91・時間稼ぎ
書籍版の表紙をページの一番下に載せております。
魔王の戦い様を目の当たりにして、四天王の『剣』の最強格カミラは言葉を失っていた。
(久しぶりに魔王様の戦っている姿を見るが……相変わらず圧倒的だ)
当初、紅色の魔石によって強化された魔族に対して、さすがに四天王達でも苦戦していた。
いくら倒しても次から次へと立ち塞がってくる。
さらに魔族の中には蘇生魔法が使える者もいて、そのせいで戦いが長引くと考えられた。
しかし魔王はそんな反乱軍の小細工など、全く意に介さず、愉快そうに戦っていた。
「ははは! どうした? お前等はその程度か。我をちょっとは満足させてみせよ」
魔王は笑いながら、魔法を連発し反乱軍を薙ぎ払っていく。
よくカミラの戦いは「嵐のようだ」と形容されることがある。乱暴に剣を振るい、他者を決して近付かさせようとしない。周囲に近寄った者を、嵐のように吹き飛ばしていく……そんなカミラの戦いっぷりを表現してのことだ。
だが一方、魔王の戦う姿はまるで「舞を演じているかのよう」だ。
反乱軍の魔族は何度も立ち上がり、魔王に襲いかかるが、指一本触れることすら出来ていない。
(まるで子どもと大人の戦いみたいだな)
魔王よりも何倍も大きい魔族が、次から次へと地面に倒れ伏せていく。
しかも──全員殺さずにだ。
戦闘不能になった反乱軍の魔族は、大きな傷を負っているものの、全て命に別状はない。
これほどの乱戦だ。
殺さないように戦うのは至難の技だろう。
だが、魔王はそれをやってのける。
それは即ち、まだ魔王には戦いの余力が残っていることの証明になるだろう。
(すごすぎる。さすがは我が魔王様だ)
そんな戦いの様子を見て、カミラは舌を巻くのであった。
「カミラ! なにをしておる! お主、集中力がないのではないか!?」
ふとクレアの声に気付く。
「あぁあん? 誰に口を利いている。貴様こそ、反乱軍に手間取っているようではないか」
「それはこちらの台詞じゃ。いくら雑魚共でもこれだけ数がいれば、さすがの儂とて時間がかかる」
クレアの言う通りである。
実際、四天王達は自分の身を守ることで精一杯で、魔王を助けに入ることが出来ていなかった。
(もっとも……その必要はなさそうだがな)
そうこうしていると、目の前からカミラに向かって巨斧が振り下ろされた。
カミラはそれを剣で受け流しつつ、前を見据える。
「マテオか」
名を呼ぶと、マテオはニヤリと笑みを浮かべる。
「なにを考えているか知らないが、とんだ計算違いだったな。いくら紅色の魔石があろうとも、魔王様に傷一つ付けることすら出来ぬ。己の力のなさを嘆け」
「ははは、最初から魔王様に勝てるなどとは毛頭思っていません」
「どういうことだ?」
こうしている間にも、マテオはカミラを殺そうと巨斧を振るう。巨斧のサイズはそれこそ、カミラよりも大きい。
それを優々と振り回せる腕力……以前のマテオでは出来なかった。魔石の力によって、腕力が増強されているのだろう。
カミラは剣で巨斧を弾きつつ、マテオと言葉を交わす。
「最初から私達は時間稼ぎです」
「時間稼ぎ?」
「ええ。私達の目的は最初から計画の鍵を奪取することです。そのためにはあなた達が邪魔だった。いくら教皇様でも魔王様が相手となっては、ちぃっと苦労しますからね」
「……その教皇とやらが、貴様等のボスというわけか」
カミラの問いに、マテオは答えない。
「こうしている間にも計画は進んでいます。そろそろあっちの方も終わっているでしょう。私達はそのための時間を稼ぐことが目的だった」
「一体貴様はなにを……」
「む……」
カミラが質問を続けようとした時……急にマテオが彼女から距離を取って、その場で静止した。
「?」
明らかに不自然な動きだ。
まるでこの場にはいない、遠くの者と会話をしているような……。
そしてカミラの疑問は、魔王の声によって解決する。
「……そうか。そなた等の目的は『蒼天の姫』を奪うことであったか」
カミラから少し離れたところで。
襲いくる魔族共の相手をしながら、魔王は全てを見通したように、そう声を漏らす。
その言葉にマテオは上機嫌に、
「さすがは魔王様。気付きますか。でも──もう遅い」
じゃっかん声を弾ませた。
「魔王様……どういうことだ?」
「全てはこやつ等の時間稼ぎ。蒼天の姫を教団の手に収めることが目的だったのだ」
と魔王は忌々しげに顔を歪ませた。
「そなた(カミラ)と戦っているマテオの台詞が気になってな。アリエルの様子を覗いてみたが、騎士団の連中に宿屋から連れ去られたようだ」
魔王は自分が戦っている間にも、カミラとマテオの戦闘に気を向けていたのだ。
(この激しい戦闘の最中、私達の会話も聞いているとは……だが、今は感心している場合ではない)
魔王が言ったことに、マテオが巨斧を肩で担いでからこう続ける。
「くくく……これで計画は遂行されます。あれがとうとう復活するのです! もう誰にも止められない」
「……なるほど。そなた等はあれを復活させるつもりであったか……紅色の魔石を見て、すぐに気が付くべきだったな。あまりに荒唐無稽な話だったので、無意識に可能性から排除してしまっていた」
一体なにを言っているのだ?
