ラリー様が贈ってくださった翠玉の髪飾りは今、編み込んだ上に結い上げられた私の髪にしっかりと飾られて、動く度にその存在感を主張していた。
ヘーゼルダイン風の婚礼衣装に身を包んだ私は、全くの別人だった。いえ、毎度夜会などでは皆さんのお陰で別人と化していたけれど…改めて自分の姿を目にして、ああ、結婚するんだ…と実感した。昨日は予想外にラリー様に騎士の誓いを立てられて、何もかもが私の予想の上を行っている…そんな気分だった。
結婚式は、屋敷の大広間で行われた。ここは夜会や舞踏会を開く場でもあるし、出陣する際の壮行式を行う場所でもあった。今日は領内の内輪での式のため、建前では領内の者しか参加していないが…実際には王家や貴族から代理人として使者が参加していた。そんなに狭い会場ではないけれど、さすがに王弟だったラリー様だけあって、ご使者の数は凄かった。
そんな中、陛下の代理人が第一騎士団の団長だと言うのは…単にラリー様とご親交が深いせいだろうか。全く使者が使者ではなくなっていて、家令たちが目を白黒させていたけれど、気持ちは凄くわかる…
大広間の近くの控室にいた私を迎えに来たのは、ラリー様だった。普通なら実父が迎えに来るのだが、私の家族はもう会える状況にはない。それぞれが罪を償うために修道院に入り、出られる見込みなどないのだ。そこはちょっと寂しかったけれど…今はラリー様やお義父様達がいるから寂しくはない。
お義父様になったギルおじ様がお召しになった花婿の衣装はラリー様にぴったりで、本当にため息が出るほどに凛々しくてかっこよかった。こんな方が私の旦那様だなんて…今でも夢なんじゃないか…と思う。ここに初めて来た時には、こんな事になるなんて思いもしなかったのに…
「…シア、とても綺麗だ…」
ユーニス曰く、私限定の甘ったるい笑顔と声で囁かれた私は、早くも胸がドキドキし過ぎて倒れそうだった。ただでさえ緊張しているのに、その甘い笑顔と声は反則です、ラリー様…お願いだから今日は普通に過ごして欲しい…と切に思った。結婚式で緊張しまくっている私の許容量は、何もしていなくてもかなり費やされているのだから…正直言うと、式が終わるまで私の体力が持つのか不安だった。全く、直前に熱を出したのが悔やまれるわ…
「まぁ…なんて愛らしい奥様!」
「ご領主様も何と凛々しい。まるで軍神のようではないか」
「ああ、これでヘーゼルダインも安泰じゃ」
誓いの祭壇の前に向かう私達の耳には、嬉しい事にみんなからの賛辞が届いていた。二人ともこの地のものではない、遠く離れた王都出身だから、どこまで受け入れて貰えるだろうかと心配だったけれど…そんな心配は杞憂だったみたいだ。ホッと小さく息をしたら、私の手を取って歩くラリー様が私を見下ろしてきて、小さく笑みを浮かべた。きっと、ラリー様も同じ事を感じられたのだろう。
「私、ローレンス=ヘーゼルダインは、アレクシア=セネット嬢を唯一の妻とし、常に慈しみ、身命が尽きるまで愛し守り切ると誓おう」
「私、アレクシア=セネットは、ローレンス=ヘーゼルダイン様を唯一の夫として、どんな時も支え慈しみ、この命が尽きる日まで愛すると誓います」
祭壇の目に立って、私達は互いに誓いの言葉を述べた。夫婦として互いに慈しみ合い、信頼し合い、支え合う事を。誓う相手は神などという曖昧な存在ではなく、この地の民全てだった。これはヘーゼルダインの習慣でもあり、誇りでもあるのだと事前に教えて貰った。そう、私達はこれからこの地で一生を送るのだ。いつかこの身が地に還るその日まで。
誓いを言い終えると、わっと会場内が湧いて高らかに拍手が会場を埋め尽くした。厳かで、でもどこか気安く温かい雰囲気が流れる中で、私達はようやく夫婦として、この地に生きる領民のみんなに認められたのだ、と感じた。
その後は、屋敷の二階にある大きなバルコニーに出て、領民たちからの祝福を受けた。既に屋敷前の広場にはたくさんの人が駆け付けてくれて大騒ぎになっていた。広場の端には露店が並び、もうすっかりお祭り騒ぎだ。今日は領内の殆どの街や村で領主から酒や肉などが振舞われていて、多分どこもちょっとした祭り気分だ。既に秋祭りは終わってこれから冬ごもりの準備だが、その前のちょっとした景気づけになるだろう。
バルコニーでのあいさつの後は厳かな雰囲気が一転して、賑やかで明るく楽しい時間になった。そう、酒宴の始まりだ。この日ばかりは無礼講らしい。王都の貴族たちの宴と違い、ここでは領民たちが気安く飲食を楽しむのだ。ステージになっている一角では、踊り子や旅芸人たちがそれぞれの芸を披露していた。
私は壇上でラリー様の隣に座って、皆からの挨拶を受けながら、ようやくまともな食事になった。朝僅かに食べただけなので、正直言ってお腹が空いていた。でも、次々とやってくる招待客への対応で簡単ではなかったけれど…
「アレクシア様、そろそろ…」
そう言って声をかけて来たのは、モリスン夫人だった。それが何を意味しているか私もこの時には理解していたから、ラリー様の視線に気が付いたけど…顔をあげる事が出来なかった。




