73 魔力が移ろう
「魔王ヴィル様、本当にありがとうございます」
ユーリアが前に出て深々と頭を下げてくる。
「ユーリアは、魔王ヴィル様がいなくなって、ちょっと寂しいんだよね?」
「ザキアこそ、隠れて魔王ヴィル様の様子ばかり見ていたくせに」
「今そうゆうの言わないでってば」
2人がぐすんと鼻をすすっていて、他の女魔族たちが慰めていた。
「料理も最高に美味しかった。また、様子を見に来るよ。リカ、後のことは頼んだ」
「はい。いってらっしゃいませ。魔王ヴィル様」
双竜が翼を広げた。地面を蹴って大きく羽ばたく。
飛び上がってすぐに結界で何も見えなくなったが、アイリスが泉に向かって手を振っていた。
「っ・・・・と」
「落ちるなよ」
「はーい、魔王ヴィル様。大分バランスが取れるようになってきたから大丈夫」
アイリスがマントに掴まってくる。
「ギルバート、グレイ、このままダンジョンまで真っすぐ行けるか?」
クォーン オォーン
気持ちよさそうに鳴いていた。
「ギルバートもグレイも元気そう。よかった」
雲を切って、どんどん進んでいく。
「アイリスはサンフォルン王国って行ったことあるのか?」
「うん。何度か行ったことがあるけどあまり詳しくは記憶にないかな。海が綺麗だったことくらいしか・・・」
「そうか。お前をダンジョンの精霊に預けた後、俺はサンフォルン王国に行ってくる」
「魔王ヴィル様・・・一緒に攻略しないの?」
「今回の目的はダンジョン制圧だけじゃないからな」
雲を突き抜ける。
サンフォルン王国に俺の顔はほとんど知られていないだろう。
魔導士や剣士たちが俺の魔力に気づけば魔王だとばれてしまう可能性もあるが、普通の人間どもに気づかれる可能性は低い。
ミゲルに潜入を頼んでいたが・・・。
俺は俺で、ギリギリまで攻めてみようと思っていた。
「そっか・・・・」
「・・・・・・」
頭を掻く。
アイリスが落ち込んでいるのが伝わってくる。
「・・・まぁ、ダンジョンの精霊に会うまでは一緒にいてやるよ。異世界クエストに行くか行かないかはお前次第だ。俺が戻ったら、嫌でも行ってもらうけどな」
「うん。わかった・・・そうするね」
サンフォルン王国に近づくほど、アイリスにとっては危険だ。
今、アイリスにとって一番安全な場所はダンジョンの中だろう。
ププウルから聞いたダンジョンの近くまで来ると、広大な敷地にサンフォルン王国城下町が見えてきた。
貿易で栄えた国、サンフォルン王国。
遠くのほうの海には、何艘か船が停泊している。
日が暮れてしまったな。空がオレンジ色に染まっていた。
「ギルバート、グレイ、あの川の流れの下流、滝の下がダンジョンの入口だ。降下してくれ」
クォーン
アイリスがかくんとなっていた。
「よく寝れるな・・・起きろ、降下するぞ」
「はっ・・考え事したら、処理速度が・・・」
「寝ぼけてるのか? まぁ、ダンジョンでもゆっくりしていてくれ」
双竜が翼を畳んで、大きく育った木々を避けながら、降りていく。
軽く尻尾を振ってから地面に着地した。
細い滝の流れている横に、ダンジョンの入口はすぐに見つかった。
「あれがダンジョン? わかりやすいね」
「今までのダンジョンに比べてな」
岩肌に白く装飾された扉があった。
サンフォルン王国の紋章が刻まれている。アリエル王国はこんなことしないんだけどな。
「最近攻略されたダンジョンらしい。攻略したのはサンフォルン王国のギルドだ」
「そうなの」
周囲に何もないことを確認して、双竜から降りる。
「ギルバート、グレイ、お疲れ様。いつもありがとね」
アイリスが撫でると嬉しそうにすり寄っていた。
「ありがとな。ゆっくり休め。戻れ、ギルバート、グレイ」
クォーン・・・
体勢を低くして、頭を下げたまま、消えていった。
ふぅっと息を付く。これが、南のほうの空気か。
少し暑いし、植物も変わっている。色鮮やかなものが多い気がした。
「魔王ヴィル様、ダンジョンの扉、開いたよ」
「えっ・・・?」
アイリスが勝手に扉に手を置いていた。
「少し慎重になれって。ここはアリエル王国とは違うんだから」
「そっか。ダンジョン慣れしちゃって、100パーセント大丈夫って思いこんじゃった」
横のサンフォルン王国の紋章は、無視か。
「早く行きましょ」
アイリスが目をキラキラさせながら扉の前で待っていた。
ここのダンジョンの精霊も俺たちのことを知っているようだし、スムーズにいきそうだな。
「珍しいな。上りの階段か」
ダンジョンの中に入ると、扉が自動的に閉じた。
地面にランプのような明かりが灯る。
「わっ、びっくりした」
アイリスがぺたぺた近づいてきた。
「階段もごつごつしてるね。最近、攻略されたダンジョンだから?」
「だろうな。カマタたちみたいに、暇でダンジョンを磨く時間が少なかったんだろう」
「なるほど」
大きな部屋を通過すると、いくつか階段が分かれていた。
ランプの明かりのある道が、最深部への道みたいだな。
わかりやすくなっていた。
「上りってきついね」
「あぁ、飛べば楽なんだがな。ここも封じられているようだし」
「ダンジョンの精霊様によるって聞いたよ」
壁には何か絵のようなものが彫られてるな。
ダンジョンの精霊の趣味か。
「ねぇ、魔王ヴィル様・・・・」
「ん?」
アイリスが歩く速度を緩めた。
ゆっくりと立ち止まる。
「もし・・・もし、私が何者かわからない・・・ナニカでもさらってくれた?」
「何だ? 急に」
「ちょっと、気になっただけ。私、魔王ヴィル様に心配かけてばかりだから」
「今さら・・・何者だろうと、強引についてきただろ?」
壁に寄りかかった。
「お前から手を差し伸べれば、必ず手を取るよ。今までも、これからもな」
「そ・・・そっか・・・私には手がある」
「ん?」
アイリスが自分の手を握って開いていた。
異質な魔力が糸のように見えた。
何か思い出しかけているのか?
「アイリス、俺からも質問していいか?」
「なぁに?」
アイリスが首をかしげてこちらを見る。
「お前、俺に嘘をついてないか?」
「え?」
腕を組む。
「お前を裏切者だと思ってはいない。でも、何か隠しているのはわかる。記憶が蘇りつつあるんじゃないのか?」
「・・・・・魔王ヴィル様は、何でもお見通しだね」
アイリスがふっと視線を逸らす。
「ごめんね、何も答えられない。拷問しても・・・今は、言えない」
「そうか。じゃあ、いい」
「・・・・・・・・・」
今みたいなアイリスの表情を、初めて見たかもしれない。
いや、俺はアイリスを何も知らないんだよな。
今までは、アイリスがただなんとなくついてきていただけだ。
どうして俺は、それがこんなに・・・。
何といえばいいんだろうな。この感情は、自分でもよくわからない。
「この階段もうっすら装飾されてるよ。何かの文字・・・物語みたいになってたりして。魔王ヴィル様、行きましょ」
アイリスが何もなかったように、話を逸らしていた。




