決着
ラリー様の手を取り私が立ち上がると、ラリー様は再度すまないと仰った。病み上がりの私を心配してくれたのだろうけど…みんなのやり過ぎるくらいの過保護のお陰で、今の私はかなり調子がよかった。いや、むしろ絶好調と言ってもいいかもしれない。
「ではシア、君にはその男の子ではなく、こちらの男性を頼む」
そうラリー様が仰って、私は意外に思った。力の差を示すなら、あの男の子の方になると思っていたからだ。でもラリー様は、時間を置いてメアリー様の力が効いてきたと言われても困るから…と仰い、なるほど…と私は納得した。
私に示されたのは三十代くらいの男性で、この人も足が悪いのか杖をついていた。座らせて怪我した場所を見せて貰うと、かなり深い傷がふくらはぎから足首に走っていた。しかも未だに痛みも痺れもあり、まともな生活は出来ないという。
「お辛かったでしょう。少し変な感じがするかもしれませんが、我慢してください」
そう言うと男性は疑いを含んだ視線を私に向けたが、私はそれを気にする事なく、傷口に手を当て、ゆっくり少しずつ力を送り込んだ。かなりの傷なのか、中々力が切れなかったけれど…それでもふ…っと力が途切れるのを感じた。傷は綺麗に消え去り、筋肉が衰えたせいですっかり細くなってしまった足が見えた。
「…う、動く…あ、足が…動く!それに痺れも…!」
感極まって叫ぶように喜びを現す男性に、周りが一層騒めいた。隣で支える妻とみられる女性は目が零れそうなほどに見開いて驚きを表していたし、いつも表情を変えないリトラーですら驚きを隠せないようだった。そう言えば…こんな風にみんなの前で力を使ったのは初めてだったっけ…
「…そ…そんな…」
すぐ側で拘束されながらも私を見ていたメアリー様の小さな声が届いた。視線を向けると、目を見開いているメアリー様が見えたけれど…そう言えば彼女の前で力を使ったのも初めてだったわね。
「これでわかっただろう。騎士団や貧民院で治療していたのは、我が妻となったアレクシアだ」
そう言ってラリー様は私の肩を抱いてそう仰ったけれど…ひ、人前でその手は不要だと思います、ラリー様!今は仕事中です…
「…そ、そんな…!う、嘘よ、そんな事…!」
暫く呆然としていたメアリー様だったが、我に返ったらしく、急に叫び出したため、周りの視線がメアリー様に集まった。その表情はこれまでに見た事がない程に憎々し気なもので、私はその髪色も相まって既に他人となった妹を思い出した。
「お、王都の聖女ですらそんな酷い怪我、治せる人はいませんでしたわ!こんな…こんなのインチキだわ!」
髪を振り乱してそう叫ぶメアリー様には、以前の輝きも気品も感じられなかった。憎々し気に私を睨み付けたが、それに気が付いたラリー様は私を守るように間に立ち、メアリー様の視線を遮った。
「インチキか…そう言うのであれば…シア、いいだろうか?」
「ええ、大丈夫です」
ラリー様が何をお望みなのか、私は多分正確に理解出来ていたと思う。それでは…と私は近くにいた怪我をした領民の側に寄り、一人一人に力を注ぎ込んで、その場にいた残りの人達の傷を癒していった。
「…そ、んな…」
全員の傷が綺麗に治ったのを目にしたメアリー様の表情からは憎しみが消え、今は信じられないものを見るようなものに変わっていた。それはその場にいたダウンズ男爵やハロルド様、そして彼らに従った騎士達も同じだった。ラリー様に視線を向けると笑顔を向けてくれたため、私は自分の役目を十分に果たせたのだとホッとした。
傷を治された者達はそれぞれに感極まったという風で、泣きながらお礼を言ってくれる人もいて、これで彼らの憂いが少しでも軽く出来た事に私は安堵した。
「これでもまだインチキだと言い張るか?」
ラリー様の問いかけに反論出来る者は、今度こそ誰もいなかった。
「騎士団や貧民街、孤児院で治療して回ったのは、メアリーではなくアレクシアだ。それは、治療を受けた者とその場にいた者がしっかり見て記憶している。どんなに嘘の流言を広めようと事実は変えられぬ」
そう仰ったラリー様に、メアリー様はとうとう崩れ落ちるように床に座り込んでしまった。そこにはもう、輝くような聖女の面影は欠片も見られなかった。
結局、ハロルド様もダウンズ男爵も反論出来る筈もなく…メアリー様とハロルド様は近日中に王都に送られる事になり、ダウンズ男爵は爵位を返上の上、最終的には死罪となる見通しだと聞いた。彼に関しては他にも不正行為が次々と明るみになったため、これからも取り調べが続くらしい。
彼らに従っていた騎士たちは騙されていたと知ってショックを受け、中には真実を知っていたら加担しなかったと言う者もいたけれど、体制に反旗を翻す行為を選んだ事は事実だったため、予定していた通りの刑になった。気の毒に思うところもあったが、彼らに甘い処分を下せば次の反乱を誘発する事にもなる。まだここは情勢が安定していない以上、領主は侮られるわけにはいかないため、彼らの減刑が敵う事はなかった。
こうしてメアリー様やダウンズ男爵達の反乱の後始末は、本格的な冬が来る前に一応の決着となった。




