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【完結】どのギルドにも見放されて最後に転職希望出したら魔王になったので、異世界転移してきた人工知能IRISと徹底的に無双していく  作者: ゆき
第一章

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57 境目

「で、今回の宝は何なんだ?」

『そうだそうだ、まだ話してなかったな』

 トウキョウが手足を引っ込めて、丸い体をバウンドさせながら話す。


『持ってきてほしい宝は”マンガ”だ』

「”マンガ”ですか? それなら、シナガワ様と同じでは・・・?」


『初めは違うものを考えていたんだけどな。シナガワの”マンガ”を見て、滾る魔力が羨ましくなったのだ』

 ほくほくした表情をしていた。

 小さな口元が何度も緩んでいる。


「あの絵と字が描いてある本だな」

「私たちも異世界の本が読めたらいいのにね。七海も面白いって言ってたし」


「まぁな。でも、アイリスは字を読めるだろ?」

「あ、そうだ。でも、なんでだろう?」

「七海から聞いたんじゃないのか?」


『そうかそうか、やはり詳しいのだな。頼んだぞ』

「了解です。一度見たことあるので、大丈夫です」

 アイリスが自信満々に言うと、トウキョウが体をぼよんと丸めて飛び跳ねた。

 マントを畳んで端に置く。


『では、頼んだぞ』


「ふあっ・・・・」




 地面がすぽっと抜けて、地に足を付けると異世界に立っていた。

 相変わらず、人が多いな。


「アイリス、中に」

「うん」


 ザアアアァァァァァ


 外は雨が降っていて、慌てて中に入る。

 透明な傘を持っている人とぶつかりそうになった。


「いきなり雨か。ついてないな」

「魔法使えないから、雨にあたるしかないね」

 高い建物が立ち並び、雨なのに人通りは変わらない。

 黒い服を着た男性や女性が手に小さな箱のものを持ちながら歩いている。


 確かあれは・・・七海がスマートフォンと言っていたものだろうか。

 個人と連絡が取れる、魔法のようなツールだった。


「公衆電話を探さなきゃ。七海、”マンガ”持ってるといいんだけど」

「そうだな。まずは、駅員だろ。ほら、あそこにいる」


「魔・・ヴィル、あの人が駅員ってよくわかったね?」

「七海が説明してくれただろう。一度聞けばわかる話だった」


「そっか。魔王ヴィル様の記憶力は9割正解、と」

「・・・本当に、変わった教育を受けてきたな」

 アイリスがポケットから布の袋を確認していた。

 端のほうに避ける。


「ちゃんと10円玉あるか?」

「うん。あるよ」

 駅員のところへ行こうとしたとき、後ろから声をかけられる。



「魔王・・・アイリスっ」

「七海・・・・?」

 リュックを背負った七海が駆け寄ってきた。


「・・・嘘・・・・」

 嬉しそうに近づいて、アイリスの手を握っていた。


 こちらをちらっと見て、頬を赤らめる。


「まさか、ここで会うと思わなかった。遠くから変わった服装の人がいるから近づいて言ったら」

「私たちってそんなに目立つのかな?」

「異世界だから仕方ないだろう。髪の色も違うみたいだし」

「そっか。ピンクの髪の子、いない。へへ、私だけ特別」

 アイリスが自分の髪を触りながらほほ笑む。


「あはは。でも、会えてよかった。ちょうどね、会いたいと思ってて・・・」

 七海が瞬きをすると、目じりから涙が伝っていった。


「どうした?」

「何かあったの?」


「っ・・・・嫌なことが・・・ひっ・・く・・って・・」

「え・・・・」

「た、助けてほしくて・・・」

 アイリスが聞き返すと、涙をこぼしていた。

 道行く人がこちらを見ていたけど気にしていないようだ。


 あまり注目されるのもよくないな。


 さりげなく隠して、別の場所に移動する。


 


 少し歩くとベンチがあった。

 座っていたおじさんが七海が泣いているのに気づくと、傘を持って避けてくれた。


 アイリスと七海を座らせる。


「えっと、七海・・・何かあったの?」

「もう、全部、苦しくて・・・・無理なの。でも、親が無理して通わせてくれた大学だから、行かなきゃいけないけど、小説家になるって夢もあって・・・でも・・・何もかもうまくいかなくて、バイト先にももう行けない・・・・」

