85 人間の血
「アイリスの秘密を言いかけた人間が、即死する呪いをかけられてた。お前がやったのか?」
「呪いの存在は知ってるけど、俺ではない。たぶん、王家だろうね」
柱の陰に隠れたエヴァンと話す。
シエルが捕えている十戒軍の奴らを拷問しにいく途中だった。
手袋をはめる。
「アリエル王国はアイリスをどうするつもりだ?」
「今までと同じだよ。勢力を付けてきた国があれば消滅させるつもりだ。まぁ、今のところ目立った国はないけど、アリエル王国はそうゆう自分たちの手を汚さないやり方で成り上がった国なんだ」
エヴァンが短い息を吐く。
「アイリス様は、普通の少女になりたかったのにね」
窓が風に揺れていた。
「あ! そうそう。実は、アリエル王国の国王と王妃は他国に来訪したまま帰ってこないんだ」
「じゃあ、アリエル王国を動かしてるのは・・・」
「アイリス様の兄、ロバート様が実質権力を握ってるね。アイリス様の能力は一部の者しか知らないけど、狂ったように怖がっているんだ」
「なるほどな・・・」
アイリスの、あの力は・・・どこで手に入れたものなんだろうな。
「魔王ヴィルのことをどうこうゆうつもりはないけど、アイリス様は危険だよ。禁忌魔法は見ただろ?」
「・・・一応な。見る機会があった」
「俺は、十戒軍は潰したほうがいいと思っているけど、アイリス様が魔族の手に負えると思えないんだ。俺にはいろいろと事情がある。アイリス様は俺の管轄に置いておいたほうがいい」
「お前の事情ってなんだ?」
腕を組んでエヴァンを見下ろす。
「・・・今は言えない。あと、アイリス様のことになると、感情的になるのが魔王ヴィルの弱点だ」
強い口調で言う。
「戦闘時での感情は、時に邪魔になる。これは、俺にも言えることなんだけどね」
「・・・・・・・・・」
エヴァンがマントについた埃を払う。
「今のはただの意見だ。俺の行動は変わらない。魔王ヴィルに従うよ。今の俺の最優先事項はリョクちゃんであることには変わらないからさ」
「フンッ・・・」
― 魔王の剣―
空中に線を引いて、剣を掴む。
「拷問するんだろう? 俺も付き合おうか? 俺も結構やってきたから、慣れてるよ。人間も魔族以上に、拷問が好きでね。綺麗ごと言うくせに、人の手を汚そうとする」
「いや、必要ない」
魔王の間へ歩いていく。
「これは俺の役目だ」
剣に紫の炎を纏わせる。
すうっと、自分の中に冷たいものが流れていくのがわかった。
「がごっ」
血が吹き飛ぶ。カマエルが嫌そうな顔をしていた。
ププウルが楽しそうに拷問を眺めている。
「うああああ、止めてくれ」
「あああああああああ」
「帰らせてくれ。帰らせて・・・」
ザンッ
精神に異常をきたして使い物にならなくなった人間の魂を抜き取る。
奪牙鎖を動かして、残った3人の体を持ち上げていった。
「み・・・みんな・・・・」
こいつらはまだ会話できそうだな。
「吐け。十戒軍について知ってることを、全てだ」
「うっ・・あぁああ・・・・」・
魔力をコントロールして、恍惚と痛みと恐怖を流していた。
よだれを垂らしていた男が顔を上げる。
「サンフォルン王国には十戒軍のうち、4つの組織。『主の聖なる日』、『隣人に偽証してはならない』『父母への敬い』『隣人の財産』の拠点がある。機能しているのは少ない。俺たちがいるのは『主の聖なる日』」
「お前の組織は、何をするための組織だ? 具体的に言え」
「主の聖なる日を実現するため、兵器を抹消する毒を開発して、安全に消去し、この世を神様の思う通りの理想郷にするための組織だ」
うわ言のように言っている。
「おい、魔族の王! 我が同胞、『隣人に偽証してはならない』もこのように殺されたのか?」
魔導士の男が鎖につながれたままこちらを睨んでくる。
「あいつらは、いい奴だったのに」
「・・・・・・」
そういえば、魔王城で死んだ奴らが隣人が~とか言ってたな。
あの屈辱を思い出すだけで腹が立つ。
「我ら、『主の聖なる日』がじきにここへ来る。兵器を抹消するため」
「黙れ、クズが。俺に話しかけるな」
手を広げた。奪牙鎖の魔力が強くなる。
「ぐああああっ・・・・・」
右の1人が息絶えていた。
「・・・魔族の王よ。たった1人の死で、誰も怯える必要のない理想郷になるのだ。たった1人なのだ。我々の敵は、魔族ではない。理想郷になれば、金や物に捕らわれて、苦しんだり争う必要もなくなって・・・」
「理想郷だと?」
