92 2人の魔王
― 魔王の剣―
剣を出して、地上を睨む。
ダンジョンの入口は、海沿いにある木々の下にあった。
ププウルの地図情報は、かなり遠くのダンジョンであるにも関わらず的確だった。
3つの岩や崖など、事前に目印を知らなければ見つけられなかったかもしれない。
ついたのは日が沈み、月が現れた頃だった。
「魔王ヴィル様、もう行くの? 夜の海って資料でしか見たことないから、まだ見ていたいんだけど。ほら・・・月の道ができてる」
「遊びに来たんじゃないって」
「でも、向こうは遊んでるように見えるよ」
「ん?」
「きゃははは、エヴァン、すごいな。くるくる回るのもできるのか?」
「・・・・・・」
「うわっ、落とすなよ。エヴァン」
エヴァン(ドラゴン)がリョクとじゃれていた。
すっごいゆるい空気出すんだよな。このドラゴン。
「あいつらは気にするな。エヴァンには調子に乗るなって言っておくよ」
「・・・・・・・・・」
ダンジョンの前の草木が綺麗に刈られている。
まだ新しい。
潮風に紛れているが、間違いなく人間の匂いだ。
近くまで行って、探りを入れるしかないな。
「魔王ヴィル様・・・えっと・・・」
「なんだ?」
「気をつけて」
アイリスが何かを察したように離れた。
「なるべく早く戻る」
「うん」
「魔王ヴィル様、待ってください。奴らには、仲間を殺された恨みがあります。ぼ・・・僕も・・・一緒に」
リョクがエヴァン(ドラゴン)の後ろに居ながら声を上げた。
怖いんだろうな。震えている。
「俺一人のほうが都合がいい。お前の仇は討ってきてやる。今はエヴァンと一緒に、そこで待っていろ。戻ってきたら協力してくれ」
「はい・・・かしこまりました」
悔しそうに頷いた。
エヴァン(ドラゴン)が尻尾を振って慰めようとしている。
中で十戒軍『隣人の財産』が何をしているかはわからないが、独特な魔力が漂っているのを感じた。
足で土を避けて、ダンジョンの扉に手を付こうとしたとき・・・。
目がかすむ。
妙な感覚になった。
なんだ? 空気が歪んだような。
「見つけた。魔王ヴィル」
声のするほうを振り返る。
暗い木々の間からすっと人影が現れた。全く気づかなかった。
「探したわ。よかった、間違えたらどうしようかと思った」
切りそろえられた前髪とアメジストのような瞳を持つ15歳くらいの少女が近づいてくる。
模様の入った黒い服を着ていた。
どこか妖艶で、何を考えているのかわからないような・・・。
「誰だ、お前は?」
「私はサタニア。結構強いのよ」
紫色の髪が、ふわっと逆立つ。
サタニアが小さな手をかざすと、一気に魔力がびりっと魔力が高まる。
― 魔女の剣―
カキンッ
「なっ・・・」
風のように一気に切り込んできた。
魔王の剣で受け止める。
「魔王ヴィル様っ」
何なんだこいつは。人間とは比べ物にならないくらい強い。
まさかこいつも異世界から来た・・・・?
カラン
石ころが落ちてきて、空を見上げる。
エヴァン(ドラゴン)が指文字で加勢するかと尋ねてきたが断った。
この得体のしれない女が何者なのかわからない以上、こっちの情報を与えたくない。
「お前は魔族なのか? 人間なのか?」
「魔族の王よ」
「は?」
木の上に足を下ろし、腰のあたりまである長い髪を後ろに流しながら言う。
細い剣を月明かりに光らせていた。
「何言ってるのかわからないな。魔王は俺だ」
地面を蹴って飛び上がる。
バチンッ バチンッバチンッ
剣のぶつかり合う、火花を散らしながら上昇していく。
サタニアがひゅっと風に乗りながら、木を駆け上がっていった。
「貴方が居なければ、私が魔王になるはずだったんだって」
「何の話だ? 俺はお前なんて知らない」
「ふうん・・・まぁ、いいけど」
月明かりの似合う、美しい少女だ。
強い口調で言いながら、木のてっぺんに立っていた。
「魔王は私よ」
「どうゆうことだ」
「私もこの世界の魔王として召喚されたの。魔王ヴィルはこれから・・・そうね。私に魔王の席を譲って、ちゃんと私に仕えてね。追放なんていないから」
自信のある目で見てきた。
「冗談はその辺にしておけ」
「本気よ」
キンッっと、銀色の刃を真っすぐにこちらに向ける。
「ヴィルは魔王の椅子を私に渡すの」
「なんで・・・」
「私が来る前に、ヴィルはただのヴィルになってるはずだったのに。ヴィルが魔王のままだったから、私は中途半端になっちゃったんだから」
「何の話だ? さっぱりわからないんだが? そもそも魔族はお前を知らない」
「!?」
サタニアがぐっと近づいてきて、赤い唇に人差し指を当てる。
「これからわかればいいの」
「お前、十戒軍について何か知ってるのか?」
「・・・・・・」
サタニアが少し離れる。
「話し合いはここまでよ。月が満ちてるうちに、貴方を倒す」
細い剣で、木の枝を切った。
月の魔力を溜めているのか?