「・・・・・・・?」


「ど、どうしても、私にはここで生きる場所が無くて、2人に会いたくなった・・・」

 堰を切ったように話し出す。

 要所の単語はわからなかったけど、孤独だってことだけは伝わってきた。


「・・・大学に行ったら・・・ネットに全て晒されてたの。私のゲームアカウント、みんなに見られてて、アバターも・・・私、アバターと顔が全然違うから・・・馬鹿にされて。ひどい、悪口をいっぱい書かれて」

「あ、アバター?」


「そ・・・そう・・・・。こうしてる間にも、面白がってSNSで拡散されてる」

 パニック状態になりながら、髪を掻きむしっていた。


「もう無理なの。無理なの。お兄ちゃんも・・・」

「む・・・無理して話さなくていいから・・・」


「っ・・・・ふぅ・・・ふぅ・・・」

 詳しく聞こうとすると、過呼吸のようになっていた。

 ゆっくりとした時間が流れる。


「・・・・落ち着いて、鼻から息を吸って吐いて・・・自発呼吸ができれば人間の体は混乱することない。大丈夫」

「・・・い、居場所が無いの・・・こんなことあったら、もう生きていけないの・・・何もかも怖い、会う人みんな怖い・・・ここにいるのも怖い」

 アイリスが隣で背中を撫でていた。


「うぅっ・・・・ひっく・・・・もう辛い・・こんな世界。お兄ちゃんの気持ちがわかる。私、どうしてお兄ちゃんに何もできなかったんだろう・・・」

「・・・・・・・」

 頭を搔く。

 攻撃性のない女子に泣かれるのはどうも苦手だ。


 この場はアイリスに任せて、その辺でも歩いてくるか。


「俺、ちょっと・・・・」

「アイリスとヴィルがここに来たってことは、今日も何か欲しいものがあって来たの?」

 七海が、急に立ち上がった。


「う、うん・・・”マンガ”が欲しいって」

「何でもいいの?」

「あぁ、別に指定は受けてない」


「・・・・わかった。ここで待ってて、すぐ買ってくるから」

「あっ・・・・・」

 七海が目を腫らしたまま走っていった。


 アイリスと顔を見合わせる。


「・・・どうする・・・?」

「どうするって言ったって・・・ここは別の世界の人間なんだ。俺たちにはどうしようもないだろ」


「そうだけど・・・でも、助けたいよ。だって、あんなに苦しそうだから」

「できないな」

「そうだ、いったんリセットすれば・・・」


「アイリス」

「冗談だって。命が大切って、わかってる。私も停止したくないから」


「お前の言う停止って、死ぬって意味か? わかりにくいな」

「そう。死ぬってこと、私は停止の方がわかりやすいのに」

 王国で変わった教育を受けてきたみたいだな。


「とにかく、俺たちが、あまりこの世界に介入すべきじゃない」

 命に直接係わる様子ではなかったし。


 アイリスは七海を気にしているようだったが・・・。

 こうやって俺らが異世界と親密に関わること自体、いいことではない。


 嫌な予感がした。


「・・・・・・・」

 エヴァンは死んで、転移した。


 今、七海に話せば、死を選択するかもしれない。


 考えすぎか?


「魔王ヴィル様・・・?」

「いいな。向こうの話はあまりするな」

「・・・・・・・・・」

 少し離れたところで腕を組んで待っていた。

 七海が息を切らしてアイリスの前に戻ってくる。


「”マンガ”・・・買ってきたよ」

「ありがとう」

 渡そうとする袋をぎゅっと握りしめた。


「ねぇ、私も、ヴィルたちのように異世界に行く方法ないの? 私、前世は異世界にいたんじゃないかって思ってるの。すぐに馴染めると思うわ。異世界転生とか異世界転移の話っていっぱいあるし、もしかしたらできるんじゃないかなって・・・」

 七海の目が微かに希望に満ちていた。


「何か方法があるなら行きたい。ここから逃げ出したいの。アイリス、魔王ヴィル、何か方法はないかな? ダンジョンからここに来れるなら、こっちから向こうに行く方法だって・・・・」

