82 おかえりなさい
人間の気配がした。
やっとか・・・・。
「シエル」
シエルがツインテールを結び直す。
「は、はい、今準備しています」
「いけるか? 魔力の調整ができないなら、俺がやるが?」
「大丈夫です! お任せください。私が対処しますので・・・」
前に出て、深呼吸をしていた。
バアン
「魔族だ! 今すぐここから!!!!」
武装した10人くらいの人間が入ってきた瞬間、シエルが両手をかざす。
― 無の牢獄―
「魔王ヴィル様の前に、気安く姿を現さないで!!」
「な!?」
スンッ・・・・
シエルが冷たい目で、丸くて透明な牢獄を召喚する。
叫び声ひとつ上がらなかった。
人間たちが、魔法を使おうとしたり、道具を使おうとしたりしていたが何も聞こえない。
無の牢獄が揺らぐことは一切なかった。
圧倒的だ。今いる上位魔族の中でもトップに立つ力だ。
『・・・・・・・・・・』
中で何かを話しているのはわかったが、声は聞こえない。
武器を持った奴らが、焦っているのが見えるだけだった。
「よくやった、シエル」
「ありがとうございます。お役に立ててうれしいです」
シエルが片手で、無の牢獄を動かした。
こいつらがサンフォルン王国の十戒軍・・・。
間抜けな奴らだ。
絶望した顔で、閉じ込められていた。
「それにっ、私、本当はもうちょっと魔王ヴィル様とイチャイチャしてたかったんですよ。貴方たちにはわからないと思うけど。まだ、ぎゅってしたりしたかったの。わかってます?」
「・・・・・・」
「邪魔されたんです。拷問は当然です」
無の牢獄に向かって文句を言っていた。
「俺は先にダンジョンへ戻る。リョクもいるし、十戒軍に関わるこいつらも捕まえた。サリーは城下町へ行ったし、任せて問題ないだろう」
「かしこまりました。魔王ヴィル様、先に魔王城でお待ちしておりますね」
シエルがツインテールをぴょんとさせて、頭を下げた。
「あ、洞窟には着替え前の服がありましたね。魔王城に運びましょうか?」
「いやいい、俺が取りに行く」
手を上げて、飛び上がった。
ギルバートとグレイを呼ぼうと思ったが、必要なさそうだな。
俺も、シエルと呼応するように、力が漲っていた。
何らかの影響を受けるのかもな。
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「シエルもな」
「はい!」
柔らかな光を通す、ステンドグラスに視線を向けた。
交わりが無く、母親になった・・・か。
人間は不思議なものに向かって祈ろうとする。
本当は交わりだってあったかもしれないのに。
マントを後ろにやって、扉から出ていった。
「あ! 魔王ヴィル様、おかえりなさい」
ダンジョン最下層に行くと、アイリスがぱぁっと表情を明るくして駆け寄ってきた。
アイリスの顔を見て、ほっと息をつく。
手のひらサイズのダンジョンの精霊、ヨコハマが近づいてきた。
『待っていたぞ。アイリス、よかったな』
「はい。ヨコハマ様」
にこにこしながら跳ねていた。
『魔王よ、アイリスはずっと落ち込んでたんだぞ』
「えっ、ヨコハマ様、それは言わない約束です」
『ハッハッハ、ついうっかり』
最下層は他のダンジョンとは違い、まだ、ぼこぼこした岩のままだったが、壁だけは綺麗に装飾されていた。
「ダンジョンの宝は・・・」
「私がちゃんと、探してきたのよ。ほら、ちゃんとダンジョンにも魔力が宿ってるでしょ?」
「そうか」
気が抜けすぎてしまって、わからなかった。
自分が思っている以上に気を張っていたみたいだな。
「異世界の宝”スポーツ ザッシ”だったんだけどね。今の時代は、ネットで見るからってスポーツザッシ売ってる店少なくて・・・」
「あぁ」
アイリスの話に、適当に相槌を打っている。
駄目だ。頭がぼんやりするな。
『魔族の王、疲れているのか?』
ヨコハマが話を遮って、覗き込んでくる。
「まぁ・・・体力はあるんだけど。人間の空気は苦手だ」
「大丈夫?」
「そこまで気にするほどじゃない。すぐに良くなる」
精神的なものか、よくわからないが・・・。
人間の波長はどうも合わない。
『ほら、隣の部屋を貸してやろう。アイリス、あの部屋を・・・』
「ありがとうございます、ヨコハマ様。ねぇ、魔王ヴィル様、ヨコハマ様のダンジョンは部屋がたくさんあるの。小さな部屋から大きな部屋まで、それでね、今行くところは水流を取り入れたばかりでとっても綺麗」
「うん」
アイリスが得意げになって、説明する。
何個かあるうちの、1つの階段を上っていった。
部屋は狭かったが、綺麗なほうだった。
アイリスが壁際の石の窪みに座っていた。
岩から吹き出る水を浴びる。アイリスが壁を隔てた向こう側にいた。
「魔王ヴィル様、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
汗やほこり、人間の匂いを水で流していた。
シエルの匂いも・・・。
「えっと、どこまで話したかな・・・?」
「咄嗟に取った紙束が”スポーツ ザッシ”だったんだろう。運がいいな」
「そう、びっくりしちゃった。私って異世界に守られてるのかもしれない」
「俺はお前を守るのに、苦労してるんだけどな」
水流から上がって、体を拭く。
「私も魔王ヴィル様を守るよ。だから、安心して」
「勘弁してくれ。お前が本気でやろうとしたら、オーバーライド(上書き)が始まるだろうが」
「確かに・・・。でも、死ななきゃいけないからできないから・・・・じゃあ、生きていながら使える禁忌魔法もあるかな・・・」
「無理に思い出さなくていいって」
服を着てアイリスの横に座る。
「なんか、やっぱりお前と一緒が一番安心するよ」
「急にどうしたの?」
「どうしてだろうな。わからないんだけどさ」
アイリスは人間とはどこか違った。
ありのままに捉えて吸収する、だから、魔族やダンジョンの精霊ともうまくやれるんだろうな。
「・・・・そうだな。アイリスは十分やってくれてるよ。十分すぎるくらいだ」
「・・・・・・・・・」
アイリスがこっちを見て目を丸くした。
「なんだよ・・・そんなに珍しいか?」
「ううん、なんだろう、この感情・・・えっと、魔王ヴィル様が戻ってきてくれて嬉しいなって思った。また、一緒にダンジョン行こうね。次のダンジョンはもっと複雑な迷路がいいな。私、解読が得意だから」
「そ・・・」
背もたれに寄りかかって目を閉じる。
「魔王ヴィル様?」
「悪い・・・・ここで、寝ていいか? 起きたら城に戻るから」
「うん。おやすみなさい、魔王ヴィル様」
ふっと意識を失っていた。
夢見心地に、アイリスとダンジョンの精霊の話す声が聞こえたような気がした。




