ラリー様の立場と事情
ラリー様との婚姻が成立して、隣国に行かなくてもよくなったと聞いた私だったけれど、手放しでそれを喜ぶことは出来なかった。
「シア?どうかした?」
俯いてしまった私に、ラリー様が労わるように声をかけられた。ラリー様はお優しいから、私が隣国に行かなくて済んだ事を喜んで下さっているのだろうけど…これじゃラリー様お一人が我慢を強いられる事になるのではないだろうか…だってラリー様はメアリー様を…
「…あの…ラリー様は…よろしいのですか?」
「…何が?」
「その…私との婚姻は…」
お嫌ではないですか?と聞こうとして、私は言葉を飲み込んだ。きっとラリー様は私が傷つくような事は仰らないのは明らかだから。ううん、きっと私が何を言ってもラリー様は私が気分を害する事は仰らないだろう。
お優しいというだけじゃない。きっと年が離れすぎていて、ラリー様から見た私はいつだって保護すべき対象なのだ。婚姻が成立してしまっている以上、わざわざ波風を立てるような事を仰るとは思えない。悔しいけれどラリー様から見た私はまだ子供で、どうあがいたってその差は埋まりそうになかった。
「こんな結果になってしまって…申し訳ない」
「え?」
再びそう言われて、私はその意味が直ぐには思い当たらずにラリー様を見上げた。ラリー様は困惑とも憐れみとも取れる複雑な表情で私を見ていたけれど…私の中ではラリー様との結婚が一番望ましかっただけに、言葉の意味をどう受け止めていいのかわからなかった。一方で…ラリー様はこの婚姻をお望みではなかったし、私も望んでいないと思われていたのだろう。実際、私はおじ様がいいと言った事もあったし、この事でラリー様と本音で話した事がなかった事を今更ながらに思い出した。
「私は…本当に妻を娶る気はなかったんだ。ああ、それはシアがどうっていうんじゃなく、相手が誰であってもなんだ」
それじゃ、やっぱりメアリー様が…
「実は私自身、この地ではよく思われていないんだ」
「ええ?」
それは思いもしない事だった。短期間でこの地のいざこざを治めたラリー様がよく思われていないなんて…王都では長年の小競り合いを治めたと高く評価されていたので、直ぐには信じられなかった。
「ここと接する隣国の土地は、昔は一つだったからね。それを分断したのは国で、その事をこの地の人達は快く思っていない。いざこざを治めたとはいえ、相手はこの地の人々にとっては同胞だ。そんな彼らに剣を向けた私をよく思っていない人は、我々が思う以上に多いんだよ。私は王族だから、それだけでも反感を買っているしね」
「そんな…でも、落ち着いたのなら、それはここの人にとっても…」
「それは私達王国側の考えだ。ここの人達の想いは…違うんだよ」
「でも…そんな風には…」
「今は義父上がいらっしゃるから、表立って誰も何も言わないだけだ。義父上は英雄だし、領民は昔からこの地を治めている領主一族への敬愛が深い。でも血の繋がりもない王族出の私は、養子になったとはいえ異分子なんだよ」
悲し気な弱い笑みを浮かべたラリー様に、私は驚くばかりだった。王都でのラリー様の評価とはあまりにもかけ離れていたからだ。それに、ここに来てから何度も街に出たけれど、ラリー様の悪い評判を聞いた事がなかったのもある。
でも、この地の人達はとても複雑な感情を我が国にも隣国にも抱いていると聞く。それは長い戦いの歴史の中で複雑に絡み合っているのだろう。ラリー様個人と言うよりは、王家への反感の様な気もする…
「そんな私の妻となれば、いつ狙われてもおかしくない。現にシアは狙われたし、これからもそういうことは何度も起こるだろう。だからシアから婚約解消を言い出してくれないかとも思っていたし、そうなるように仕向けてもいた。メアリーと仲良く見せていたのは…彼女やダウンズ男爵達の目的を探るのが一番の理由だったけれど…シアが私を見限ってくれないかとの期待もあったんだ」
「…え…!」
ラリー様の言葉に息が止まったのを感じた。それは以前おじ様から、予想だけどとの前置き付きで聞いていたけれど…じゃ…ラリー様がメアリー様をお側に置いていたのは、本当に監視と…私を遠ざけるためだった…?ここの事情やラリー様の評判よりも、私はその事で頭がいっぱいになってしまった。
「シア?」
気持ちが顔に出てしまったのだろう。ラリー様が私の変化に気付いたのか伺うように問いかけてきて、私は本心が漏れてしまったのかと慌てしまった。どうしようと思っている間もラリー様は私の表情を覗き込まれて、私は益々狼狽えてしまった。
「えっと…あの、何でも…ないです…」
誤魔化そうとしたのに、語尾が段々小さくなってしまった。これじゃ、何かあると言っているも同じだ。ちら、とラリー様の表情を窺うと、ラリー様はさっきよりも不審そうな表情を浮かべているように見えた。これって…全然誤魔化せて、いない…
「…あ、あの…」
ラリー様は私の言葉を待っているように思えたけど、私は何をどう言っていいのかわからず、でも、その沈黙がとても重くて苦しいくらいだった。時間としては短いのだろうけど…凄く長く感じたのは私の気持ちのせいだろう。そんな時、ふとユーニスの怖いくらいの笑顔がよぎった。
「…あ、あの!ラ、ラリー様にお、お聞きしたい事が…」
ユーニスに言われた言葉が脳裏に受かんた途端、私の口からそんな言葉が飛び出していた。声の強さにラリー様も少し驚いたような表情をされたけれど…驚いたのは私の方だった。でも、ここで聞いておかないと後でユーニスに何をされるかわからないという恐怖が、意外なほどに私の背を押していた。
「…どうしたんだい?気になる事があるなら、何でも聞いてくれ」
「…ラ、ラリー様は…メアリー様を…お、お側にと望まれていたんじゃ…ありませんか?」




