ユーニスのこれから
「…静かね…」
「そうですわね」
私の部屋もすっかり冬の仕様になってから三日後。私はユーニスと二人で自室の暖炉の前にいた。暖炉には火が揺らめき、パチパチと音を立てている。部屋を見渡すと、私の部屋は暖かみのある夕日色を基調とした仕様に変えられていて、見た目も暖かそうだ。そして今日は朝からラリー様がどうしても外せない用事があるとかで外出されて、私は久しぶりにユーニスと二人でのんびりしていた。ユーニスが淹れてくれたお茶を飲みながら、二人でお菓子を食べるのも久しぶりな気がする。
ラリー様との婚姻成立を知ってから十日ほど経ったが、その間ずっとラリー様がくっ付いていたので、私としては久しぶりの一人の時間だった。ラリー様が嫌なわけじゃない。構って貰えるのは嬉しいし、一緒にいると楽しいのだけど…あまりにも急な変化に戸惑っていた私は、状況を消化する時間が欲しかった。
そもそも、王都から戻ってからはメアリー様達の事で落ち着かない日々が続いて、それが解決してからも二十日ほどしか経っていない。そして今度はラリー様からの構い倒しだ。最近はこんな風に一人でホッと出来る時間がなかった気がした。
「よかったではありませんか、アレクシア様。ローレンス様との仲も良好ですし、結婚式の準備も滞りなく進んでおりますわ」
「うん、そうね…」
もしかすると今まで生きてきた中で、一番幸せで穏やかな気持ちで過ごせているかもしれない。エリオット様の婚約者になってからはずっと、王子妃教育だ何だと慌ただしかったし、家族との団欒も私は対象外で、家に帰ってもホッと出来る時間はなかった。
でもここでは、ここにいてもいいのだと思えるのだ。ラリー様もおじ様も、部下のみんなも私を邪険にしないし、それどころかずっとここにいていいと言ってくれる。こんな風に受け入れられた事がなかったから最初は居心地が悪かったけれど、今はここを離れようなんて気になれそうもなかった。
もし問題があるとすれば…ラリー様の過保護かしら…ラリー様の変わりっぷりには私だけでなくユーニスも驚いていたけれど、意外にもおじ様やレックスたちはやっと素直になったと言ってあまり驚いていなかった。
「そう言えば…ユーニスに聞きたい事があったのだけど…」
「何でございますか?」
「ユーニスは…王都には帰りたいと思わないの?」
そう、色んな事が解決していく中で私が気になり始めたのは、ユーニスのこれからだった。ユーニスは王妃様の命令で私に付き添ってくれたけれど…私がラリー様と結婚してしまったら彼女の役目も終わりではないだろうか。
となれば、王都に戻る事も可能なのだ。元より王都育ちのユーニスは、ここよりも王都に知り合いが多いし、家族だっている。王都に戻ってもいいのだ。
ちなみに一緒に来たビリーは、王都に行った時にさっさと手続きを済ませ、今はロバートの配下だ。実はビリーはロバートの従弟で、王都の情勢を探るために王都の騎士団に入っていたそうで、これ幸いにと地元に戻って今も私の護衛をしてくれている。
「私はアレクシア様のお側におりますわ」
「でも…ユーニスは元々王妃様の侍女だし…」
「それでしたらご心配なく。王妃様の侍女は辞退しましたの。実は私、既にアレクシア様専属の侍女なのですわ」
「ええ?い、いつの間に…」
私は戸惑っていると、ユーニスはその経緯を話してくれた。
元々ユーニスは私とラリー様の婚姻が成立したら、王妃様の侍女を辞めるつもりだったという。結婚した以上、私の安全を守るのは夫でもあるラリー様の役目になるし、王妃様もそのおつもりだったらしく、ユーニスに内々に今後どうしたいかと尋ねてこられたらしい。
ユーニスは私と共にここに残りたいと願ったため、王妃様はご自身の侍女としての役目を解いて下さったと言う。その後ユーニスはラリー様に頼んで、ここの屋敷で雇って貰う事になったのだ。私の専属侍女として。今はメイナードやモリスン夫人と同様、ラリー様の直下にいるのだという。メイナードやモリスン夫人は、自分よりも身分が上のユーニスを下に扱う事に難色を示したらしく、ラリー様の提案でこうなったのだとユーニスは言った。
「でも…いいの?ユーニス」
「それはどういう意味で?」
「だ、だって…ここは危険だし、それに、ご家族は王都にいるのでしょう?ここにいては滅多に会えないし、それに…結婚だって…」
「私の事は心配ご無用ですわ。私は最初からそのつもりでここに参りましたから」
「最初からって…」
「アレクシア様を放っておけませんもの」
そう告げるユーニスの笑顔からは、嘘偽りは感じられなかった。でも、いいのだろうか、本当に…私のせいでユーニスの人生が変な方向に向かっていないだろうか…
「ご心配には及びませんわ、アレクシア様。ここでは身分を笠に関係を迫ってくる気持ち悪い貴族もいませんし、何よりもアレクシア様を悪く言う者がいなくて私も気が楽ですもの。それに、家族とは仲がいい訳でもありませんでしたから、お気になさる必要はございませんわ」
「でも…」
「もちろん、アレクシア様が私を厭うのであれば王都に帰りますわ」
「そんな事はあり得ないわ!だって、ユーニスは私にとっては家族みたいなものだもの!」
「でしたら何も問題ありませんわ。私も、アレクシア様を妹のように思っておりますもの」
「…ユーニス…」
ずっと私を助けてくれたユーニスとこれからも一緒にいられるとわかって、私はまた一つ、大切なものを得られたのだと感じて涙腺が緩み始めてしまった。だって、私の方こそユーニスを姉のように思っていたのだもの…
「アレクシア様ったら…何も泣かなくても…」
「…だって…ユーニスが嬉しい事を言ってくれるんだもの…」
「…まぁったく、これだからアレクシア様を放っておけないんですわ。ご心配なく、これからも口うるさい姉として、ビシバシお世話させて頂きますから。それに…ローレンス様もまだまだ信用できませんからね」
「…ありがとう、ユーニス…」
もう、最近は何度嬉しくて泣いているのだろう。これまで泣く事は辛い時だけだったのに、最近の私は嬉しくて泣いてばかりだ。でも…こんなにも心が満たされる日々がくるなんて、王都にいた時には想像も出来なかった。




