婚礼衣装
「結婚式の衣装?」
「ええ。領民へのお披露目の時のご衣裳ですわ。領主の結婚式ではこの地の伝統的な結婚衣装を纏うのが慣例ですので、是非アレクシア様にもと思いまして」
婚姻が成立したと知ってから七日目。メイナードやモリスン夫人と共に現れたのは、デザイナーのヘイローズだった。案内された部屋には、豪奢でいて繊細な装飾が施された婚礼衣装が飾られていた。これらはヘイローズが私のためにと製作途中の物を持ってきてくれたのだと言った。
ヘイローズが言う通り、その衣装は王都の結婚式で着るドレスとは違っていた。襟元はしっかりと締まり、袖は指の方に向かって緩やかに広がっている。スカートも僅かな広がりはあるがストンとした印象で、デザインとしては大人しく見えた。でも、生地は上質で光沢のあるもので、身頃は濃い緑色の生地の上にしっかり刺繍やビーズで装飾が施され、袖やスカートは白を基調に繊細な刺繍が細かくなされていた。
色合いは王都では花婿の髪や瞳の色が一般的だが、ここではヘーゼルダイン辺境伯家の色でもある深みのある緑と白を基調とするものだった。
新郎の衣装は王都のそれとデザインはそれほど変わりないが、装飾は新婦同様、独特なデザインの装飾が施されていた。
「結婚式は先とのお話だったのでまだ仮縫いですが…アレクシア様もローレンス様も、髪や瞳の色とは合わないので、色を変える事も可能ですわ」
ヘイローズにそう言われた私は、思わずラリー様と顔を見合わせてしまった。確かに互いの色は何一つ入っていないけれど…私はヘーゼルダインの色がいいように感じた。ここの人達に受け入れて貰うには、その方がいいと感じたからだ。それに…飾られている衣装が綺麗で素晴らしかったのもある。
「シアはどうしたい?」
にっこりと、満面の笑みを浮かべられるラリー様に、まだ慣れない私はまたしてもドキドキしてしまった。婚礼用の衣装、それも結婚式用の品と言われて、結婚する事への実感を強く意識してしまって落ち着かなかった。
「私は…ここの色がいいと思います」
ラリー様がこの地で受け入れられているとは言い難いと聞いたのもあって、私はここの慣例に従う方がいいように感じた。ラリー様がそうであるなら、王都から来た私はもっと受け入れられていない気がしたからだ。ここで我を張れば反感を買う様な気がしたし、私はもうここで一生を終えたいと思うくらいにこの地に愛着を感じていた。嫌な思い出しかない王都よりもここの方が好きだし、ここで始めた孤児や未亡人たちへの施策を進めたい気持ちもあった。
「あの…ラリー様は?」
「ああ、私の事は気にしなくていいよ。結婚式は花嫁が主役だろう?シアがしたい様に進めて欲しい」
また笑みを浮かべてそう仰るラリー様に、私はまた精神が削られる気がした。でもラリー様、それって丸投げですよね?結婚式は二人のものだし、私一人の意見で進められるのには酷く抵抗があった。第一、私は今まで自分で何かを選ぶ事がなかったから、選択肢を与えられると困ってしまう。自分の選択に自信が持てないのだ。
「ラリー、いるか?」
そう言って部屋に入ってきたのはおじ様だった。いや、婚姻が成立したから本当はお義父様なのだけど、私はまだお義父様と呼び慣れずにいた。子供の頃からの習慣だから、そう簡単には変えられないのだ。
「…ああ、結婚式の衣装か」
「…そう言えば、ギルバート様の奥様のご衣裳もとても素晴らしかったと伺っておりますわ」
穏やかな笑みを浮かべたおじ様に、キラリン!との形容詞が付きそうな視線を向けたのは、ヘイローズだった。彼女曰く、おじ様の奥様のご衣裳もヘーゼルダイン風でとても立派なものだったという。
「ああ、レイチェルは体が弱くて披露パーティーは出来なんだからな。その分結婚式の衣装だけでもと思っていい品を用意したんじゃ。大事に取ってあるぞ」
「そうなのですか!差し支えなければ拝見しても?」
「あ、ああ…」
食いつきのいいヘイローズに、おじ様が押され気味だったけど…私も興味があったのでお願いすると、それなら…とメイナードとモリスン夫人が保管してあった衣装を出してくれた。
「これが…!」
「凄い…きれい…」
お義母様の衣装は四十年以上前のものだけど、保管状態がよかったせいかとてもそんな昔のものには見えなかった。どうやら仕立ても素晴らしいようで、ヘイローズが感嘆の声を上げていた。
「そうじゃ、シア。よければこれを使ってくれても構わんぞ」
「まぁ!それは素晴らしいですわ!この様な品、大事に仕舞って置くなんて勿体ないですもの」
「ええっ?そ、そんな大事なお品を…」
おじ様の提案にも驚いたが、それに賛同したヘイローズにも驚いた。いや、こんな立派なお義母様の思い出の品を着るなんて、恐れ多くて無理です…
「レイチェルは娘がいたら着せたかったとずっと言っておった。シアはわしの孫も同然だし、今は義理とは言え親子じゃ。シアが着てくれたらレイチェルも喜ぶじゃろう」
「それはいい。ここでは花嫁衣装は代々受け継がれるとも聞くからね」
「そうですわ!サイズ的にもアレクシア様なら殆ど直しが不要ですし」
「でも、そんな…」
すっかり乗り気のヘイローズとおじ様にラリー様まで賛成して、もう決まったも同然だった。いや、嬉しいのだけど…立派過ぎて汚したり傷めたりしないか不安でしかない…私は人の傷は治せても、衣装の傷は直せないのだ…
「いいじゃないか、シア。義父上達の時の衣装だなんて本当の家族みたいで。それとも、シア専用に用意した方がいい?」
「え?いえ、私は…むしろこの衣装の方が…」
「じゃ、問題ないじゃろ」
「お任せ下さい。ああ、何て事!こんな素晴らしい衣装をじっくり拝見出来るなんて!」
どうやらヘイローズの職人魂に火が付いてしまったらしい。でも…おじ様たちが使った衣装で結婚式を挙げられるのは本当に嬉しかった。家族がいないも同然だった私にとっては、こんな風に母から娘に衣装を受け継ぐなんて事は無縁だと思っていたから。心の奥からじんわりと温かいものが湧き上がってくるのを感じて、私は改めて家族が出来た事に感謝した。




