478 カイロスの決断
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
ユイナ・・・異世界住人の一人。魔女との契約により、アバターで転移してきた。肉体は現実世界にある。リュウジによって、アバターを失い、異世界へと帰っていった。
リュウジ・・・ユイナのアバターを異世界住人から避けるようにアップデートした。”オーバーザワールド”のプレイヤーとして、ゲームに入って来た。
エリアス・・・リーム大陸のダンジョンの精霊であり、ゼロのアバターを創った。人工知能に恨みを持っている。
イオリ・・・セイレーン号の操縦に長けている異世界住人。
フィオ・・・イオリが勝っていたペット。転移する際に擬人化してついてきてしまった。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
ヴァリ族・・・”オーバーザワールド”の魔族。”オーバーザワールド”の魔王となった、別時間軸のヴィルが魔族と区別するために名付けた。
「ここにいたのか。せっかく読書ができると思ったのに」
「見張りだよ見張り」
「メタルドラゴンでも通過したか?」
「今のところ異常なし。いつもの魔王城だ」
エヴァンが笑う。
魔王城の屋根に乗ると、先にエヴァンが両手をついて座っていた。
満天の星々が輝いている。
「はぁ・・・」
「どうしたの? ヴィルがため息つくなんて」
「疲れたんだよ。色々とな」
マントを後ろにやって、腰を下ろした。
「この数日怒涛だもんね。サリエル王国の穴からは、メタルドラゴン以降、何も出てきてないし」
「カマエルの遠隔投影同期で監視するのも面倒になってきたよ」
頭を搔く。
「あのことは上位魔族に話したんでしょ?」
「一応な」
「どうだった?」
「全員、過去を思い出したらしい。でも、これが正解だったのかはわからない。あいつらは元々魂が脆く、俺の所有物となることで魂を留めていられたんだ。今は転生して、その必要もなくなったんだからな」
「上位魔族の意思で、ヴィルの武器になりたいっていうならいいじゃん」
「・・・そうだな・・・」
シエルも同じことを話していた。
他者のために尽くせることが幸せな魂もある、と。
「ユイナが最期に送った情報は解読できた?」
「いや、テラが見てるけど、まだ解読できないらしい」
片膝を立てて、腕を置く。
「リュウジがユイナのアバターをアップデートしたときに、仕掛けてたんじゃないかって話だ。ユイナのアバターから誰かに、情報漏洩しないように、ってな」
「ふうん」
エヴァンが遠くへ小石を投げる。
「なんか、それならユイナも報われないね。ここまでやってきて、やっと上位魔族にも信頼を置かれたところだったのに、別れの言葉すら渡せないなんて」
「リュウジのほうが上手だった。警戒してたんだが、甘かったな」
「せめて異世界でうまくやっててくれたらいいね。ユイナは元の肉体があるんだからさ」
エヴァンが気の抜けたような声で言う。
夜風が生ぬるかった。
「あ、暗号ならアイリス様が戻ったら、解けるかもよ?」
「そうだな・・・ずっと眠ったままだ。起きる見込みがないな」
「休息が必要なんだよ。レナも微かに魔力を感じるって言ってただろ」
「・・・・・・」
アイリスがいないと、魔王城が静かに感じられた。
声をかけても、全く反応がない。
アイリスは強いが、昔と変わらない。
いつか、あの時みたいに消えてしまうのではないかと、落ち着かなかった。
「そういや、リョクとは会えそうなのか? ゼロに聞いてたんだろ?」
「『クォーツ・マギア』にいることはわかった。エリアも教えてもらった。リョクは水の国を守る精霊らしい」
「へぇ、行かないのか?」
