71 カマタクエスト
「ヴィルー、駅員さんもいない」
アイリスが階段を上ったところで話していた。
「だよな。異世界の電車は、夜、走らないんだろう?」
「うん。いろんなところが閉まっちゃってるもんね」
真夜中に着いたのか。
少し、歩いて散策してみるか。
「おう、そこのお嬢ちゃん」
「ひゃっ・・・なんですか?」
「顔もめちゃくちゃ可愛いし、コスプレ? かな? ちょっとだけ、おじさんと話してみないかい?」
アイリスが階段近くで、酔っぱらって座り込んだ50代くらいのおっさんに絡まれていた。
「何か用?」
アイリスとおっさんの間に入る。
酒臭いな。
「はははは、そうかい。彼氏といたのかい。こんな真夜中に可愛い彼女を歩かせちゃ駄目だよ」
豪快に笑いながら、酒を飲んでいた。
人々が彼を避けて通っているのがわかる。
笹村源一郎
職業:日雇い派遣(実家暮らし)
体力:100
気力:330
精神力:1200
弱点:両親の言葉
魔王の目を閉じる。
とりあえず、全体ステータスの低いことだけはわかった。
アリエル王国にもこうゆう奴はいた。
どこの国から来たのかもわからない人間だ。
「そんなにお酒を飲んで大丈夫なの?」
アイリスが後ろから声をかける。
「あぁ、強靭な肝臓を持ってるからな。はははは」
「この辺で川のある場所を知らないか? 探してるんだけど」
「ん・・・? こんな時間にコスプレカップルが川を探してんのか? よし、いいぞいいぞ。協力してやろう。すぐそこだ・・・AIにでも聞けばいいものをわざわざ俺に聞くとは・・・」
「AI・・・ん?」
アイリスが首を傾げた。
よっこいしょと言いながら、おっさんが立ち上がった。
大きめの袋と酒を持って、ふらふらしている。
「案内してやるぞぉ、俺についてこい」
「え・・・・ありがとう」
「なんだかいい人みたいだね」
アイリスがこそっと耳打ちしてきた。
いい人といっていいのかわからないが、警戒はしないとな。
「しかし、お前さんたち、ゲームのキャラみたいなコスプレしてるな」
「コスプレ・・・そっか、ゲームやアニメのキャラの恰好をすることをコスプレっていうもんね。私たち、キャラじゃないよ」
「アイリス、よく知ってるな」
「情報収集には自信があるよ」
「はははは、面白いな」
おっさんがおぼつかない足取りで、上機嫌になりながら前を歩いていた。
「いいねいいね、異世界出身って設定かい。おじさんも、異世界に行ってみたいよ。異世界ってあれだ。魔法バーンとか使うやつだろう? 魔物とかドドーンと出てきたり、おっぱいの大きな可愛い子がわんさかいる・・・」
「・・・大体、そんな感じだな」
「胸の大きさ・・・・」
アイリスがぼそっと呟いたのが聞こえた。
「俺も昔はよくゲームをやったよ。今は体力がなぁ」
周囲を見渡すと、車の通りが激しい場所に来ていた。
幻獣のように素早いが、飛べないのか。
「おっとっとと」
「ちょっ、気を付けろよ。おっさん」
よろけながら、道路に出そうになったおっさんの服を掴む。
「おおっ」
ビッビー
車に、音を鳴らされた。
あのまま飛び出してたら、おっさん、車にひかれてたな。
「危ないだろ、死ぬぞ」
「飲みすぎで、内臓の一部に負担があるように見える。お酒は控えめにしないと」
アイリスが強い口調で言う。
「・・・・お前ら、若いのに、こんな汚いおじさんを助けてくれるのか」
「汚いって・・・」
おっさんが腕で目を押さえていた。
「向こうの世界でいうと、おっさんに汚いところはないからな」
「そうそう、血の匂いがしないしね」
「最近の若者たちは汚物を見るような目で見てくるのに、お前さんたちは本当にこっちの人間じゃないみたいだな・・・」
ずずっと鼻をすすった。
「いいなぁ、お前たちの話を聞いていると、本当に異世界があるみたいだ。俺も行ってみたいな、そんな世界に・・・この世界はクソだ。何もかも腐ってやがるんだ。きっと、お前さんたちみたいな美男美女がいていい世界じゃない」
歩きながら不満を呟いていた。
「人は簡単に信用するな。俺はそれで大損失を犯して、何もかも失ったんだ。人って言うのはな、みんないい人のようにして近づいてくるんだ。内心では、ものさしで価値の長さを測りながら」
「そうだな・・・」
「おぉ、俺の言うことがわかるか」
