新たな誓い ◆
婚姻を成立させてしまった兄王への失望を抱えながら、これからシアに降りかかるだろう危険にどう対処すべきか、私はその責の重さに気分も大いに沈んだ。
「王都に戻したところで、シアが幸せになるとは限らんだろう。有能でも穏やかで経験も足りない若造に、シアを守れると思うか?」
「そうですよ、今は王命と相手がローレンス様だから誰もアレクシア様に手を出しませんが、婚約を解消したら、あっという間に利用しようとする輩が群がりますよ」
義父上とレックスにそう言われた私は何も言えなかった。それは紛れもない事実だったからだ。兄王や私の庇護から離れれば、あっという間に彼女を利用しようとする者が群がってくるだろう。
「いくら有能でも、穏やかな奴じゃ対抗できませんよ。相手の身分が上だったら尚更です」
「そうそう。でも、守るに足るとなれば侯爵家以上でないと難しいですよねぇ」
「高位貴族で有能な者ほど早くに相手が決まっちゃいますからね。残ってるのはろくでもないバカばっかりですよ」
シアに似合いそうな相手は何人か心当たりはあった。騎士団の者で若くて有能で実力もある者達だ。彼らは皆、次男や三男で婿入りが可能だし、将来性も高く性格も問題ない。ただ…殆どが伯爵家の出で身分としては足りず心許ないため、場合によっては私の養子とする事も考えていたのだが…
「いい加減観念しろ、ラリー」
「そうですよ、アレクシア様のどこが不満なんです?」
「不満などない。私はただ、彼女の安全が…」
「それなら影がいるから大丈夫ですって」
「彼らも暇じゃない。ずっとシアにくっ付いているわけにもいかぬだろう」
そう、諜報部隊でもある影は多忙な上に任務も過酷だ。そんな彼らにいつまでも私の妻だからと言う理由だけで護衛を頼むわけにもいかない。
「あ~それなら問題ないですよ」
「何を…」
「影の連中、アレクシア様のファンですから」
「…ファン?」
「ええ、あいつらの怪我、アレクシア様に治して頂いたんですよ。そしたらすっかりファンになっちゃって…」
「あ~そっちもか。騎士団もだぞ」
「あ、やっぱり?アレクシア様の護衛役、今や争奪戦ですよ。それに、ファンになった連中は常にアレクシア様を気にかけていますからね。滅多な事はないと思いますよ」
「そうそう、騎士団にはファンクラブが立ち上がってますからねぇ」
「ああ、影にも出来てますよ。ローレンス様、ご存じでした?」
「…い、いや…」
「アレクシア様のためなら死ねる!って言ってる奴、ゴロゴロしてますからね」
「だからそこまで心配しなくても大丈夫ですって」
「さすがシアじゃな。騎士に影もとなれば、心配はないじゃろう。なぁ、ラリー」
それほどまでにシアの人気が高まっていたとは…いや、シアの力で人生を取り戻した者が多く、彼らがシアを恩人だと慕うのは当然だろうが…私の最大の懸念は、いつの間にかシア自身が自ら解決していた。
「ラリー、シアが誰を見ているか、気付かぬわけでもあるまい」
「それは…」
「お主も同じであろう。だったら受け入れて守ってやれ。それがシアの望みじゃよ」
「……」
「シアが王都よりここがいいと言っているんだ、問題なかろう。まぁ、お主の懸念はわからんでもない。わしもここに戻る時には同じように悩んだからな」
「…義父上…」
「妻は身体が弱かったから尚更悩んだよ。それでも人並みの寿命は得られた。不安ならば悔いのないように大事にするだけじゃよ」
義父上の妻であるレイチェル殿は生まれつき体が弱く、子を成すのは無理だと言われたが、義父上はそれを押し切って娶られたという。王都にいる頃はよかったが、義父上の兄上が亡くなってここに戻る事になった際には、帯同するか悩まれたという。それでもレイチェル殿は共に戻る事を望み、医師に言われていたよりも長く生きられたという。
そんな義父上の実体験を踏まえた言葉は、私の背を押すには十分だった。そして、レックスやロバートの言葉も。シアが私を望んでくれるのなら…私は…
こうして私がシアに構う日々が始まり、今日もまた特に頼む用事はないと執務室を追い出された。本当に大丈夫なのかと不安になったが、私の判断を要するものがあれば聞きに来るし、私がシアと過ごしている間は義父上が私の代わりをされていた。これまでと違い、全てを把握していない心許なさはあったが、昼と夕方にはレックスから報告が入り、決裁が必要な書類は夜の間に片付けたが、今のところ問題ないように思えた。
何よりも、シアが私の変わりように戸惑いながらも、嬉しそうにしている姿が心を満たした。手を握るだけで顔を真っ赤にする彼女が愛おしく、一方で花やお菓子を渡すと気を使わないで欲しいと遠慮する姿に、これまでの彼女の境遇が思い出されて胸が痛んだ。これまでの私の態度も一因なのだと思えば、随分身勝手だとは思うのだが、これからその分を穴埋めしていくしかない。これからの彼女が幸せであるように、今までの分も取り返すくらいに。
「ラ、ラリー様、もう十分ですからっ!」
「遠慮しなくていいよ?」
「こ、これ以上だと、ご飯が食べられないのでいいです」
「そう?じゃ、腹ごなしに散歩でもしようか?」
「でも…お仕事は…」
「ああ、気にしなくていいよ。レックス達にはシアとの関係改善が最優先かつ重大だって言われているからね」
「か、関係、改善って…」
「これまでの私の行いを思えば当然だろう?」
「でも…あれは私の事を思って…」
「そうは言ってもね。シアが辛い思いをしたのは間違いないだろう?」
「でも…」
「シアに愛想を尽かされないよう、私も頑張らないとね」
それは紛れもない私の本心だった。まだ年若く、比類ない力をもつ彼女に見捨てられないように。彼女が二度と不安に頬を濡らす事がないように。彼女が笑顔で過ごせるように、私は持てる全てを捧げようと自ら誓った。




