ラリー様の誓い
ラリー様に連れてこられたのは、これまで入った事のない、ヘーゼルダインの屋敷にある塔の最上階の見張り台だった。
見張り台からはヘーゼルダインの街並みどころか、遠くの山々とその先まで見渡せた。ヘーゼルダインの山々は半分ほどが雪に覆われていたが、今は夕日がその白くなった山肌を赤く染めて、神々しいまでの美しさを放っていた。自然豊かなその景色に、私は思わず感嘆の声を上げてしまった。
「…す、ごい…ですね…」
「ああ、いい眺めだろう?」
「はい…こんな場所があったんですね…」
ヘーゼルダインは四方を山に囲まれた地だが、隣国との間には山脈が腰を据え、その山々の頂は夏以外は雪が降るのだと聞いたけれど、実際に見るのは迫力が違った。少し視線を左に移せば、幾つもの湖と、湖を繋ぐように川が通っているのが見えるし、その手前には街道らしき道が見える。自然豊かなこの場所が国一番の火種になっているなどとは思えなかった。
何だかラリー様と出かけているような感じがして、私はこんな時だというのにドキドキしてしまった。そう言えば、仕事絡み以外で出かけた事はなかったっけ…
「ここからはヘーゼルダインが一望出来るんだ。反対側の塔に上れば、王都側の景色が広がっているよ」
「そうですか…」
ラリー様が嬉しそうにそう仰って、そっちも興味が湧いたけれど…さすがに今登ろうという気にはなれなかった。でも、あちら側は山が低いらしく、天気がよければ隣の領地どころか二つ隣の領地の街も見えるのだとラリー様は仰った。それはそれで見てみたい気もする。
「ここは…私がまだ王弟だった頃に、一度来た事があったんだ」
そう前置きして、ラリー様はその時の事を語り始めた。それはまだ総騎士団長だったお義父様の副官にラリー様がなって一年ほど経った頃で、休暇を利用してお義父様がラリー様をヘーゼルダインに誘ったのだという。ラリー様もいずれ騎士団の上に立つ者として、国内でも一番火種になっているこの地を直に見たいと思われていたから、二つ返事で招待を受けたそうだ。
「ヘーゼルダインは国一の紛争地域と言うのが、私が持っていたイメージだったんだ」
「私も、そう習いました」
「だよね?我々が習ったヘーゼルダインは戦争の歴史だけだ。でも…実際にこの地に来て、私は認識を変えたよ。こんなにも自然が豊かで美しい場所は、国内でもそうないだろうって。あの時、ここで星と月と山々を眺めながら、義父上と酒盛りをしたんだ」
「お義父様と?」
「ああ。ランプと、干し肉や干し豆、酒なんかを持って上がって。まだ朝晩は冷える時期だったから、外套を羽織ってね」
「ラリー様が、干し豆を?」
「遠征に出れば、私だって一般兵と同じものを食べるよ」
「そうだったんですか…」
王族のラリー様が、こんなレンガがむき出しの何もないところで…と、とても意外だった。それに、遠征では一般兵士と同じ物を召し上がっていたとは…でも、そう語るラリー様の表情はとても生き生きとしているように見えた。
「とても貴重な体験だったよ。色んな話をした。騎士団の事、国の事、王家の事、隣国の事、そしてこの地の事も。あの時、義父上から聞いた話は、今でも私の中で大きな核になっているよ」
「そうだったんですか…」
「自分がいかに王都で守られていたかもね。王都にいては、ここの現状など何一つわからないのだと強く思ったよ」
「何となく…わかる気がします」
「だろう?やはりその場に行かないとわからない事ばかりだ」
「ええ」
「…あの時、私の人生は決まったのかもしれない、と今でも思う。王都に帰ってからも、ここからの風景が忘れられなくてね」
そう言うとラリー様は私にいつもの笑顔を向けたけど、夕日がラリー様の金の髪を赤く染めて、何だか別の人のようにすら見えた。
ふわりと、ラリー様が振り返ると同時にコートを脱いだが、その下にお召しになっていたのは騎士服の正装だった。王都の騎士団とはデザインが違うから、ヘーゼルダイン騎士団の総団長のものだろう。白を基調に緑をあしらったもので、私には初めて見るお姿だった。
「あの…ラリー様?」
どうして正装なのかがさっぱりわからずに私が首をかしげていると、ラリー様は私の手を取ったまま片膝をついた。
「セネット侯爵アレクシア嬢。あなた唯一人に生涯の忠誠と慈愛を。貴方を守る剣と盾として御身を守る栄誉を私にお与えください」
「…え…」
突然の言葉に、私は直ぐに反応する事が出来なかった。だってそれは…本来ならば騎士が主君たる国王陛下に捧げるもので、妻に誓う類のものではないからだ。
「ラリー様…それは…」
「私は兄王よりもあなたに忠誠を誓うよ。我が国の建国の聖女と同等の力を持ち、その力を惜しみなく捧げるあなたにこそ相応しい」
「…っ!」
それはプロポーズと言うにはあまりにも重いもので、私は恐れすらも感じてしまった。だって、それでは国王陛下に対し不敬にならないだろうか…
「陛下には既に伝えてあるから大丈夫だよ」
「ええっ?」
「シアが相手ならいいって。むしろ命がけで守れと言われたよ」
そう言いながらラリー様は立ち上がると、私の手を取ったまま私を抱き寄せると、そっと身を屈めてきて、私は額に柔らかなものが触れるのを感じた。
「…ひぇ…」
「ふふっ、シア、顔が真っ赤だよ」
「こっ、これは…」
も、もしかして、い、今のって…茶目っ気のある表情を浮かべたラリー様だったが、ふと表情を治めて山に視線を向けたので、私もその後を追った。ちょうどその時、ヘーゼルダインの頂に夕日が重なって、山頂が一層赤く染まった。夕日が解けるように山の向こうに消えていくのを、私達は暫く言葉も忘れて見入っていた。