「・・・・異世界にもそうゆうのは・・・ある」
アイリスが何か言いたげに口をつぐんだ。
「そうか」
おっさんが街灯の明かりに指を掲げる。
「俺の価値はもう1ミリだ。2ミリくらいはあるかなって思って・・・あぁ、もうどうでもいい。Vtuberのミツキちゃんさえ、目当ては金だったんだから」
「Vtuber?」
「そうそう。声優上がりの、ミツキちゃん、って、知らないか。中の人が、有名なボカロPと付き合ってるって炎上してさ。いっそ、VtuberなんてみんなAIになればいいのにな。機械なら裏切らないだろ?」
「んー・・・・」
アイリスが同意を求められていたが、軽く流していた。
異世界の単語はよくわからないな。
ふっと、周りに視線を向ける。
いつの間にか、街の明かりは少なくなっていた。
「わかるか? わかってくれるのか? 俺の話を」
「はい・・・大変ですね。大変なのはわかりますよ」
アイリスが勢いに押されて、相槌を打っていた。
「着いたぞ、ここが、蒲田駅から一番近い川だ。この橋はあやめ橋だ、落ちないように気を付けろよ」
橋の近くまで来るとおじさんが立ち止まった。
暗い中に川が流れている。
「ありがとうございます。こんなに丁寧に案内していただいて」
「ハハハ、礼はいらないさ。お前さんたちの異世界の話を聞けて良かったよ」
「もう、道路には飛び出すなよ。おっさん」
「はははは、そうだな。話せて嬉しかったな」
笑いながら、酒をぐいっと飲み干していた。
「川に用事とは、アレか? 全く今の若者は・・・。深夜とはいえ、気を付けろよ。SNSで投稿とかあるからな。ま、俺は紳士だからこのまま立ち去ってやるよ」
「?」
おっさんの言ってることはいまいちよくわからないが・・・。
この世界を調べようと思ったらきりがない。
とりあえず、川は見つかった。
奥の土をすくえばクエストは無事終了だな。
「じゃあな、ゲームのコスプレイヤー」
「ゲームって・・・・」
「はははは、今日はいい日だな」
聞き返す前に、おっさんがよろけながら、元来た道を歩いていった。
車のライトが一瞬だけ、おっさんを照らして通り過ぎていく。
ザアァァァァ
柵を飛び越えて、川の手前まで下りていく。
流れは緩やかだけど、さすがに濡れるのは気持ち悪いな。
しかも、ここの川は少し変な匂いがする。腐った鉄のような独特の匂いだ。
「アイリス、早く来い」
アイリスが周囲を見ながらもたもたしていた。
「ん?」
「ねぇ、異世界をもっと満喫したいなって思わない? 今日は初めて聞いた言葉がたくさんあったし、朝までここにいて調べてみないかなって」
「思わない。帰るぞ」
「待って。あのおじさんいい人だったし。ゲームとか、Vtuberとか、何のことなんだろうとか・・・なんだか気になっちゃって。どうしてだろう・・・AIって何かな?」
「・・・・・・・」
アイリスが通り過ぎていく車を見ながら言う。
「私、もっと、この世界のこと知りたい」
「俺たちの世界とこの世界は違う。あまり深入りしない方がいい。言っただろ?」
「・・・・・うん」
アイリスには、俺と違う世界が見えてるような気がした。
「魔王ヴィル様、ここが嫌い?」
「嫌うほど知らないけど、異世界には長居したくない・・・なんとなくな」
俺たちの世界と、異世界が近くなるのは危険だ。
禁忌魔法を持つアイリスが、近づくこともな。
少しの亀裂からどんどんずれていき、何か起きそうな気がしてならなかった。
「はーい」
「置いてくぞ。川底の土をすくったら転移するだろ」
「あ、待って。わわっ、川に入るの嫌だなー濡れちゃうよ」
アイリスが後ろからついてくる。
バシャン
カマタから預かった皿を川の中に突っ込んだ。
皿が土で満たされると・・・。
シュン
すぐに、川に撃たれる感覚が急に無くなった。
3回瞬きして目を開けると、カマタのダンジョンに戻っていた。
『おぉ・・・さすが、噂通り、もう異世界の宝を貰って来たのか』
「まぁな。ほら・・・あ、水もすくってるけど、乾けば」
カマタが目をキラキラさせて近づいてくる。
『あっ・・・いいのだ。その、その川の水もどうかこぼさないように。すぐに祭壇へ。ここの祭壇はちゃんと水を蒸発させないように、魔法がかかっているのだ』
並々注いだ水と”土”をこぼさないようにしながら祭壇に向かった。