「それは無理だ。お前に俺は倒せない」
「そんなことない」
サタニアがすっと飛んで、剣を胸に突き付けようとしてきた。
じゅっ
「!!」
左手に簡易シールドを張り、サタニアの動きを止めた。
「俺は全く本気を出していないからな」
「えっ・・・・」
魔王の剣を握りなおした。
指でなぞり、刃を大きくして、しなやかに反らせた。
「なっ・・・何をしているの・・・?」
「お前の剣はこうはならないのか?」
敵を狩りやすいように、魔王の剣の形状を変えていく。
「っ・・・・」
「お前は強い。俺が見た中で二番目にな。でも、俺に敵うほどではない」
飛び上がって魔王の剣を大きく振りかぶる。
「え、えっ・・・・」
「魔王は俺だ」
「きゃー」
サタニアがぎゅっと目を瞑っていた。胸に刃先を突き付ける。
短く息を切らして、汗を掻いていた。
剣を持つ手を震わせながら、月明かりに透き通る瞳を潤ませる。
「・・・・・・・」
「わ・・・私が、魔王だから」
戦闘中に甲高い悲鳴を聞くことになるとは・・・。
なんだ? こいつは・・・。
「ご、拷問する気なの?」
声がかすれるほど怯えていた。
魔王の剣を解いて、木の上に座る。波の音がうるさかった。
「はぁ・・・・・」
「きゃっ」
「使い慣れないもの振り回すな」
魔女の剣を蹴り上げると、夜空に向かって消えていった。
「と・・・とどめを刺さないの? 私は、貴方を殺しに待ち伏せしていたのよ」
「さすがに、急に泣き出す魔族の少女は切れないって」
「っ・・・・ヴィル・・・馬鹿にしてるのね?」
「戦闘慣れしてないなって思っただけだよ」
「・・・・・」
サタニアがわなわなと震えていた。
「お前の力を見るに、魔王になるはずだったってのは、あり得なくもなさそうな話だが・・・」
「何が言いたいの?」
「魔王の素質が無かったんだろ。あとは運だな」
「うぅ・・・・ちょっと、勝ったくらいで自慢するなんて」
「別に自慢しているわけじゃないって」
俺より、人間に対する嫌悪感が足りないんだろうな。
憎悪、恨み、嫌悪は闇の魔力に溜まっていく。
魔族は闇の力を最大限に生かせる種族だ。
俺が使う力のようにな。
「どうして、お前は自分が魔王になると思ってたんだ?」
「何度も言ってるでしょ。そうゆうふうに召喚されたからよ」
「ん? 魔王は魔族が召喚するものだろう? 魔族に召喚されたのは俺だ」
「魔王として召喚する方法は1つじゃないわ」
「?」
ひとつ不思議なことを思い出していた。
俺は、人間だった頃の記憶も、魔王として召喚された後の記憶も鮮明だ。
ただ、ひとつ、人間から魔王になった数分間が抜けている。
魔王へ転職させた者の名前、声、魔力、何も思出せない。
考えると、靄にかかってしまい、わからなかった。
誰だ?
俺を何度も別の職種につかせていった奴の名前は・・・。
「私は十戒軍に召喚された魔王よ」
長いまつげを瞬かせた。
「十戒軍がって・・・人間だろ?」
「そう。神の声を聞いて従った十戒軍は人間とか魔族とかそうゆう壁を超えるの。だから、神が私を魔王にするはずだったの!」
「神って誰だ?」
「神は神よ」
サタニアが急に手をこちらに向けてきた。
木々が伸びて、縛り付けられる。
「!」
クソッ・・・油断した。
気を抜いた一瞬の隙を突かれてしまった。
葉が多くて、エヴァンのところまで見えない。
「・・・・・何する気だ?」
「毒を・・・んん・・・」
サタニアが頬を包む。唇を押し付けて、舌を絡めてきた。
何か異質なものが体内に。
「・・・・・」
「知ってるでしょ? 魔族は欲望に忠実なの。だから、私は一見、清純に見えるかもしれないけど、こうゆうことも好き。ヴィルだってそうでしょう? いろんな女の匂いがする」
紫色の髪が視界を覆う。
「っ・・・・」
「こうすると、意のままね」
舌を絡めるたびに何か・・・頭に響くような液体が体の中を駆け巡るのを感じた。
「こ、こんなことまで・・・さすが現魔王ね。でも、私はヴィルのすべてを奪っちゃうから」
脳を読んでいるのか?
解毒をしなければ・・・意識が薄らいでいく。




