結婚式の準備
婚姻式が一月ほど後に迫ったある晴れた日の朝、私はユーニスとモリスン夫人の他、二人の侍女に囲まれていた。何事?と慌てた私だったのだけれど…
「さぁ、もう時間がありませんわ。みんな、準備はよろしいわね?」
「勿論です!」
「抜かりありませんわ!」
何があったのか、侍女たちが今まで見たこともないほどの気合に満ちていた。
「え?何?どうしたの?」
「ああ、アレクシア様は何もなさらなくても結構ですわ。全て私共お任せください」
「ちょ…ユーニス?」
「まずはこちらへ」
「ええっ?ちょ…待っ…ええええっ?」
そうして私は身ぐるみ剥がされて浴室に追い込まれると、皮膚がなくなるんじゃないかってくらいに頭のてっぺんからつま先まで磨き上げられ、その後、全身マッサージを施された。生まれて初めての経験で、恥ずかしいやら痛いやらくすぐったいやらで…終わった頃にはぐったりとソファに倒れ込んでしまった…
「ねぇユーニス…何なの、一体…」
お茶を用意してくれたのはいいけれど…確かに喉も乾いていたけれど…今は凄く疲れてソファにもたれてクッションに身を預けていた。お風呂やマッサージがあんなに体力を消耗するなんて知らなかった…風邪をひいたせいで体力がかなり落ちていたのかしら…
「何って…結婚式の準備ですわ」
「…結婚式って…まだ一月以上も先じゃない」
「何を仰っているのですか?!もう一月しかありませんのよ? 早い家だとみ月前から始めるところもありますのに」
「ええ…三月前って…」
私も知識として、花嫁は婚礼前に綺麗に磨き上げられてマッサージを受けるとは聞いていたけれど…
「そんなの…前日かその前くらいでいいんじゃ…」
「何を仰っているのです?それじゃ間に合いませんわ!もう時間がないのですよ」
「でも、結婚式でしょう?衣装を着るのだし、それなら顔や手だけで十分…」
「まぁ、アレクシア様、それだけでいいと、本当に思っておられるのですか?」
言い終える前にユーニスが畳みかけるように言葉を放った。
「え?ええ。だって、婚礼の衣装だと肌は出ないし…」
「では、初夜は何の準備もせずに迎えられますの?」
「…は?」
しょ、しょや?それって…ま、まさか…
「…ちょっと待って、ユーニス。しょやって…」
「初夜は初夜でございますわ。既にご夫婦なのですし、式が終わればそうなりますでしょう?」
「ええええっ?!」
「どうしてそこでそんなに驚かれますの?当然の成り行きではありませんか」
「…だ、だって…」
そう、確かに夫婦にはなったけれど…ラリー様とはまだそういう仲にはなっていない。ラリー様は私の気持ちを優先すると、待ってくださると仰っていたからだ。その事をユーニスに告げたのだけれど…
「では、いつまで待たせるおつもりですの?」
「そ、それは…」
いつまでと問われて…私は答えられなかった。だって…そんな事言われても…そりゃあ最近の過保護の大盤振る舞いで大分ラリー様には慣れたけれど…でも、まだ共寝をする勇気は持てそうになかった。
「ラ、ラリー様は…私の気持ちが追いつくまでは…待ってくださると…」
「まぁ、ローレンス様ならそう仰るでしょうね。今までが今まででしたし?私個人としては五年くらいお預けでもいいとは思っていますが…」
「お、お預けって…そんな…」
「でも、アレクシア様がその気になるのを待っていたら、それくらいかかりそうですわよ?」
「……」
ユーニスにそう指摘された私は…否定できなかった。そりゃあ、ラリー様の事は好きだけれど…身体の関係は…さすがにまだ早くない?
「それに…」
「それに?」
「その気になられたとして、ご自身でローレンス様にその事をお伝え出来ますの?」
そりゃあ、そうなる……わよね?
「アレクシア様から、初夜をしましょうと、お誘いになるのですか?」
「…なっ…!」
ユーニスの指摘に、私は声が出なかった。な、何て事を言うのよ、ユーニス…!
「そっ、そんな恥ずかしい事っ…!」
「…言えませんよねぇ、アレクシア様には」
「あ、当たり前じゃない!そ、そんなはしたない…」
「でも、待っていただくという事は、そう言う事ですわよ」
そう言われて、私は何も言い返せなかった。確かに…言われてみれば…そうかもしれない…でも…
「そ、そんな…で、でも…」
「でも、ローレンス様なら、アレクシア様からのお誘いであれば、はしたないなどと思わずに受け入れて下さいますわ」
「……」
「大丈夫ですわ。たった一言、抱いてください、と可愛らしくおねだりすればよろしいですわ。そうですわねぇ…下からちょっと上目遣いで、恥ずかしそうな表情で、目を少し潤ませるくらい出来れば…ええ、完璧ですわね」
具体的な事を言われて、思わず想像してしまったけれど…
「無理っ!ぜ、絶対に無理!そ、そんな事、死んでも無理よ!」
「そうですか?でも…」
「そんな事するくらいなら…一生しなくていいわ!」
「アレクシア様はよくても、向こうはそうとは限りませんわよ」
「…う…」
そういわれるとまさにぐうの音も出なかった。ラリー様は、ど、どうなのかしら……
「こういう場合、流れに任せるのが一番ですのよ。ご心配なく、向こうもそれなりに経験はあるでしょうから、アレクシア様はただ身を任せるだけで済みますから」
「……」
何だか、ユーニスに言いくるめられた気がするのだけど…ラリー様とって…そんな…急に言われても…
「まだ一月以上ありますから。それまでにお覚悟を決めて下さいませね」
にっこりと笑顔を浮かべたユーニスだったけれど…私は顔に熱が集まるのを困惑しながらも感じていた。
(何て事言うのよ、ユーニス!これじゃ、ラリー様と顔を合わせられないじゃない!)
これまでに経験した事のない新しい悩みに、私は途方に暮れるしかなかった。




