497 ラグナロク ~命を・・・⑧~
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
リュウジ・・・ユイナのアバターを異世界住人から避けるようにアップデートした。”オーバーザワールド”のプレイヤーとして、ゲームに入って来た。
エリアス・・・リーム大陸のダンジョンの精霊であり、ゼロのアバターを創った。人工知能に恨みを持っている。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
「ヴィル、どうしたの・・・?」
エヴァンが声をかけてきた。
ゼロがはっとしてこちらを向く。
シエルの剣を宙に浮かせた。
― ルXXXリエXXXXXXX ―
武器の強制解除を唱えてシエルの身体を戻した。
「シエル!!」
ぐったりとしたシエルを抱える。
「・・・魔王ヴィル様・・・・」
「っ・・・・・・・・・!?」
シエルの首には薄く縄のような痣ができていた。
ゆっくりと草の上に足を降ろす。
「何があったの?」
サタニアが駆け寄ってくる。
― 肉体回復―
「ヴィル?」
「それは・・・・?」
「もっと治癒力が必要だ! オベロン、手伝え!」
「え、でも・・・」
「早く!!」
癒しの力では敵わないことがわかっていた。
― 癒しの香―
オベロンが駆け寄って来て、魔法陣を展開した。
傷があればすぐに治癒する、オベロンしか使えない強力な魔法だった。
「もっと魔力を上げろ!」
「わかってる」
オベロンが一段階、魔力を押し上げた。
シエルが首を振る。
「解いてください・・・治癒魔法は効かないんです」
「でも!」
「最期に話したいこと・・・聞こえなかったら困るから」
「・・・・・・・」
しゅうぅううううう
オベロンがすぐに魔法陣を閉じた。
「ごめんなさい・・・・『クォーツ・マギア』が消えても、かけられた魔法の代償は無くならないみたいです・・・」
「シエル、何か方法は無いのか? このままだと本当に・・・」
呼吸がどんどん浅くなっていく。
「・・・この魔法の代償は死者蘇生でも・・・止められません。マジカルボックスを勝手に破れば、呪いが付与されるようになっていたのです」
「俺がこんなこと、望むと思ったのか!?」
声を荒げる。
「魔王ヴィル様・・・・」
「お前を戦場に連れて行きたくなかった。シエルに戦場は似合わない」
どこかの妖精族の姫のように、生まれてくるのがよかったのだろう。
俺と会ったばかりに、また戦闘に巻き込んでしまった。
「っ・・・・・」
カマエルがメガネを上げて、背を向けていた。
肩を震わせている。
「ふふ・・・魔王ヴィル様は変なことを言います・・・」
「どうして、あのたった一瞬の・・・俺のために・・・」
「覚悟の上です」
シエルが、言葉と裏腹に明るく言う。
「・・・・?」
「・・・私は・・・魔王ヴィル様が大好きでした。だから・・・たった一瞬でも、危険な目にあっている魔王ヴィル様を助けたかったのです・・・・」
「何言ってるんだよ。シエル、生きろ・・・生きてくれ・・・」
目が見えていないのか、焦点が合っていなかった。
「魔王ヴィル・・・様・・・・」
「シエル! 死ぬな! シエル! 俺の命令が聞けないのか?」
「ごめん・・・なさい・・・」
「ヴィル」
サタニアが宥めるように、声をかけてくる。
「怒らないであげて。私たちはシエル・・・シエルのおかげで・・・こうして生きていられるんだから」
ぼろぼろと涙をこぼしながら言う。
「サタニア様・・・ありがとう・・・ございます」
「私だって怒ってるんだからね。勝手に何でも決めて・・・でも・・・・シエルの気持ちがわからないわけじゃないから・・・私も同じことを選択したことがあったから・・・」
サタニアが声を詰まらせる。
「シエルを責められないの。こんなに悲しいのに」
両手で顔を隠す。
「シエル・・・お前から見た俺は・・・そんなに弱かったか?」
「いえ、魔王ヴィル様は強い方です」
「じゃあ・・・・・」
「だから、好きになった。生まれ変わってもう一度好きになった・・・・きっと、また生まれ変わっても・・・好きになります。何度でも、どこにいても、必ず見つけて、大好きになります」
「シエル・・・・」
「言ったでしょう? 魔王ヴィル様が誰を愛していても、私の気持ちは変わらないのです」
俺の頬に手を伸ばしてきた。
冷たい手を握り締める。
「私、今、とっても幸せなのですよ・・・魔王ヴィル様」
「幸せって・・・こんな・・・・」
痣は濃くなり、手首のほうまで伸びていた。
目頭が熱くなる。
