79 貧富の差
「城下町まで来たら、偵察に行きたいよな」
「はい!」
― 闇背景同化―
自分とシエルに結界魔法の一種、姿を隠す魔法をかけた。
「おぉ・・・・」
「これで、俺とシエルの姿は見えない」
エヴァンは別だけど・・・な。
「ここから出ると見えてしまうのですね」
「あぁ、話し声は普通に聞こえるから気を付けろ。あと、闇背景同化は日が沈むと解けるから」
「承知しました。タイムリミットまでに、情報を探ればいいのですね。お任せください」
シエルが、大きく頷いて建物から出る。
城下町は賑わっていた。
貧民街と違い、着ている物、身なり、全てが煌びやかだ。
ミゲルがどこかにいるのかもしれないが、見つからないな。上手く隠れているのだろう。
王国全体の経済はかなり潤っているらしい。貿易港があるからだ。
同じ国とは思えないほど、二極化していた。
料理屋のテラス席でご飯を食べている富豪も、国の紋章の入ったマントを着ている兵士も、貧民街なんて見たこともないんだろうな。
少し歩いただけでも、王国のセレモニーの話ばかり聞こえてくる。
人だかりが、どんどん城のほうへと流れていた。
「今日はメルキ国王の息子、ゼデク様もお見えになるらしいわ」
「ダンディーで素敵な方よね」
「そこらの貧困ギルドの奴らとは大違い」
「ギルドなんて、野蛮な印象しかないわ」
笑い声が聞こえる。
魔力も持たないのに、無駄に宝石を身に着けたおばさん3人が話していた。
身なりを整えていようが、香水臭い。気持ち悪くなる。
「は・・・・」
「ぶつからないようにな」
「す、すみません、ちょっと目が回ってしまい。人間の声は苦手なのです」
シエルがふらふらしながら、凭れ掛かってきた。
「大丈夫か?」
「はい・・・少し目を閉じたらよくなりますので」
無理しているのがわかった。
やっぱり、さっきの場所にいた待っていたほうがよかったか?
「?」
ふと、鐘のある塔が視界に入る。
王国のセレモニーはあの場所からも見えると言っていたな。
あいつは危険だと話していたが・・・。
「あっ、魔王ヴィル様」
「しっかり掴まってろ」
シエルはを抱えて飛び上がる。羽のように軽かった。
塔の屋根に降り立つ。
空気が澄んでいる気がした。
「俺もあの人混みは苦手だ。ここからは見えそうか?」
「はい。少し遠いですが、今、かなり力が有り余っているのでご安心ください。あの辺一体くらいなら一瞬で消せるくらいの力はあります」
シエルが手すりに身を乗り出しながら、自信ありげに話していた。
日が暮れ始めたころ、サンフォルン王国城の中から旗を掲げた兵士たちがでてきた。
楽器隊が音楽を鳴らして、人間どもの拍手が沸き起こる。
王国設立何周年か記念のセレモニーが始まった。
城下町入口より、城側に住んでいる人間しか参加できず、外側に住んでいる者には存在すら知らせていないらしい。
さっき城下町でうっすら聞いた話だと、この国では貧民街にいる者は富のある自分たちと違い、汚れていると思い込んでいるようだ。
滑稽だ。俺からすれば、同じ人間なのにな。
「あっ・・・あちらに見える方でしょうか?」
目を凝らす。
赤いマントを羽織った国王の後ろに、30代後半くらいの男性がきりっと立っていた。
紋章から見るに国王の側近・・・断定はできないが・・・な。
「おそらくそうだとは思うんだが・・・こんな遠くだが、できるか?」
「もちろん大丈夫です。では、やってみますね」
― 脳の閲覧―
エヴァンらしき少年が赤いカーペットの上で談笑していた。
視線の動きから、すぐに、俺たちがいることには気づいたっぽいな。
他の人間は気づく様子すらない。
戦力は、エヴァンのみが、ずば抜けていて、準ずる者はいない印象だ。
当然と言えば、当然だがな。
「あの男、アリエル王国のピュイア王女と結婚しようとしていたようですね。手記のようなものが見えます。上手くいかなくなったことにより、ある組織との契約が崩れた、と。十戒軍のことでしょうか」
「・・・・・」
シエルの目のふちが青くなっていた。
「その男は、王国の紋章のない・・・数名の人間との会話に参加しています。なぜか、身分は同じような態度を・・・あ・・・」
シエルの顔色が変わった。
「大変です。魔王ヴィル様!!」
「どうした?」
「サリー様が、人間の男の子と掴まっているのです!!」
「!?」
ピキンッ ゴロゴロゴロゴロ・・・
突然、雲が無い場所から光が走った。
― 漆黒の盾―
手をかざして、一瞬で、稲妻の光を散らす。
「魔王ヴィル様、今のは・・・・」
「このセレモニーを中止させたい奴だろう」
どこかの魔導士が意図的に起こしたものだ。
俺たちに気づいて・・・とは思えないが、いったん引いたほうが得策だな。
ワアァァァァ
偉い人の演説に拍手が起こる。
群衆の中に、今の魔法に気づいた者はいないようだった。
つくづく、呑気な奴らだな。
「魔王ヴィル様、記憶はまだ途中ですが、大体見ました。側近の者も、あともう一人、ゼデクの後ろにいる男だけ読めなかったのですが」
「十分だ。魔法を解け」
「はい」
エヴァンがこちらを見て、指文字のようなもので合図を出していた。
あれは、俺へのメッセージだな。
『その塔 の中へ 入れ』か。
人差し指と親指を下に向ける。
すぐに何もなかったように、王国騎士団長としてのふるまいを見せていた。
エヴァンはこの国でも人気があるらしく、手をあげると、黄色い声援が聞こえていた。
ガキのくせに。
つくづく、世渡りのいい奴だ。
「シエル、とりあえず、この塔の中に入るぞ。闇背景同化は解けるから用心しろ」
「わかりました」
ツインテールをふわっとさせてついてきた。
鐘の下の扉を開けて、階段を降りていく。
指先に明かりを灯して、ゆっくりと進んでいった。
中の構造は、ダンジョンにも似ているな。
ゴーン ゴーン ゴーン
「きゃあっ」
シエルが小さく悲鳴を上げて、耳を塞いでその場に座り込んだ。
「どうした? 鐘の音が鳴ったんだけだって」
「ご、ごめんなさい。わ・・・私、暗いところが苦手なのです。怖いのです」
「魔族なのに?」
「弱い要因だと言われればそれまでなのですが・・・どうしても、どうしても、怖いのです」
「・・・・・」
シエルが住んでた洞穴も、やけに明るいと思ったら、そうゆうことか。
寝るときまで、ランプが点いていたしな。
「すみません。上位魔族なのに・・・反射的に・・・」
「お前は、もう弱くないんだから、怖がる必要はない。暗闇が心配なら、俺の腕を掴んでついてこい」
「はい・・・」
コンッ
壁を小突いてみる。
軽く見たところ、仕掛けも無いようだな。
地下まで続く塔か。
エヴァンがここへ行けと合図を出したのは、何かあるからなのだろう。
「は・・・早く進んで、サリー様を見つけなければいけないのです」
「あぁ、そうだな」
サリーなら掴まってすぐやられる奴ではないだろう。
偵察も兼ねてわざと捕まっているのかもしれない、がな。
手摺りのない、らせん状の階段を慎重に降りていく。




