領主の誓いと約束 ◆
王妃様付の侍女の座を返上し、このヘーゼルダインでアレクシア様専属の侍女として雇って貰いたいとの私のお願いをあっさりと認めたローレンス様に、改めてお願いがあると言われた私は、心の奥で警報が鳴るのを感じていた。
王国内でも五本の指に入ると言われるほどの美形で、しかも柔和で温厚そうな顔立ちをしているから騙されているけれど、この男はかなり非情な事も平気で出来る人間だ、と私は思っている。時折垣間見せる目の奥の冷やかさはぞっとするほどで、きっと裏では口に言えない事もやっているのだろうと思う。ロバートもそうだけど、裏の世界でも生きていける類の人種だ。
ただ、幸いなのは、冷酷一辺倒ではないという点だと思う。意図している部分もあるかもしれないけれど…育ちがいいせいか甘くて情が深い面もあり、自分が認めた者、懐に入れた者は大切にするようにも見える。その中にアレクシア様が入っているといいのだけれど…現時点では何とも言い切れないのがもどかしかった。
「お願い…でございますか?私に出来る事でしたら…」
何でも、と言おうとしてそれは留めた。さすがに何でも受け入れる気にはなれなかったからだ。彼が何を考えているのかもわからないし、そもそも私の希望をあっさりと認めたのだって裏がある可能性があるかもしれない。そりゃあ、アレクシア様のためになる事なら何でもするけど、アレクシア様のお心に反する事は避けたかった。ここにレックス殿やロバート殿がいるのも、私の警戒心を煽るには十分だった。
私の緊張を察してか、そう身構えなくてもいいよ、と苦笑を浮かべるローレンス様だけれど…それで安心出来る筈もない。
「お願いと言うのは、シアに関する事なんだ」
そう言ってローレンス様は、ご自身のお願いを話し始めた。それは私にとっては予想外で…どうしたものかと思わずにはいられないものだった。と言うのも…そのお願いと言うのが、アレクシア様の好きなものを教えて欲しいという、他愛もないものだったからだ。
「好きなもの…ですか…」
「ああ。恥ずかしながら、シアの年くらいの令嬢が好むものがわからなくてね。年の差もあるし、私がシアくらいの年に好まれたものが今もそうだとは限らないだろう?しかも私は王都から離れて日も経つから、恥ずかしながら今の流行りもさっぱりなんだ。シアを喜ばせたいとは思うが、何がいいのかわからないんだよ」
そう言って困ったように笑う年上の主になった領主に、私は呆れと共に感動していた。こんな恥ずかしい事を部下もいる前で平気で聞けるなんて…これは天然なのか、それともそれだけアレクシア様を大切に思われているのか…私には判断が付かなかった。でも、悪くない傾向だと思う。
「そうですわね…」
そう言いかけた私だったけれど…直ぐに私も頭を悩ませる羽目になった。と言うのも、アレクシア様は滅多にご自分の希望を仰らないから、好みを聞かれても私もピンと来なかったのだ。そう、アレクシア様は何でも喜んで下さるけれど、それがお好みに沿っているのかどうかはまた別だわ。これでは…目の前の御仁を笑えないわ…
「……」
「……」
期待の籠った目で見られていた私だったけれど、これでもかってくらいに頭をフル回転させたにも関わらず、私も答えられなかった。ああ、アレクシア様の一番側にお仕えしているというのに、アレクシア様のお好みすら理解していなかったなんて…
「…ローレンス様、申し訳ありませんが…私も、アレクシア様のお好みを存じておりませんでした」
「は?」
「…アレクシア様は、何をしても喜んで下さるばかりで…よくよく考えれば、それがお好みかどうかは…」
「…ああ、そう言う事か…」
どうやら私が言いたい事を、ローレンス様も理解して下さったらしい。
「あ~アレクシア様って、何でも喜んでくれそうだよね~」
「そうですね。物よりも、そうしてくれる気持ちや心遣いを喜ばれる感じですね」
ロバート殿やレックス殿にもそう言われて、私は納得せざるを得なかった。そう、アレクシア様は物よりも相手の心遣いを喜ばれる方なのだ。これまで粗雑な扱いばかり受けていたせいか、相手の小さな好意ですらも大変に喜ばれるのだ。それは素晴らしい心がけではいらっしゃるけれど…一方でそれだけ人の優しさに飢えているとも言える。
「…ありがとう、ユーニス」
「は?」
いきなり礼を言われて私は面食らってしまった。だって私はローレンス様のお願いに応えられなかったのだから。
「君がシアの側にいてくれて、どれだけ彼女が救われていたか…」
ああ、そう言う事ね。ええ、私もそう思うわ。私がいなかったら…もし別の者がアレクシア様付になって、その者が事務的に接していたら…アレクシア様は今よりももっと苦い思い出を積み重ねていらっしゃったと思うわ。
「どうかこれからも、彼女の支えになって欲しい」
「当然でございます。これからも誠心誠意お仕えさせて頂きます」
「ああ、頼むよ。そして…私もこれからは決してシアを悲しませないと誓おう。君やここにいる者が証人だ」
まさかこの人がこんな事を言い出すなんて…私だけでなく、レックス殿やロバート殿も驚いているわ。でも…その表情は真摯で偽りがあるようには見えなかった。
「そのお言葉、決してお忘れになりませんよう、心からお願い申し上げますわ。もし…違えた時には…どんな手を使ってでも、私の全てで報復させて頂きます」
「ユーニスが言うと…洒落にならないな」
私がにっこりと笑顔を浮かべると、ローレンス様は少し困ったような表情を浮かべて小さく笑われた。まぁ、私がこの人に適う筈はないけれど…窮鼠猫を噛むという言葉もあるのよ。そうならないように、しっかりなさって頂かなくてはね。
「うわ…ユーニス殿の目が本気だ…」
「あ~俺、この件は手出しませんからね。ローレンス様、お一人で対応してくださいよ」
レックス殿やロバート殿がそう言っているのが聞こえたけれど…私は撤回する気はなかった。そう、雇い主はローレンス様だけど、私が心を込めてお仕えしお守りするのはアレクシア様ただお一人だから。アレクシア様が笑顔で過ごせるよう、私はこの約束がずっと守られる事を心から祈った。