「そうだ。あの兵器さえなくなればいい。そうすれば、魔族にとっても住みやすい世界になるだろう。世に平和が訪れるんだ」
「頭沸いてんのか?」
「?」
こいつら・・・どこまでも、クズだな・・・。
頭に血が上り、パチンっと弾けた。
「死ね。目障りだ」
「うっ・・・・・」
「お前らの、穢れた価値基準が絶対だと思うなよ。俺は気高き魔族の王だ」
どさっ
両手を広げて、奪牙鎖で絞め殺していた。
人間2人の死体が転がる。
あっけない奴らだ。
「魔王ヴィル様・・・?」
「すまない。うっかり殺してしまった」
「とんでもございません。当然でございます。あまりに愚かで、魔王ヴィル様がやらなければ、後ろから切り裂いてしまいそうでした」
魔王の剣を解く。
カマエルがさっと出してきたナプキンで、顔に付いた血を拭いた。
汚い血だ。
最初の拷問のせいか、いつもより多く血を浴びてしまった。
「魔王ヴィル様、ご気分でも?」
「あぁ、人間の血が、どうも汚らわしくてな」
感情的に、か。
エヴァンには見透かされていたな。
「状況はわかった。単純に言えば、『主の聖なる日』とかいう奴らが魔王城に来るってことだな」
「はい。上位魔族が、楽しみにしながら待機しておりますわ」
ジャヒーが長い爪を光らせながら笑っていた。
血の付いたナプキンをカマエルに渡すと、にやりと笑っていた。
「結界を解いて、奴らを通してやれ。歓迎する」
「かしこまりました」
ププウルが深々と頭を下げた。
「ククク、楽しみでございますね。どんな顔で来るのか」
上位魔族たちが並び、下位魔族たちが雄たけびを上げていた。
「掃除しておいてくれ」
「承知しました。磨いておきます」
久しぶりの祭り気分なのか、魔族全体の士気が高まっていた。
魔王城に乗り込むということがどうゆうことなのか、人間どもに思い知らせてやる。
回復の湯に浸かって、人間の血の匂いを洗い流していた。
アイリスがいなくなるだけで、本当に理想郷ができると思っているのか?
そもそもあいつらの言う、理想郷が何を指しているのかすら不明だ。
考えれば考えるほど、怒りがこみ上げる。
ザアァァァァ
腕に湯をかける。すっかり潔癖症になってしまったな。
魔王城に風呂があってよかった。
「魔王ヴィル様?」
「マキア!?」
湯気の中からマキアが歩いているのが見えた。
「ご一緒してもいいですか?」
「あ・・・あぁ・・・」
青い髪を縛って、片足ずつ湯の中に入ってくる。
目が合うと、にこっと笑いかけてきた。
「魔王ヴィル様がこちらのお風呂に来るのが見えたので、一緒に入りたいと思って、来てしまいました」
「一緒にって・・・」
湯の中を泳ぐようにして、近づいてくる。
波がさーっと立っていった。
「俺はそろそろ上がるよ。十分匂いは取れたしな・・・」
「魔王ヴィル様、ちょっといいですか?」
「!?」
少し伸びあがって、おでこを舐めてきた。
「マキア・・・?」
「人間の血が・・・私、少量の人間の血が好物なのです」
「・・あ・・・あぁ・・・吸血鬼族だったな」
「はい。美味しいです」
唇の感触が柔らかく、吸い付くようだった。
「魔王ヴィル様に付いた血だから、こんなに美味しいのかもしれません」
舌を出して、何度も人差し指を舐めていた。
「マキア・・・・・・」
「もう少しこうしたいのです」
「・・・・・・」
「私、魔王ヴィル様、ずっとお見掛けしなくて寂しくて・・・会いたいのが募って、もうどうしようもなくなってしまい・・・」
目を潤ませていた。
「おかしいですよね。私、やっぱり魔王ヴィル様がいないとダメみたいで、やらなきゃいけないことが上手くできなくなってしまうんです」
湯気に中から出た手は、しなやかで弱々しかった。
「魔王ヴィル様、このまま、好きでいてもいいですか?」
「ん?」
「私、自分の気持ちを抑えられなくて・・・」
両手で人差し指を包む。
「弱くて何もお役に立てませんが、魔王ヴィル様を好きなままでいたいです。美味しい料理を作って待ってます。お部屋も綺麗に掃除ます。なので・・・」
「あぁ、どこへ行っても必ず、魔王城に戻ってくる。心配するな」
「は、はい・・・・魔王ヴィル様・・・私、精一杯、頑張りますね。はっ・・・私は魔王ヴィル様に対して、なんて大胆なことを・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・恥ずかしいです。セラには言えません・・・お、お忘れください」
マキアが突然、我に返って、お湯の中でぶくぶくしていた。




