72 上位魔族リカ
「はぁ、やっと外に出れたね」
アイリスが星空の下で伸びをしていた。
カマタが異世界についてずっと聞いてくるから、いつまで経っても話が全く終わらなかった。
なぜダンジョンの精霊があんなに異世界に興味を持つだろう
「こっちに来ても夜だったのか」
「なんか昼夜逆転しちゃったね。全然眠くないし、みんなのところへ行っても寝てるかな?」
「まぁ、魔族なんだから起きてるだろうけどな。見る感じ、夜明けが近いんだろう。空が微かに明るい」
ダンジョンは魔族のものになったしな。
女魔族の泉を目指して、泉に沿って歩いていく。
「リースとリルって同い年くらいだし、リルと仲良くなれそうね」
「そうだな。リルは長らく一人だったから、住むのが女魔族でちょうどよ・・・」
「きゃっ」
「!?」
「リース?」
「・・・駄目ですぅ。そんなことしたら」
「いいだろうが。久しぶりなんだから」
岩の向こうで、リースの声が響いてきた。
弱いリースに対して、強い魔族の気配がする。
しかも、ププウルと同等かそれ以上の・・・。
「魔王ヴィル様、あの声は何? 情報に無い・・・」
アイリスが硬直していた。
「あいつら、人目もはばからずよく・・・」
「ん? そこで物音がしたか?」
「!」
アイリスの口を塞いで、岩に隠れる。
「私は聞こえませんでしたし、今日は誰もいないはずですよ。リカ様、こんな生殺しのまま止めてしまうなら、私がしてしまいますよ」
「あっ・・・もう、しょうがないな・・・・」
「久しぶりなのですから、私にもさせてください。リカ様に任せたら、私がどうかなっちゃいそうです・・・」
二人の甘い声が響いていた。
上位魔族のリカで間違いないな。
弱い魔族のいる地域が管轄のため、なかなか魔王城には来れないと聞いていたが。
「んーんー」
「あぁ、悪い」
アイリスの口から手を放す。
「わ、私、あっちから行きたい。こっちから行くと障害を起こしそう。障害は怖い」
アイリスが小声で言いながら、反対側を指していた。
「そうだな・・・邪魔すると、後々面倒だ」
頭を掻く。
リカは上位魔族の中でも、かなり癖が強いな。
どう見ても女同士だが、欲に忠実な魔族なら普通なのか。
「・・・おかしい・・・変な感覚・・・変な感覚はなくさないと。でも、リースが変だった。リースが違う。いつもと違う」
「あまり考えるなって。星の数でも数えてろ」
「そっか。星がきれい! うん、そうするね」
アイリスが上を見ながら、ぱっと明るくなった。
一筋の流れ星が流れていく。
「ありがとうございます。魔王ヴィル様」
女魔族の泉の結界に入ると、ユーリアたちが真っ先に頭を下げてきた。
リースが中央のテーブルに料理を運んでいる。
「私たちが本当にダンジョンに住むことができるなんて、夢のようです」
「綺麗なところだ。仕掛けも多いし、ダンジョンの精霊も気さくだ。安全だろう」
「ありがとうございます!」
ダンジョンのことを話すと、嬉しそうにしていた。
魔族の華やぐ声は、久々に聴いた気がするな。
「そうだ。中にはリルという魔族の女の子もいるから、ちょうどリースと同い年くらいで・・・あっ・・・」
「ん? アイリス、どうした?」
アイリスがリカを見て後ずさりした。
「魔王ヴィル様、初めまして。私、上位魔族のリカと申します」
「あぁ」
リカが茶色の短い髪をなびかせて、前に出てきた。
背は高く、タイトな服を着ていて、中性的な女魔族だ。
胸が大きくなければ、男にも見えなくはない。
攻撃力も防御力も、上位魔族として申し分ないな。
獣・・・オオカミの血も少し入っているのか。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません、魔王ヴィル様」
「・・・いや、いい。お前のことは他の上位魔族から聞いている。比較的弱い魔族の多い地域を見ているから、なかなか城に来れないということも、な」
「さようですか」
しっとりとした声で話す。
リカの人気はすさまじく、リカが手を振るたびにきゃーっと悲鳴を上げてる少女もいた。
ここじゃ、さすがに話しにくいな。
「少し2人で話したい。いいか?」
「もちろんでございます。ユーリア、魔王ヴィル様用の食事を温めておいてもらえるか?」
「かしこまりました。お任せください」
