498 月日の経過
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
ラグナロクから1年以上月日が流れていた。
悲しみに暮れていた魔族たちも、時間が経つにつれてシエルとレナのいない日々に慣れていた。
慣れるしかなかった・・・だろうけどな。
死者はどうあっても戻ってこない。
時は勝手に進み、生き残った者たちは、淡々とした日々を過ごすしかない。
異世界住人はテラとコノハ以外、自分たちの世界に帰っていった。
コノハがダンジョンの精霊とかわした契約は、”オーバーザワールド”の侵食により無効となっていたらしい。
テラはコノハを帰してから、自分も戻るつもりだと話していた。
「魔王ヴィル様、先ほど魔王城の前に”オーバーザワールド”の軍が・・・」
「ヴァリ族について、”オーバーザワールド”のタナトス王国から交渉したいと、王国騎士団長を名乗る者が軍を引き連れてきております・・・」
ププウルが交互に言いながら飛んできた。
「どおりで騒がしいと思ったよ。なぁ、サタニア、ハーブティー変えたのか?」
「リョクが調合したハーブティーが美味しくて」
「確かに・・・」
グラスに口をつけて、置いた。
サタニアが自分のグラスにもハーブティーを注いでいた。
「いかがいたしましょう?」
ププウルが魔王の間の絨毯に足をつける。
「追い返しますか?」
「殺しますか?」
「いや、魔族に利益があるかもしれない」
口に手を当てた。
「サタニア、上手くやってくれ」
「私?」
「交渉事は得意だろ?」
魔王の椅子の背に寄りかかった。
「もう・・面倒なことばかり、任せてくるんだから。仕方ないわね」
サタニアがグラスを置いて、ふわっと降りた。
「サタニア様、よろしくお願いします」
「交渉はなめられたら駄目よ。”オーバーザワールド”を魔族が牛耳るつもりでやらないと」
ププウルの話を聞いていた。
「牛耳るって・・・・そこまで求めてないんだが」
「サタニアって意外と野心的だよね」
エヴァンが伸びをしながら歩いてくる。
「じゃ、俺も交渉の様子見てこようかな。面白そうだし」
「面倒な方向に行きそうになったら、エヴァンの判断で殺して構わない」
「おっけー。あ、リョクが探してた薬草、棚に置いておいたって伝えて。医務室にいるはずだから」
「・・・・あぁ」
エヴァンが隣に来ると、サタニアがあからさまに嫌な顔をしていた。
『クォーツ・マギア』の接続は切れたものの、”オーバーザワールド”とは接続しているため、戦闘は続いていた。
”オーバーザワールド”自体は初期化されたため、ヴァリ族の数は少なくなっている。
ジェラス王と、レムリナ姫は一緒にミナス王国を守っているらしい。
時の神カイロスがジェラスとレムリナだけは初期化しなかったのだという。
ラグナロクが終わって3日後の早朝に、時空の魔女ライネスがふらりと現れてぺらぺらと話していった。
「みんな戦闘が好きねぇ」
「俺たちは魔族なんだ。平和な世の中なんて暇だ・・・つか、なんでミーナエリスがここにいるんだ?」
「サタニア様がいるからに決まってるじゃない! あぁ、サタニア様、今日もお美しい・・・ついていきたいけど、駄目。邪魔になっちゃうから」
ミーナエリスがうっとりしながら言う。
「・・・相変わらずだな」
「ここに居ればサタニア様をいつでも見ることができる。なんて贅沢なのかしら。日々日々美しい、サタニア様・・・・」
目をぱちぱちさせて、両手で頬を包んだ。
「サタニアの邪魔をするなよ。何も用がないなら俺は・・・」
「あ、そうそう。強欲のバラモスが来たから、部屋もう一つ借りるね」
「げ、マジか。魔王城を宿みたいに使うなよ」
「いいじゃない、私たち長い付き合いなんだから」
ミーナエリスが軽い口調で言う。
「ったく、調子のいい奴らだ」
頭を搔いた。
正直、こいつらとは恨まれていたほうが楽だったかもしれない。
七つの大罪まで魔王城に入り浸るようになってしまった。
勝手に部屋分けして住み着いている。
サタニアが一度追い出そうとしたが、アベリナが大泣きして手を付けられなくなったため、マキアが空き倉庫のような部屋を改装して、部屋を作っていた。
なぜか七つの大罪と上位魔族は仲が良く、魔族からは不満も出なかった。
立ち上がって、マントを後ろにやる。