「もちろん行くよ。でも、リョクは俺のこと覚えてないだろうな。ま、推しには認知されないのが推し活の基本だから。プレイヤーだったら、塩対応されるんだろうか。リョクは人間嫌いだからな。行くんだったらプレイヤーじゃなく・・・でも、それで嫌われたりしたら立ち直れないし、推しとして近づくほうが・・・」
「ん? 何言ってるんだ?」
エヴァンが早口になるときは、大体浮かれているときだ。
「とにかく、リョクに会うためにも、ラグナロクを早く片付けなくちゃね」
エヴァンが咳払いをする。
立ちあがって伸びをしていた。
ふっと月明かりが途切れる。
ザザッ
「!?」
エヴァンが剣に手をかけた。
色白のふっくらした、黒縁の眼鏡をかけた少年が長い杖を持って現れる。
「やぁ。こっちの世界の空気のほうが、”オーバーザワールド”より軽いな」
「誰だ?」
「”オーバーザワールド”の時空の神カイロスだよ。ライネスはなかなか起きないから僕が単独で来たよ」
カイロスの足元には、時を刻む時計のような魔法陣が浮かび上がっている。
クロノスのものに似ていた。
「今、僕のこと太ってると思ったでしょ? 失礼だな。運動不足じゃないからね」
「いや、別に・・・」
「じゃあ、いいけど。運動はしてるほうだから」
カイロスがエヴァンのほうを見る。
「君が時帝エヴァン=エムリスだね?」
「そうだよ。何の用?」
「クロノスに会いたいんだけど、どうしたらいい?」
カイロスが砂時計のついた方位磁石を出した。
ぐるぐる回っている。
「時の中心を探しても、こんな感じで見つからないんだ」
「クロノスは忙しいからね。用事なら俺が聞いておくよ」
「んー、時帝って”オーバーザワールド”のライネスと同じ感じだよね。じゃあ、話しておこうかな」
杖を立てて、魔法陣から離れた。
「”オーバーザワールド”を初期化しようと思ってるんだ」
「は・・・?」
「こっちの世界に影響はないと思うけど、一応言っておこうと思って」
カイロスが遠くを見つめながら言う。
「対象は”オーバーザワールド”のプレイヤー以外のキャラね。君に似た『日蝕の王』だかが現れて死んで、魔族のことヴァリ族って呼んだり、この世界と接続してから、めちゃくちゃで収集つかないんだよね」
ため息をついた。
「初期化って・・・トムやガラディア王子たちの記憶を失くすってことか?」
「そう。初期設定のキャラに戻すんだ。大丈夫、”オーバーザワールド”内のキャラしか影響しないから」
「・・・・・」
エヴァンがカイロスを睨みつける。
「お前らの世界がどうかは知らないが、俺は反対だ」
声を低くした。
「あいつらをモノみたいに言うなよ。積み重ねた記憶を全て失くすってことだろ?」
「初期化だからね。一番初めの、”オーバーザワールド”の設定に戻るってことだ。ウイルスも蔓延してるし、プレイヤーも入ってこない、キャラを初期化しろって外部の声も大きい」
真剣な表情で言う。
「俺も反対だよ。トムだって、ガラディア王子だって俺たちの仲間だ」
エヴァンが強い口調で言う。
「神は地上の者たちの意思は無視か? あんまりだよ」
「僕もそう思うよ。ん・・・あそこだね」
カイロスが指を遠くへ向ける。
水平線に緑の光りが走った。
「あの境界線からこっちは”オーバーザワールド”じゃない。僕の管轄外だ。その辺は臨機応変に譲歩するよ。次の満月が一番高くなった時間、僕の管轄内にいた者に初期化を行う。”オーバーザワールド”の時間軸を初期に戻す」
カイロスが一呼吸置く。
「綺麗ごとは言ってられない。『クォーツ・マギア』の接続位置はかなり悪かったんだ。このままじゃ”オーバーザワールド”は押しつぶされる」
「・・・・・」
「これは”オーバーザワールド”の決定事項。君の上司にも伝えておいて」
念を押すように言った。
エヴァンが不服そうな顔をして頷いていた。
「じゃ・・・」
「カイロスはさ、異世界の人間と俺たち、どっちが勝つと思う?」
「残念だけど異世界の人間たちじゃないかな?」