ユーリアが頭を下げてから、鍋のある火元のほうへ走っていった。
「あっ、魔王ヴィル様・・・・」
「アイリスは、こっち。ねぇねぇ、リルってどんな子?」
リースがアイリスの腕を掴んで引っ張っていった。
結界を出ると、外からは女魔族たちの様子が見えなくなった。
森の中の一部のようだ。
「大した結界だな」
「ありがとうございます。魔王城のほうはいかがでしょうか?」
「あぁ、いろいろあったが、着実にダンジョンは取り返している。人間も、魔族の本来の能力に気づき、恐れ始めている頃だ」
「こちらでも、魔王復活におびえる人間たちを見かけるようになりました。さすが魔王ヴィル様です」
「いや・・・最近、気を抜きすぎていてな・・・」
近くの岩に腰を下ろした。
泉に向かって石を投げる。
「どうされたのですか?」
「魔王城に人間の侵入を許してしまった」
「なんと!?」
リカが興奮して顔を上げる。
「魔王城に人間が? ・・・グルルルルルル」
突然、瞳孔を縦長にして、獣のような唸り声をあげていた。
「落ち着け、リカ」
「し、失礼しました。人間どもが、神聖な魔王城に入ったと聞いて少々興奮していてしまい・・・」
手が一瞬獣の手のようになって、収まっていった。
リカの能力か。
「奴らはサンフォルン王国から来たようだ。30~40人程度だ。上位魔族がいないときに、一気に空から降ってきた。元々、幻獣を召喚できる人間は限られているから、まさか空から来ると思わず・・・油断していた」
「・・・そんな・・・・・」
「完全に俺のミスだ。次はない」
石をもう一つ投げた。
魔王の間での屈辱的な出来事が、昨日のことのように、鮮明に思い出された。
怒りで、視界が歪むな。
「ユーリアが言っていた幻獣について、リカも何か見たことはあったか?」
「いえ、一度も見たことが無いので驚きました。しかし、今まではサンフォルン王国自体に、戦力はなかったのですが、最近、魔族を討伐するような動きが出てきているようです」
「魔族を?」
「はい、経験値を増やすためだと。ダンジョンが狙われているわけではないみたいですね。私の管轄の魔族には注意喚起をして、特に力を持たない魔族は単独で出歩かないよう伝えています」
「そうか・・・・」
エヴァンの策略なのか? 十戒軍の策略なのか?
互いに組んでいるのかわからないな。
とにかく、サンフォルン王国付近を見てくるしかない。
「俺たちはこれからサンフォルン王国に一番近いダンジョンに行くつもりだ。アイリスがダンジョン攻略している間、俺がサンフォルン王国を偵察してくる」
「私も一緒に行きましょう」
リカが背筋を伸ばした。
「いや、お前は引き続き見回りで忙しいだろう。魔族に穴があると人間がつけ上がるから、上位魔族の手は使いたくはない」
「・・・かしこまりました。何もできないのがもどかしいですが、仰る通りですね。私もこの泉を出たら、他のところも見回りに行かなければいけません」
「あぁ、ここのダンジョンもリカに任せなきゃいけないしな。よろしく頼む」
「承知いたしました。お任せください。二度と、人間に渡すなどという失態は犯しませんので」
ザガンを入れたものの、領域を増やそうとするほど、上位魔族が足りないな。
戻ったら、カマエルたちに相談してみるか。
「ところで、あの人間の女は・・・」
「ん、聞いてなかったか。アリエル王国の王女アイリスだ。奴隷としてさらってきて、今はダンジョン攻略に利用して・・・」
リカが両手を振った。
「いえいえ、そのあたりはもちろん存じております。ただ、見たところ処女ですね?」
「は?」
岩から落ちそうになった。
何言ってるんだ?
リカが真剣な表情で、顎に手を当てている。
「あんなので、魔王ヴィル様を満足させられるのか気になってしまい。それに、上位魔族含め、魔王城の女魔族ほとんど処女ですし」
「それは・・・別に問題ない」
「はっ・・・なるほど、失礼しました。上手く分けているのですね。ちなみに私は、お気に入りの女を後ろから襲うのが好きでございまして、タイプによりますけどね」
「・・・・・」
「この泉の女たちは、みんな積極的でして、欲に忠実なところが可愛いですね」
リカが足を組んで、饒舌に話していた。
戦力としては頼もしいが、確かにあまり城にはいてほしくないタイプだな。




