結婚式前夜
あれからレアード王子も女の子も、一緒にいた男性も、目を覚ます事がなかった。傷は塞いでも出血が酷かったから、相変わらず危険な状態に変わりはなかった。先生の話では、あれだけの出血と寒さに晒された事もあって、助かるかどうかは五分五分か、六四で助かる確率の方が低いという。女の子も身体が小さい分体力がなく、先生は助かるとは言えない…と仰るばかりだった。
日に何度か様子を見に行った私だったけれど…正直聖女の力を送っても直ぐに切れてしまうため、私に出来る事は残っていなかった。後は…三人の生命力に頼るしかなかった。
「ラリー様、犯人は見つかりましたか?」
レアード王子たちの部屋から自室に戻る途中、私はラリー様の執務室に立ち寄った。彼らが運び込まれてからはラリー様もお忙しくなってしまい、私と過ごす時間はかなり減ってしまった。仕方がないとは思うけれど…結婚式も間近なだけに、私は落ち着かない気持ちで過ごしていたから、顔を見たいと思ったのだ。
「今のところ…これと言った手掛かりはないね」
「そうですか…」
「周辺の聞き込みもしているけれど、特に有力な情報はないし…こうなると彼らの証言しか打開策はないかな」
「レアード殿下の側近たちも探しているとは思うのですが…そもそも、どうして国境を越えたこちら側にいらしたのか…」
結局、どうしてレアード王子たちが国境を越えてこちら側にいたのか、その理由も目的もわからなかった。三人のうち一人でも目を冷ましてくれたら何とかなりそうなのだけど…結婚式も直前なだけに、今は警備を増やして様子を見るしか出来なかった。
「もう明日は式だ。彼らの事は式が終わってから考えよう」
式前日の午後、ラリー様は側近を集めてそう仰った。私も呼ばれたのは、領主の妻としてある程度の情報は知っていて欲しいからとの事だった。既に妻ではあるけれど、具体的にこんな風に言われたのは初めてなので凄く緊張したのは内緒だ。
「そうですね、もう時間もありませんし…仮に目が覚めても話が出来るかもわかりませんから」
「ああ、幸い今回は領民向けの式だ。王都や他領からは代理人が来るだけで済んでいるのが幸いだ」
「ええ、警備する要人が少ないのは幸いです。これが披露パーティーだったら洒落になりませんけどね」
「だが、春が来たら直ぐにパーティーだぞ。今回はそのための試験のようなものだ。心してくれ」
「勿論です」
レックスとロバートがそう言うのを、私は横で聞いているしか出来なかったけど、確かに来春になれば貴族を招いての大々的な披露パーティーがある。これはそれに向けた前哨戦的なものになるだろう。ロバートが立ち上げた自警団としても初めての大仕事だから、どれくらいの事が出来るかを見極める試験みたいなものだ。私も立ち上げの準備を手伝ったから、上手くいくように願わずにはいられなかった。
「さ、仕事の事はここまでにして…シアは大丈夫なのか?」
「え?」
「いや、女性は結婚前日は忙しいと聞いたから…」
何となく言い難そうにしながらもラリー様がそう仰って、私は思わず頬が火照るのを感じた。た、確かに明日は結婚式で、そう言えばユーニスが…
「そうですわよ、ローレンス様。アレクシア様はお忙しいんですの。お話が終わったならもう下がってもよろしいでしょうか?」
ここぞとばかりにユーニスが一歩前に出て、私の腕を掴むとそう言った。そう言えば今日はまだマッサージや爪の手入れが残っていたわね…ラリー様に呼ばれたから来たけど、部屋ではモリスン夫人たちが待っている筈。
「あ、ああ…頼むよ…」
「では失礼します。さ、行きますよ、アレクシア様」
「え?ええ、じゃ、ラリー様、失礼します」
「ああ、また後でね」
挨拶もそこそこに、私はユーニスに連れられて自室へと戻った。もう、こんな時に男性は…とユーニスは少々お怒りモードが入っている。今日のメニューがまだ終わっていないせいだろうか…
部屋に戻ると、モリスン夫人をはじめとする侍女が待っていてくれて、私はあっという間に身ぐるみ剥がされてバスに放り込まれ、頭のてっぺんから足のつま先まで丹念に磨き上げられた…毎回の事だけど…何もしなくていいと言われているのに、どうしてこんなにも疲れるのだろうと思う…その後もマッサージだ、パックだ何だと施されて、気が付けばすっかり日が傾き始めていた。日が短いのもあるけど…どれだけ磨かれていたのかと思う…本当にそろそろ皮膚が薄くなってなくなりそうなのだけど…
「シア、ちょっといいかな?」
散々磨き上げられた私がぐったりしながらソファで休んでいると、ラリー様がやってこられた。もう少しで夕食という時間で、どうやらお仕事は終わったらしい。返事をするとすぐにラリー様が現れたのだけど…今は何故かコートを羽織っていらっしゃった。どこかへお出かけするのでしょうか…
「ちょっとだけ付き合って貰ってもいいかな?」
「え?ええ…」
「じゃ、寒いからこれを羽織って」
そう言って着せられたのは厚手のフード付きのコートだった。どこへ行くのかと私が戸惑っていたが、ユーニスは何も言わずに準備を手伝ってくれたので、どうやら知っているらしい。何事…と目を白黒させている間に、私は屋敷内のとある一角へと連れて行かれた。




