68 トロッコ移動
「魔王ヴィル様」
階段を下りていく途中でリルに会った。
ダンジョンの道の途中に生えている花や草に水をかけていた。
「最下層に行くのですか?」
「あぁ、アイリスは後から来る。先に案内してもらってもいいか?」
「はい」
アイリスはぬるぬるに苦戦していた。
全て落とさないと、気が済まないらしい。
ダンジョンの精霊とアイリス抜きで話したいこともある。
ゆっくり来るように伝えてあった。
「ご案内しますね。こちらのほうが近道なので」
金色の短い髪がふわっとする。
ひょいと飛びながら、脇道への扉を開いていた。
「結構狭いな」
「私は全然大丈夫なのですが、戻りましょうか?」
「いや、問題ない。案内してくれ」
横向きになりながら歩いていく。
マントの水がぽたりぽたりと落ちていた。
しばらく歩くと、暗闇にレーンのようなものが光っていた。
「はい、この乗り物に乗ってください」
「っ・・・・」
思わず一歩下がる。
なんか、すごく見覚えがある。
「私、飛ぶのもすぐ疲れてしまうので、開発したトロッコという乗り物です。私サイズなので、ちょっと狭いのですが、これで最下層まですぐです。何より、乗ってて楽しいですし」
「・・・わかった」
「ちょっと寝るようにして入るといいですよ。目をつぶっている間についてしまいますから」
リルが小さな両手を握り締めて、楽しそうに説明していた。
本当に狭いな。マントを置いて、足を縮めて中に入る。
「よいしょ、よいしょっと」
「えっ、リルも入るの?」
「はい、こうやって。こうやって、狭いのですが、工夫すれば大丈夫なのです」
工夫というより詰め込まれた感じだな。
「では、出発します。少し揺れますね」
リルがトロッコの下の蓋を開けて、レバーを引いた。
ゴトンゴトンゴトン
ゆっくりと走り出す。
「おっと・・・・」
「ご安心ください。すぐ着きますので」
「・・・・・・」
大きな声で話す。
このトロッコ、リル用だからか、今にも壊れそうだ。
物怖じしないところが、どことなく、ププウルに似ているな。
何度か体が浮いて、ミシミシしながら、到着した。
ネジが一本飛んでいくのが見えた。
「ふぅっ・・・到着しました。壊れそうでしたね。すみません。頑丈だと思っていたのですが・・・」
リルが申し訳なさそうに、髪で顔を隠す。
「いや、いいよ」
「ここを真っすぐ行ったところになります。ダンジョンの精霊がいるので・・私は修理が終わってから行きますね」
「わかった。ありがとう」
「失礼します・・・・ふぅ・・・・」
リルが息をついて、低く飛びながら汗を拭っていた。
泉にいる女魔族と会えば、いろいろ勉強するだろう。
あいつら、欲望に忠実に生きてるからな。
トロッコを下りて、明るいほうへ歩いていく。
『やっと来たか。待っていたぞ。魔王と・・・』
広々とした部屋に出ると、床から白くて丸い物体が伸びてきた。
しゅぽんと抜けて、ダンジョンの精霊が浮き上がる。
『ん? 人間の女の子は? 一緒じゃないのか?』
「アイリスは途中でヌルヌルの液体落としてるよ。服が乾いてから来る」
『そうかそうか。あの滑り台を通ってきたのか。どうしても、このダンジョンには根が張っているから、あのぬめりは仕方ないのだ。植物にとっては栄養なのだぞ』
「へぇ・・・」
ぽよんとしながら、小さな目と口が笑顔になっていた。
『我の名前はカマタ。お前たちのことはシナガワからよく聞いているぞ。まさか、我のところに来るとは思っていなかったけどなぁ。嬉しいぞ、嬉しいぞ』
「そのダンジョンの精霊の連絡網、すごいな」
『皆、暇なのだよ。我はシンジュクたちから離れてるから、少し情報が遅いけどな』
きちんと手入れされた庭のようになっていた。
ダンジョンの精霊は木や花が好きなのか?
装飾品に取り入れるダンジョンが多い気がした。
『何しろこのダンジョンは、一切人間が来ない上に何年も放置されているからな。暇で暇でしょうがなかったのだ。花の匂いもいいだろう、綺麗な水も引いてるし、自慢のダンジョンだ』
ぐぐっと手足を出して、ふんぞり返っていた。
相変わらず、饒舌だな。
ずっと放置されていたんだから、当たり前か。
「このダンジョンが魔族のものになったら、上にいる女魔族を入れようと思っているんだ。力は弱いんだけどいいか?」
『もちろんだ。ダンジョン自体の仕掛けもたくさんある。安心して、住んでよいぞ』
嬉しそうに弾んでいた。
「ありがとう、助かるよ。異世界へは、アイリスが来てから行くつもりだ」
『いつまでも待つぞ。ずっと待ってきたのだからな。待つのは得意だ。ハハハハハ』
岩にマントをかけて、草むらに腰を下ろす。
天井が高くて暖かい、落ち着く場所だな。
「・・・・アイリスが来るまで、少し聞きたいことがあるんだ」
『なんだ? なんでも聞いてくれ』
左右に揺れながら近づいてくる。
「サンフォルン王国の十戒軍という組織について何か知っているか?」
『・・・・・・・』
カマタが動きをぴたりと止めた。
何か知っているようだな。
「・・・知っていることを教えてほしい」
『そうだな・・・』
カマタが静かに瞬きをした。




