殺人オルゴール
ポロリンとそのオルゴールが鳴る時、どこかでまた誰かが殺される。
私の祖父が大事にしていたグランドピアノの形のオルゴール──
レトロな金色のそれは、聞いたこともない無名の曲を奏でる。
ポロリンとナイフのような音で、柔らかな私たちの部屋の空気を揺らした。
「あ……」
智之が声を漏らす。
「鳴ったよ、オルゴール……」
私は聞こえてないふりをして、秋刀魚を食べる箸を止めなかった。
関係ない、知らない誰かがどこかで殺されようと、私たちには関係がない。
心を不安にしてはいけない。今、私のお腹には、新しい命が芽生えているのだ。
日曜日のダイニングキッチンには静かな幸福が漂っている。
窓から射し込む昼の光が、平和な日常を演出してくれる。
大体、ほんとうにこのオルゴールが人を殺すなんて、信じてはいない。
実際にこれが誰かを殺めたところなんて、一度しか見ていないのだから──
智之が秋刀魚を食べる手を止め、言った。
「一年振りぐらいかな……鳴ったの。不思議だよな、ゼンマイも巻いてないのに」
「つまんないこと気にしないで」
私は秋刀魚を食べ続けた。
「捨てられないだけなんだから」
「亜希子のじーさんの遺言、ほんとうかな? 捨てたら呪われる……だったっけ?」
「必ず見える場所に置いとけって」
私は箸は動かしながら、食器棚の上のオルゴールを一瞥した。
「見た目はレトロお洒落でいいけど、できるもんなら捨てたいわよ」
ピアノの開いた屋根の隙間から、何かが私をじろりと睨む気配がした。
「これが鳴ったら、どこかで誰かが殺されるんだよな?」
智之が冗談を言うように、笑う。
「今、誰が死んだんだろ?」
「おじいちゃんが心臓麻痺でポックリ逝く直前、ゼンマイも巻いてないのにこれが鳴ったの」
何度も聞かせた話を、私はまた智之にした。
「その前からおじいちゃん、『これは殺人オルゴールなんだぞ』って自慢げに話してたけど、まさか自分が──うっ?」
勢いよく、食べていた秋刀魚が口から噴き出した。
私のお腹が、風船のように膨れ上がると、音を立てて破裂した。
食卓の上に血や羊水が飛び散り、智之が後ろへのけぞった。
そしてすぐに前へ身を乗り出して、眼球が飛び出しそうな目をして叫んだ。
「あ、亜希子ーーーッ!?」
「だ……、大丈夫よ」
私は安心させようと、笑ってみせた。
「私は大丈夫。赤ちゃんが殺されただけだから」
オルゴールの殺人動機は私にはわからない。
赤ちゃんはまた産めばいい。私が無事で、よかった。