「七海・・・・」

 漫画を握りしめて、アイリスに詰め寄った。


「えっ・・・と・・・・100パーセント無いとは言えなくて・・・」

「教えて、どんなことでもする。ここから逃げ出すためなら」


「待て・・・」

 アイリスと七海の間に入って、七海の手首を掴んだ。

 不思議と星々のように、微弱な魔力を感じる。


 ザアァァァァァァァァ


「!!」

 雨の音が強くなっていく。


「こっちの世界の人間が行く方法は無い」

「嘘・・・そんなはずは・・・だって、今、アイリス、何か話そうとしてたよね?」


「ごめんなさい・・・・・・」

 アイリスが気まずそうに視線を逸らす。


「ありがとう。七海、お前には感謝している。面倒かけてばかりで悪かったな」

「魔王ヴィル様。待っ」


「この世界で生きろ。俺たちのことは忘れてくれ」

「あっ・・・・」

 漫画の入った袋を受け取った。


 体がふわっと浮き上がる。 





 数秒すると、ダンジョンの中に切り替わっていた。

 雨の音が耳にこびりついている。


 すがるような七海の声も、な。


『おぉ、早かったな』

「あぁ・・・って、アイリスは?」


「わわわわっ・・・魔王ヴィル様」


 ドーン


 アイリスが上から降ってきた。

 押しつぶされるようにして、その場に倒れる。


「・・・・・・重い」

「だって、魔王ヴィル様が先に宝物を受け取っちゃうから。それにそこまで重くない。標準体重を維持してる」

 アイリスがスカートの裾を引っ張りながら立ち上がった。

 トウキョウに宝を見せる。


『ありがとう、これが”マンガ”か。なんと、”コウコク”まで入ってる。すごいお宝、ものすごいパワーだ』

 体をぼよんぼよん膨らませていた。

 早く早くと、祭壇へ急かしてくる。


「・・・魔王ヴィル様、さっき、どうして七海に本当のこと言わなかったの? こっちの世界に来た人間はいるでしょ・・・エヴァンがそうだって」

「あいつは運が良かっただけだ」


「・・・・・・・」

「もし、そんなこと言ったら、七海があの世界で死を選択する可能性があるだろう。あれは、俺たちのいる世界が理想のように勘違いしている目だった」


「そうかも・・・しれないけど・・・」

 祭壇のほうへ歩きながら話す。


「七海にこっちの世界の話をしすぎた。もう、七海には会わないほうがいい。次のダンジョンからは七海に頼るのは止めてくれ」

「でも・・・・」


「あいつをこれ以上巻き込めないだろ? 異世界のことはわかったし、また別の方法を考えればいい」

「うん・・わかった」


 なんとなく、あのまま話してしまえば、七海は異世界転移を望んでしまうような気がした。


 どんな深刻な事情があったかはわからないが、拷問をかけたときに人間から伝わるものと、類似するものがあった。

今すぐ殺して楽にしてくれと、訴えているような感覚だ。


『そこ、そこだ!』

「わかってるって」

 壁の窪みにあった、広めの祭壇に七海からもらった袋から”マンガ”を出して載せる。

 パアッとダンジョンに生命力のようなものが走った。


 振り返ると、トウキョウの体がつやつやしていた。 


『おおおお、これはすごい』

 目を細めて興奮していた。


「ん? アイリス、どうした?」

 アイリスがこちらを覗き込んできた。


「ううん。魔王ヴィル様が誰かの死について、そんなに気遣うなんて想定外だったかな、って」

「俺だって、別に命を軽視してるわけじゃない」


「そうよね。魔王ヴィル様、優しいもの・・・。私は、不完全だから、まだ、わからない・・・。えっ、待って、と、トウキョウ様」

「おわっ・・・」

 床がぶるんと動いて、転びそうになった。


『すごいぞ。すごいだろう。この力、こんなの初めてだ』

 トウキョウがハイテンションのまま飛び上がって、天井に付きそうになっていた。

 ダンジョンのガラスが振動している。


「と、トウキョウ様、落ち着いてください」

『ハハハ、こんなことで、壊れるダンジョンではないわ』


「それは、もちろん信じてるんですけど。わわ、揺れる揺れる」

 トウキョウが勢いよく壁と床をバウンドしていた。

 アイリスがトウキョウの傍で、左右に揺れながらバランスをとっている。


「・・・・・・・・・・」


 命を軽視か・・・。


 魔王になる前、クエストをしていた時は、確かに命を奪うことに躊躇があった。

 まだ、子供だったのもあったが・・・。


 俺には境界線のようなものがあった。

 ある線を越えたときから・・・だったんだ。


 大切な者が、息を引き取った時から・・・。

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