シエルの心音はどんどん弱くなっていった。
話すことすら辛いのがわかる。
「ふふ・・・私は世界一幸せです・・・愛する者のお役に立てて、愛する者の腕の中で死ぬことができるのですから・・・。世界一幸せな、女の子になれました」
「そんなこと言うなよ。お前はこれからも・・・」
「魔王ヴィル様、私のために・・・ありがとうございます・・・・魔王ヴィル様も、愛する者を守ってくださいね。できれば、私もアイリスと・・・仲良くなりたかったかな・・・・」
シエルが言いながらほほ笑んだ。
「・・・ヴィル様」
「なんだ・・・・・?」
「大好きです・・・」
「・・・・・」
シエルの瞼が閉じて、呼吸が停止する。
身体が動かなくなった。
「シエル! シエル! 起きろ!」
シエルを揺さぶった。
「肉体蘇生でも代償蘇生でもやってやる。だから魂は留めてくれ!」
「ヴィル・・・シエルはもう・・・・」
無理なことはわかっていた。
シエルの心音は完全に停止して、魂は肉体から抜けている。
「犠牲が多いな。ラグナロクは・・・・ひどいよ。異世界の連中はダメージを負わないのに」
「エヴァン・・・」
「不公平すぎるだろ」
エヴァンが小さく呟いて、腕で目を覆う。
「クソ・・・・なんでだよ・・・・どうして死ぬんだよ・・・・俺のために、俺のためにって、俺はシエルに何もしてあげられていないだろうが・・・」
シエルを抱きしめる。
シエルの手首についていた痣が、すっと消えていった。
雪のように白い肌に戻っていた。
「馬鹿ね・・・本当に・・・大馬鹿者よ!」
サリーが崩れ落ちるようにして泣いていた。
ザガンも俯いたまま、目頭を押さえている。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
静まり返り、風の吹きつける音と、サタニアたちのすすり泣く声だけが響いていた。
ゼロがシエルの頭を撫でた。
「ありがとう、シエル。安らかに眠ってくれ」
「レナもシエルも・・・何考えてるんだよ。俺が魔王だ。魔族の王だ。王が仲間を守れなくてどうするんだよ。死ぬなら、王から死ぬのが筋だろ・・・」
地面を殴りつける。
制御できなくなるほどの魔力が溢れてきていた。
「ヴィル、落ち着け」
ゼロが俺の背中を叩いた。
「落ち着けるかよ! 俺は、助けられてばかりで、何も・・・何もできていない!! こんな俺に命を懸ける価値なんかないのに!」
叫ぶように言う。
腕がドラゴン化しそうになっていた。
怒りと、悲しみで、黒い魔力が湧き上がってくる。
「ヴィル・・・」
エヴァンの声が遠く感じる。
時空退行をすればいいのか?
いや、その前に自分の身体ごとこの世界を全て壊してしまえば・・・。
「・・・ィル・・・ヴィル、ヴィル、聞こえるか?」
ゼロが強い口調で言う。
「シエルが幸せだったって言ってただろ? それが全てなんだよ」
「!!」
― 敬意を持ってやってくれよ。お願いだ。きっと誰よりもお前のために・・・―
時空退行をしたときに止めてきた、悪魔のロドスの言葉が脳裏に浮かぶ。
「また、いつか会える。こうして転生して、会えたんだから。きっとレナだって・・・」
言いながら、手をかざして俺の魔力を抑え込んでいた。
皮膚が元に戻っていく。
「また、会えるよ。だから、落ち着け。ヴィル」
「・・・・・」
視界がぼやけていった。
真っ白に包まれて、瞬きをすると水滴が落ちた。
― XXXX XXXXX XXXXXX ―
アベリナが杖を回して、金色の光りの玉をいくつも出した。
祭壇を囲みながら、空へふわふわと浮かんでいく。
「これは・・・・?」
「送り火。あたちの村には、死者が迷わないように、魂送りの祈りの光りを飛ばす習慣があった。これで、エルフ族の子も、魔族の子も迷わない」
アベリナがひとつ光を手に載せながら言う。
「だから、みんな、今は悲しんでも大丈夫だよ」
「アベリナ」
サタニアがアベリナを抱きしめていた。
アベリナも堰を切ったように泣いていた。
「・・・・・・」
金色の光りが遠くへ上がっていく様子を眺めていた。
シエルが魔族に囲まれて楽しそうに笑う姿、
覚悟を決めて戦闘に向かう目つき、
しっとりとした口調で俺をからかう口調、
真っすぐな想いと無邪気な声、
あとは・・・なんだっただろうな。
シエルとの出来事を走馬灯のように思い浮かべながら・・・・・。
読んでくださりありがとうございます。
シエルとレナとは、また、会うことができるはず。
ヴィルは運がいいので。ね。
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