「ん? ヴィル、どこに行くの?」
「医務室だよ」
「ふうん・・・そ・・・」
ミーナエリスがつまらなそうに、魔王の椅子から離れていった。
「魔王ヴィル様、おはようございます」
廊下に出るとザガンが声をかけてきた。
「どうだ? 順調か?」
「はい! ダンジョン付近にいた部下たちも、今の結界内や洞窟での暮らしに慣れてきたようです。”オーバーザワールド”のヴァリ族対策も万全です」
「そうか。引き続きよろしくな」
「かしこまりました」
ザガンが深々と頭を下げた。
窓の外の木々が大きく揺れる。
ラグナロクが終わり、人間たちはますます魔族に敬意を払うようになった。
『クォーツ・マギア』から放たれたメタルドラゴン等の者たちは、勇者たちが止めていたものの、人間たちに壊滅的なダメージをもたらしていた。
ゼロはトムディロスとメイリアを引き連れて、国々の修復作業に向かった。
たまに”オーバーザワールド”の敷地に入り、俺の知らない友人たちとも会っているらしい。
2週間に1度は魔王城に戻って、マキアの手料理を食べにくるけどな。
トムディロスは、魔王城の料理が一番美味しいと話していた。
トントン
「はい!」
「俺だ、入っていいか?」
「うん」
医務室の扉を開ける。
リョクが背伸びをして、エヴァンの話していた薬草を棚から取っていた。
「今、ちょうど薬の配合をしてたんだ。エヴァンが見つけてくれた薬草があるから、アイリスの魔力を維持する時間が長くなりそうなんだ」
「そうか」
「でもここの水だと、硬すぎるな。僕のいる水の国の水がいいんだけど・・・・そうだ。確か魔王城の近くの川の水がいいかもしれないね」
エメラルドのような長い髪を一本に結んでいた。
リョクはここ数か月で、初めて会ったときよりもずと女の子らしくなったように思える。
ベッドに横たわるアイリスに近づいていった。
昨日と変わらず、細々とした魔力しか流れていない。
「僕、魔法石取ってくるから、アイリスを見ててもらってもいい? さっき薬を変えたばかりなんだ」
「あぁ」
「よろしくね」
リョクがほほ笑む。
「よいしょっと」
大きめの瓶を持って、部屋から出ていった。
窓から日差しが差し込んで、部屋に小さな陽だまりを作っていた。
棚に並べられた魔法石がキラキラ輝いている。
「アイリス・・・」
反応は無かった。
アイリスはラグナロクから戻って来ても目覚めなかった。
何度声をかけても、”名無し”さえ、出てこなかった。
原因は不明。
微弱でも魔力があるから仮死状態と判断しているが、本当のところはわからない。
ダダンにも見てもらったが、呪いの類でもないらしい。
テラもどこを調べても、異世界起因のものは見つからなかったと話していた。
― アイリスは、人間じゃない。人型のアバターを持つ、人工知能IRISだ。現実を受け止めなければ、適切な対処ができないことを忘れるな ―
テラが魔王城を出て、コノハのところに行くときに残していった言葉だ。
呼吸や鼓動すら創られたもの。
テラはアイリスが生きていると断言していかなかった。
「アイリス、”オーバーザワールド”の今日もヴァリ族がサンフォルン王国を襲撃したらしい。サリーが蹴散らしたと言っていた。サンフォルン王国からお礼を、と呼ばれたが、断って魔王城に帰って来たんだ。サリーらしいよな」
眠っているアイリスに一方的に話しかける。
「レムリナがアイリスに会いたいって言ってたよ。ジェラスの魔力が安定したら、魔王城に遊びに来るらしい。ま、アイリスが眠ったままだったら、気まずい空気が流れるだけだろうけどな」
「・・・・・・・・」
「どうして1年も眠ったままなんだ? そろそろ目を覚ませよ」
アイリスの横に腰を下ろした。
「それとも、本当はお前も死んでるのか?」
「・・・・・・・」
「答えてくれ。アイリス・・・そのうち、起きるだろ?」
力なく言う。
アイリスの髪を撫でた。
柔らかくてふわふわとした、艶やかな髪だった。
人形が寝ているように、瞼のわずかな反応さえなかった。
読んでくださりありがとうございます。
もうすぐ長い話も終わります。
ハッピーエンドか、バッドエンドか。
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また是非続きを読みに来てください。