カミラが思考を巡らせていると、魔王の両目が彼女を向く。
「カミラ……そしてクレア。そなた等二人は今すぐ王都に行け。そして蒼天の姫を取り戻すのだ」
「待ってくれ、魔王様。説明してくれ。こいつ等はなにを……」
「説明している暇はない。今はとにかく、蒼天の姫をこやつ等に渡さないことだけに注力せよ。出来ぬか?」
魔王がカミラとクレアの顔を交互に見る。
「心得た。すぐに王都に向かおう」
「ここは魔王様に任せておけば大丈夫じゃろう。カミラと力を合わせ、魔王様の期待に答えてみせよう」
魔王の命令に対して、カミラとクレアは即答する。
それは魔王に全幅の信頼を寄せている四天王だからこそ、成せることだった。
「くくく……魔王様が行かなくていいのですか? その雑兵に蒼天の姫を任せて本当に大丈夫なんですか?」
「なんだ。我の心配をしてくれるのか。案ずる必要はない──そもそも我が行く必要など感じられぬだけだ。我はここでもう少し、そなたらとの遊びに付き合おう」
マテオの挑発を、魔王が受け流す。
(私達をこうして信頼してくれていることは有り難い。だが──)
カミラとクレアがここに残り、魔王が王都に向かった場合──全員を殺さないで戦うことは不可能になってしまう。
この場にいる全員殺さず戦うためには、魔王の力は必要不可欠だ。
ゆえに魔王はここに残る選択をした。
おそらく、反乱軍もそれを見越しているだろう。
(優しすぎる魔王様の性格に付け込んだのだ。ちっ……さっさと蒼天の姫とやらを保護し、ここに戻ってこなければ)
とカミラは激情を堪え、自らに与えられた任務に頭を切り替える。
分からないことばかりだ。
なにを考えて、城にいる魔族共は教団に付こうとしたのか? どうして教団は蒼天の姫を欲しがるのか?
そして教団の目的はなんなのか?
自分では分からないことの多さに歯痒さを感じた。
だが、それすらもあまり問題ではない。
私はただ魔王の言う通り、任務をこなせば万事上手くいく。
(魔王様は絶対だ。今まで魔王様の言う通りにして、悪くなったことはないのだからな)
問題は……。
「おい、クレア。さっさと転移魔法を使え。失敗したらどうなるか分かっているだろうな?」
「なにを言っておる。そもそもこんな簡単な任務、儂一人で十分じゃ。お主はここで残って、部屋の片隅でガタガタ震えておいてもいいのだぞ?」
二人の間で火花が飛ぶ。
──こいつ(クレア)と上手くやっていけるだろうか?
一抹の不安を抱えるカミラであったが、クレアの転移魔法が無事に発動。
四天王の仲でも屈指の仲が悪さを誇る二人が、王都に向かうことになった。
書籍版が10/1日にKラノベ ブックス様より発売予定の当作品ですが、ページ下部と活動報告に表紙を公開しております。
ぜひご覧くださいませ!