カイロスが魔法陣の中に戻りながら言う。
杖を握った。
「何かが劣ってるって言ってるわけじゃない。奴らを甘く見ないほうがいいってことだよ。じゃ、僕は自分の敷地に戻るから」
シュンッ
カイロスが消えた。
魔法陣のあった場所が、急に暗くなる。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
沈黙が降り落ちる。
初期化というものが、人工知能を持つ者にとってどれだけ恐ろしいものかを思い出していた。
アイリスも、リョクも・・・・。
「っと、いたいた」
「!!」
ゼロが正面からふわっと現れて、屋根に足をつけた。
「びっくりさせるなって」
「なんか深刻な話でもしてたの? ヴィルとエヴァンってよく密会してるよね」
「なんか言い方が気持ち悪いな」
エヴァンがマントについた砂を払った。
「ふわぁ・・・子供はもう寝る時間だから、俺ももう寝ようかな」
「エヴァンって中身おっさんなんでしょ? まだ、寝なくていいじゃん」
「俺は転生してるんだ。おっさん扱いするなよ」
語気を強めた。
「何の用だ? 俺は読書に来たんだが・・・」
「エリアスが2つ目の扉を展開した。ここだよ。『クォーツ・マギア』と接続してる」
「!?」
ゼロが自分の前にモニターを出す。
地図を出して、アリエル王国の位置を指した。
「アリエル城?」
「それって確かなの?」
「あぁ、003からの情報だ。見つからないように、エリアスの位置情報を探ってたんだ。異世界住人が転移して来た場所は安定してるとみて、『クォーツ・マギア』と接続させた。ほら・・・」
ゼロがアリエル城を拡大した。
「庭の空間が歪んでる・・・?」
「サリエル王国の接続部分より大きいね・・・侵食って感じだ」
アリエル王国の庭一帯が切り取られて、土に変わっていた。
境界線のような位置が、白く光っている。
「アリエル城の侵食が早い。エリアスが近くにいる確率は60%だって。まぁ・・・・003を泳がせて、俺に情報を流すことを見込んでる可能性も十分にある。何より俺たちのアバターを創った者だからね」
「このまま何もしないよりはマシだな」
腕を組んだ。
「エヴァンは行くだろ?」
「もちろん。もしかしたら、リョクと会えるかもしれないしね」
「俺も行かなきゃいけないんだよな。アリエル王国の勇者の使命だ」
ゼロがモニターを消す。
「あ、お前、勇者だったな」
「一応ね。『クォーツ・マギア』に行ったときに解除されたのかと思ったんだけど、月の女神に聞いたところ、まだ続いてるらしい。スレイプニールも呼べるよ」
「勇者と魔王で戦いに出るって変な感じだよなぁ」
エヴァンがあくびをしながら言う。
「じゃ、俺はそろそろ寝るよ」
「明日の夜には出発する。早く帰ってこいよ」
「ん?」
エヴァンが苦笑いをしながら、こちらを振り返る。
「クロノスのところに行くんだろ?」
「なんでわかったの?」
「そりゃ、消えたり現れたり繰り返してたら、なんかおかしいと思うだろ」
本を出して屋根の中央に腰を下ろす。
「時帝だもんな。報告だろ? 好きにやってくれ」
「ま、俺はヴィル・・・アイリス様を絶対に裏切らない。アイリス様は、俺の恩人だからね。そこだけは安心して」
ザッ
エヴァンがひらひらと手を振りながら消えていった。
「ヴィルの仲間って隠し事が多いよね」
「アエルが一番だろ」
「アエルって・・・今はゼロだろ。あ、兄さんでもいいよ。兄様でもいいし、兄者でもかっこいいね」
「呼ぶかよ。気持ち悪いな」
ゼロの笑い声が響いていた。
やっぱり、どこかアエルに似てるよな。
木々が大きく揺れる。
異世界の本を読みながら、ゼロの他愛もない話に相槌を打っていた。
読んでくださりありがとうございます。
★やブクマで応援いただけると大変うれしいです。
引き続き、完結に向けて修正しつつ話を進めていきます!




