結婚式の段取りは…
婚礼衣装も無事に整い、それ以外の準備も概ね順調で、あとは式当日を待つだけになった。式までの五日間、私は体調を整える事を最優先に、後はマッサージだ何だともみくちゃにされる日々を送る事になった。皮膚って意外と丈夫なのね…と思った私はきっと間違っていないと思う…
勿論、それ以外の時間はラリー様が私を構いに来て、私は悶絶する日々を送った。甘過ぎる囁きに私の心臓はそろそろ止まるんじゃないかと思う…
万が一の時のために、聖女の力がある人を雇った方がいいかもしれない…とユーニスに本気で言っていたところ、アレクシア様も冗談が言えるくらい余裕が出てきたのですね、と言われた。違う…そうじゃない…
私の今一番の悩みは…初夜の事だった。ユーニスから延期した場合、自分からお願いする事になると言われてしまい、私はすっかり先延ばしするのが怖くなったのだ。そんな事、言うくらいなら死んだ方がマシかもしれない…と思うくらい抵抗が大きい。それくらいなら…ユーニスの言うように流れに任せた方がマシなのかもしれない…と思ったのだ。
ただ…困った事に私は…初夜がどんなものか全くわからなかった。王子妃として教育の一環で閨の事もあるけれど、それは挙式直前になってからでないと始まらないため、私はまだ受けていなかったのだ。
ユーニスにそれとなく聞いてみたけれど…彼女は私をじっと見つめた後で、知った方が却って緊張してしまいそうだから、このままローレンス様にお任せなさいませ、と言うだけだ。決死の覚悟でモリスン夫人にも聞いてみたけれど…答えはほぼユーニスと同じで…何だかもう、八方ふさがりだった…
式まで三日に迫った日。私はラリー様の私室で、ラリー様やユーニス、メイナードやモリスン夫人と一緒に、式の段取りの最終確認をしていた。暖炉の前でない事に少しほっとしている自分がいた。それでも、ラリー様は私の隣にくっ付いて座っていらっしゃったけれど…
式はこの屋敷の大広間で執り行い、その際には王都や隣接する領の使者、そして領内で要職についている者が参列することになっていた。貴族向けのお披露目は春になってから行うので、今回はあくまでも領民が中心になるそうだ。その為、王家や他領からは使者が形式上参列するだけなのだという。これは他の領も同じで、使者は式に出席した後は帰路に着くらしい。
「式は午後から始まって、一刻もかかりません」
「意外に早く終わるものなのね」
「そうですね、式自体は皆の前で夫婦になる宣誓をし、それを王家の代理人が見届ける事で終わりです。後は各領の使者からのお祝いの言葉が続きますが…こちらが長いのですよ」
「そうなのね」
「その後バルコニーで領民の前にお披露目をします。これは天気にもよりますが…あまり荒れていれば中止です。その後は会場に戻って宴席となります。ここからは、その…無礼講ですので、お二人は頃合いを見てご退席下さい。まずはアレクシア様が先になります。お呼びに参りますので、それまでは宴席をお楽しみください」
「ああ」
「…わかりました」
具体的に式の進行を聞かされると、一層結婚するのだという実感が強くなった。モリスン夫人に言わせると、当日はかなりのハードスケジュールになるから、体調管理が大切なのだという。とにかく今からしっかり食べて寝て、万全の体調で挑んでください!と言われてしまった。特に私は着替えに時間がかかるし化粧もするため、当日は食事が殆ど出来ないらしい。とくかく、当日はお腹が空いていなくても食べられる時に少しでも食べておいて下さい、と念を押されてしまった。
何だか視線を感じてチラ…とラリー様を向くと、目がばっちり合ってしまった。思いがけず驚いた私に、ラリー様はまたも笑顔の大盤振る舞いで、私はこんな時にも関わらずドキドキしてしまった。ふ、不意打ちは卑怯です…しかも式の話を聞いた直後では尚更…
打合せが終わり、ラリー様がレックスに呼ばれて執務室に向かってしまったので、私は自室に戻ってユーニスとお茶を飲んでいた。お菓子を頂きながら他愛もない話をしていたけれど…
「ようございましたわね、アレクシア様」
「…ユーニス?」
急によかったと言われた私だったが、何に対してなのかがわからず、私は問いかける代わりに彼女の名を呼んだ。そんな私にユーニスは、ゆったりした笑みを返した。
「ここに来た頃の事を思い出しましたの。あの頃のアレクシア様は人生を諦めているような雰囲気でしたから、正直私もどうしていいのかと考えあぐねていましたの。幸い、ギルバート様がいらっしゃったお陰で最悪の事態は免れましたが…」
「…そうね…あの頃の私は…何の希望も持たなかったわね」
そう、私は婚約者を実妹に奪われ、家族にも捨てられるようにここに来た。あの頃は…いっそ修道院にでも入ろうかと真剣に考えていたくらいだ。もしおじ様がいらっしゃらなかったら…そうしていただろうな、と思う。
「こうして結婚式を楽しみに出来るようになって、本当によかったと思っておりますのよ。そりゃあ、ここに来るまでのローレンス様の態度には許しがたい部分はありますが…」
「あれは…ラリー様にもお考えがあっての事だったし…」
「それでも!アレクシア様が悲しまれたのは間違いありませんわ」
「それは…でも…」
「二度とあのような事がない事を祈っておりますわ。私、ローレンス様に宣言しましたの。今度アレクシア様を泣かせたら、全力で報復致しますとね」
そう言ってユーニスはにっこり笑った。ラリー様はユーニスの雇い主なのだけれど…これは、本気も本気ね…でも、そこまで言ってくれる彼女の気持ちがとても嬉しかった。
「もしかしたらユーニスに出会えた事が、私にとっては一番の幸運かもしれないわ。でなければ、私、ここまで来れなかったと思うわ」
「ご安心を。これからもずっと側でお守りいたしますわ」
「ありがとう、ユーニスは私の本当のお姉さんみたいね」
「……」
私が心からそう言うと、ユーニスが珍しく戸惑いの表情を浮かべた。何か変な事を言ってしまったかしら…私にとっては最大級の感謝のつもりだったのだけれど…
「…アレクシア様は、無自覚に人たらしですわね」
「ひと…たらし?」
「いいのですわ。アレクシア様はずっとそのままでいらしてください」
「どういう意味?ねぇ、ユーニス?」
やっぱり意味が分からず、私がユーニスに問いかけたところで、急にバタバタと人の足音が聞こえて来た。何だろう…この屋敷で廊下を走る人など滅多にいないのに…
「ア、アレクシア様、至急ローレンス様の執務室へおいで下さい!」
勢いよく開いた扉の向こうには、青ざめた表情のメイナードが荒い息を吐きながら佇んでいて、私はユーニスと顔を見合わせた。




