宝石商の申し出
結婚式の衣装が決まったのはよかったのだけど、今度はラリー様が婚礼衣装に合う宝飾品を贈ると仰り出したものだから、私は慌てるばかりだった。今だって十分ドレスや宝石を頂いているが、実をいえばそれらの出番自体が殆どないのだ。私は元より着飾るのが苦手だし、それに何よりもヘーゼルダインは財政難なのだ。結婚式は派手にしないと仰っていたのに…と私はそっちの方が心配になった。
なのにラリー様はさっさとメイナードに手配させて、翌日の午後には出入りの宝石商がたくさんの商品を抱えてやってきた。…ラリー様も宝石商も、仕事早すぎです…
「結婚式で身に着けられる宝石とお伺いしましたが…」
「ああ、衣装は義父上達が使用なさったものにしたんだ。だからせめて、それに合う装飾品くらいは新調したいと思ってね」
「なるほど…義父上と仰ると…ギルバート様の?」
「ああ」
「そうでございますか。でしたら…こちらの翠玉などはいかがでしょう?最近手に入った物ですが、珍しく純度が高いので磨けば素晴らしい仕上がりになるでしょう」
「ほぉ、これは…」
「え…」
宝石商が取り出したのは、大粒の翠玉の原石だった。これほど大きく澄んだ色の物は滅多にお目にかかれないだろう。あまりにも立派過ぎて、どれほどの金額になるのかと嫌な汗が流れた。
「ら、ラリー様…さすがにそんな高価な物は…」
「結婚の贈り物ならこんなものだろう?」
「で、でも!そんな立派な物、身に着ける機会もありませんし、それに…そんな余裕は…」
ま、まさか買う気ですか、ラリー様…ヘーゼルダインの財政は赤字続きですよ?いくらラリー様が領主でも、好きに使っていいお金じゃないのですが…
「なんとまぁ…奥方様は慎ましい御方なのですね」
「ああ、シアは欲がなくて困るんだよ…でもシア、さすがにこれくらいの甲斐性は持ち合わせているよ」
「でも…」
ラリー様はそう仰ったけれど…さすがに私はそれをそのまま信じる事は出来なかった。そりゃあラリー様は元王族で、それなりの資産をお持ちかもしれないけれど、それはこんな時に使っていいものじゃない気がしたのだ。
「時間がないが、それを頼めるか?」
「ええ、ええ、もちろんでございます。ご領主様の慶事のお品をお任せ頂けるとなれば、職人も張り切る事でしょう」
「それは助かるよ。それで…シアはどうしたい?」
「ええ?ど、どうって…」
急にどうしたいと言われても私は答えようがなかった。いや、その前に購入確定ですか…答えたら確実に買う方向に話が進むんですよね?そしてその笑顔は反則です…もしかして…わざとですか?
「ペンダントが一般的だけど、チョーカーやティアラなんかもありだろう?」
「そうでございますね。ヘーゼルダイン風の衣装であれば髪飾りもよろしいかと。こちらは王都と違いベールを被りませんので」
「なるほど…」
「奥方様の髪は青みがかったお美しい銀髪。ただ、婚礼衣装の色の方が強いので、髪飾りにすればそれを補う事も出来ましょう」
「なるほど…シアはどう思う?」
「わ、私ですか…」
王都ではベールを被るのが一般的で、髪を宝石で飾る習慣はなかったけれど…なるほど、そうなれば髪飾りと言うのは素敵かもしれない。それに…ペンダントなら私には紫蛍石があるし…って、いけない、ここで答えてしまうと購入決定ですよね…?と言うかラリー様、完全に買うおつもりですね?
「え、っと…ペンダントは紫蛍石もありますし…髪飾りなら夜会などでも使えそうですね。でも、こんなに立派な物でなくても…」
「…紫蛍石?」
「え?ええ。我が家の…実家の家宝です」
「あの…お見せいただいても?」
「ええ。今も身に着けています。これですわ」
そう言って私は服の下から紫蛍石を取り出してみせると、宝石商は驚きの表情を浮かべて、私はその態度に驚く羽目になった。
「どうかしたか、この紫蛍石が何か?」
ラリー様も訝しくお感じになったようで声をかけると、宝石商はハッと我に返った後、小さく息を吐くのが見えた。暫く何かを考えこんでいたけれど…意を決したように姿勢を正してラリー様をまっすぐに見据えた。
「ご領主様。この翠玉、是非私共に贈らせてください」
「何を…いや、さすがにこの品をただでは…」
「いいえ、いいえ!これは私だけでなく、我が工房に勤める職人もそう望むでしょう。何故なら、工房にいる腕利きの職人の中に、奥方様に救われた者がいるのです」
「え?」
急な話で何の事かと、私もラリー様も彼の話についていけなかったのだけど、どうやらこれまでに私が癒した人たちの中に、この宝石商が抱える職人の中でも特に腕のいい職人がいたらしい。私は治療をする時に身分を伏せていたのだけど、職人は仕事柄この紫蛍石を覚えていて、彼らはこの石の持ち主の私を探していたのだと言った。
「職人の中に怪我を負い働けなくなった者が何人かいたのです。そのせいでうちは潰れる寸前だったのですが…それを奥方様が救ってくださいました。奥方様は我が工房の恩人でいらっしゃいます」
感極まったようにそう告げる宝石商に、私は自分がした事が役に立ったのだと心が温かくなるのを感じた。こうして誰かを助ける事が出来たのなら、そんなに嬉しい事はないもの。
「…そうか…シアが…」
「ご領主様、是非とも私共に贈らせてください!お願いします」
「しかし…さすがにそれではそちらの負担が大きすぎるだろう」
「いえ、それを差し引いても、職人は私にとっては家族も同然。彼らを救って頂いたご恩に比べたら大した事ではございません」
「いや…さすがにそう言う訳にもいかぬ。では…そうだな、その原石の代金を支払おう。その分、彼女に似合うように加工を頼みたい」
「しかし…」
「私とて、愛おしい妻に贈り物をしたいのだよ」
「そ、それは…さ、左様でございますね!私とした事が無粋な事を申しました。畏まりました。うちの職人の最高の技で素晴らしいお品へと仕上げさせていただきます!」
いつの間にか私の希望はどこへやら、ラリー様と宝石商できれいに話がまとまってしまった。いや、嬉しいのだけど…凄く有難いのだけど…凄く上機嫌なラリー様がこの調子で散財しそうな雰囲気を感じて不安になってきたのは言うまでもない。




