婚姻成立後の豹変?
ラリー様と気持ちが通じたその翌日から、私は混乱の極みに落とされた。それと言うのも…
「次の予定までお茶にしよう」
「リグスの花が綺麗だよ。庭にでないか?」
「客にお菓子を頂いたんだ。一緒に食べよう」
「珍しい生地が手に入ったから、これでドレスを…」
これらの台詞の主は…何とラリー様なのだ。あんなに素っ気なかったラリー様が、あの日を境に一変してしまわれた。しかも、甘くて蕩けそうな笑顔付きで…刺激が強すぎて、私は気力を著しくすり減らす羽目になった。
これまでは仕事で忙しいと仰っていたのに、今は時間があると私を構いに来られるのだ。仕事は大丈夫なのかと聞いてみたところ、おじ様やレックス、ロバート達から私との関係修復の方が大事!と、重要な案件でない限りはしなくていいと執務室を追い出されるのだそうだ。お陰で今は起きている時間の多くはラリー様と一緒…だったりする。
あまりの変わりように、最初は変な薬でも盛られたのでは…それともメアリー様が飲ませていた薬の後遺症?と心配になって、何度か気付かれないようにそっと力を送ってみたのだけど…どこも悪くないようで、送った力は秒で途切れてしまっていた。うん、ラリー様がものっすごく健康なのはわかった。わかったけれど…私が倒れそうだ…
そして今日はと言うと…ラリー様の私室の応接室で、並んでソファに座っていた。最初は半人分ほどの距離があった筈なのだけど…いつの間にかぴったりとくっついて、肩に手を回されて密着状態だ。この状態は、何…?こうしている間にも、私の気力が吸い取られている気がした。ラリー様、もしかして私の力を吸い取っていませんか…
「あの…ですね、ラリー様…」
「何だい、可愛い奥さん」
「…っ!」
あの日からの異変、その二は…この呼び方だった。あれからラリー様は事ある毎に私を可愛い奥さんと呼ぶようになった。そして私は…その度に悶絶していた。また気力が奪われています…ダレカタスケテ…
「そ、その呼び方は…」
「そのまんまだよ?可愛い奥さん」
「…っ!あ、あの…それに…この体勢は…一体…?」
「ん~奥さんが可愛いから?」
そこで小首をかしげるのは何ですか、ラリー様…私なんかよりずっと年上なのに、私よりも可愛く見えるなんて…そんなのずるいです…じゃなくて…
「で、でも…」
「仕方ないだろう?夫婦になったとはいえ、シアはまだ心の準備が出来ていないと言うし。待つと約束したけれど、このままじゃシアはいつまで経っても慣れてくれないだろう?これは練習だよ」
「れ、練習…」
そう言われてしまうと私はぐうの音も出なかった。あれから私達が結婚したと公表されたけれど、実質的な夫婦生活は実はまだだったりする。本当は婚姻が成立しているのだから直ぐにでも…が正しいのだろうけど、私は全く心の準備が出来ていなかった。
だって…ラリー様は白い結婚でと仰っていたし、そこに隣国の事も出てきて、私はラリー様とそういう関係になるなんて夢にも思っていなかったのだ。それに王都から戻ってからは、私が自ら王都に戻ると言わせようとしていたラリー様に、余所余所しく距離を置かれていたのもある。
「今までの分も取りかえさないとね」
「え…?」
今までの分?取り返すって何を?と私が混乱して固まっているのも構わず、ラリー様はそう言いながら私の髪を一房手に取られると、髪を口元に持って行かれた…んだけど…
「…な、なにしているんですか、ラリー様っ!」
「シアの髪は本当に綺麗だね。セネット家特有の青みを帯びた銀の髪…光にあたると微妙に色合いが変わって、本当に神秘的だ」
「…~っ!」
髪にキスをされた私は魂が飛んでいきそうだった…私は本当に男性が苦手なのだ。エリオット様の存在がトラウマになっていたのもあるけど…公的な会話は問題ないのだけど、私的なものになると話す前から緊張してしまうし、手を繋くなんて論外だ。
そんな私はラリー様に少し待って欲しいとお願いして、ラリー様も私の準備が出来るまでは待つと仰って下さった。ただ、このままじゃいつまで経っても慣れないから練習しようねと、とびっきりの笑顔で仰って、今に至るのだけど…
(…私の心臓、持つのかしら…)
正直、不安が勝るのはどうなのだろう…私としては一番望ましい展開になったのだけど…想像していたのとは随分違う展開に、私の精神は多大に削られて、その内跡形もなく消えてなくなりそうだった…
「…ユーニス、助けて…」
来客があると執務に戻られたラリー様から解放された私は、ぐったりとソファに倒れ込んだ。既に精も魂も尽き果てる寸前だ。これなら怪我人を百人治療した方が楽かもしれない…とすら思う。
「何を仰っているんですか、アレクシア様…」
「だ、だって…距離が近すぎて…」
「ご夫婦になるのだから当然ですわ。頑張ってくださいまし」
「そんなぁ…」
ユーニスなら味方になってくれると思ったのに、やれやれと言わんばかりの視線を向けるなんて…おじ様にもいい傾向じゃなんて言われるし、見渡せば屋敷中がラリー様の味方だった。そりゃあ…ここの領主はラリー様だし、屋敷のみんなが早くお世継ぎを!と思っているのは見え見えで、物凄く期待の籠った目で見られている。その空気が生暖かくて、非常に居心地が悪い…
「結婚式の日程も決まったのですから、それまでには慣れて下さい」
「慣れてって…慣れるものなの?」
「勿論ですわ。まぁ、アレクシア様はあの馬鹿王子のせいで男性恐怖症気味ですから、マイナスからのスタートになってハードルが上がってはいますが…」
「うう…」
「相手がアレクシア様と同じレベルだったら話になりませんが、ローレンス様は女性の扱いに長けていらっしゃる筈ですわ。お任せしておけばよろしいんですよ」
「お任せって…」
「大丈夫ですわ。ローレンス様はちゃんとアレクシア様の事情をご理解下さっていますから。手取り足取り教えてくださいますから、あまり心配なさらなくても大丈夫ですわ」
「……」
大丈夫と言われたけれど、本当に大丈夫なのだろうか…残念ながらこの手の事は誰も教えてくれなかっただけに、私は新しい問題に頭を悩ませることになったのだった。




