476 悪魔の幸せ
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
ユイナ・・・異世界住人の一人。魔女との契約により、アバターで転移してきた。肉体は現実世界にある。リュウジによって、アバターを失い、異世界へと帰っていった。
リュウジ・・・ユイナのアバターを異世界住人から避けるようにアップデートした。”オーバーザワールド”のプレイヤーとして、ゲームに入って来た。
エリアス・・・リーム大陸のダンジョンの精霊であり、ゼロのアバターを創った。人工知能に恨みを持っている。
イオリ・・・セイレーン号の操縦に長けている異世界住人。
フィオ・・・イオリが勝っていたペット。転移する際に擬人化してついてきてしまった。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
ヴァリ族・・・”オーバーザワールド”の魔族。”オーバーザワールド”の魔王となった、別時間軸のヴィルが魔族と区別するために名付けた。
サアァ
― 天界の大網 ―
シャッ
「!?」
突然レナが氷の剣で目の前の透明な縄のようなものを斬って、俺の前に立った。
ロドスが杖をこちらに向けている。
「ロドス、今、ヴィルに何しようとしていたのですか?」
「あーあ、エルフ族の巫女は心が読めるのか。油断してたな」
とぼけるように、頭を搔く。
「俺に何か用か?」
「今、君が消える未来が見えたんだ。アイリスが使っていた禁忌魔法の一つ、時空退行を使おうとしていただろ?」
「!!」
「悪魔は数分先の未来が見える」
「え!? ヴィル・・・」
「マジなの?」
エヴァンとサタニアが同時にこちらを見る。
「・・・だったらなんだ?」
ドンッ
ロドスの魔力が一時的に高まった。
杖を短剣に変えて、俺の首に突きつける。
「・・・・」
「ヴィル!!」
レナとエヴァンが左右からロドスに剣を向けた。
「ヴィルに手を出さないでください」
「ロドス、お前、俺を殺そうとしてるのか?」
「違う!」
ロドスが首を振る。
「魔王ヴィルの行動に怒ってるんだ! 時空退行だと? 絶対にさせないからな! 悪魔のアイリスの想いを踏みにじる気か!?」
目に涙を浮かべて叫んだ。
「悪魔のアイリスには感謝してるんだ。俺がここまで生きられたのも、あいつのおかげだ。だから、時空退行して、悪魔のアイリスが生存するルートを探したい」
「彼女は! 成し遂げたんだぞ!!」
腕に巻いた包帯に血が滲んでいた。
額に汗をにじませている。
「どうしてそう熱くなる? お前だって、悪魔のアイリスがいたほうがいいだろ?」
「彼女は・・・途方もない時間を割いて、2つの魂を書き留めてきた。どんなに長く辛いものだったのか、お前にわかるのか!」
「・・・・わからない。きっと辛かっただろうな。でも、今、俺ができるのはただ一つだ。あいつが俺にしてくれたように・・・・」
「悪魔としての最期にケチをつけるな!」
声がかすれていた。
「彼女は悪魔として立派な最期を遂げたんだ。生き残るルートを探すなんて、じゃあ、今まで悪魔のアイリスがやってきたことが失敗したみたいじゃないか」
「・・・・・・」
「敬意を持ってやってくれよ。お願いだ。きっと誰よりもお前のために、お前に認めてほしくて、最期の最期まで・・・」
トンッ
「それくらいにしてやれ」
月の女神がロドスの杖を弾いて、俺の前に立つ。
ロドスのほうを見た。
「・・・かしこまりました・・・」
ロドスが杖を消して後ろに下がった。
袖で目を拭っている。
エヴァンとレナが剣を消した。
月の女神が長い金糸のような髪を後ろにやって、こちらを見上げる。
小柄で、今にも消えてしまいそうだった。
「お前も馬鹿なことをするな。ロドスの言う通りだ。悪魔のアイリスの死は、悪魔にとっては職務を全うして亡くなる、名誉の死だった」
「名誉の死・・・・・」
「ロドスもアイリスも悪魔だ。悪魔には悪魔の使命がある」
息を呑んだ。
「アイリスにとって何が幸せか、考えてやってくれ。その能力、アイリスだから耐えられた禁忌の魔法だ。お前がやったら、よくて記憶障害、運が悪ければ死ぬ。アイリスがお前に望んだことを思い出せ」
「・・・・・・」
肩の力が抜ける。
月の女神が俺を横切ってサタニアのほうへ歩いていった。
「アスリア、いや、今はサタニアか」
「どっちでもいいわ」
サタニアが一瞬、視線を逸らす。
「悪魔のアイリスの死で、蘇ったのが私よ」
「アスリア様!」
「アスリア様を復活させたのは俺らです!」
ジオニアスが声を大きくした。
「僕が提案したんだ。罰するなら僕を・・・アスリア様は何もしていません!」
オベロンが近づいてくる。
「オベロン、こっちに来ないで」
「でも・・・」
「命令よ」
サタニアがびしゃりと言った。
「相変わらず人気者だな、アスリア」
「月の女神、貴女が怒るのも当然ね。でも、七つの大罪は悪くないの。私が転移させてしまったせいで、かえって7人には重荷を背負わせてしまった」
オベロンが立ち止まったまま俯いた。
「殺すなら殺しなさい」
「サタニア」
「ふっ、懐かしい顔ぶれだと思っただけだ。殺そうなんて思っていないわ」
月の女神が笑い飛ばす。
「そもそも我の魔力が少なくなり、悪魔を揃えられなかったのも原因だ。ざまぁないな、こんなときにラグナロクが起こってしまった」
月の女神が自虐的に言いながら、軽く飛んで窓枠に座る。
「星の女神アスリア、お前の力も借りなければならない」
「・・・・私はサタニアよ」
「アスリアのほうが呼びやすいんだが・・・まぁいい。お前が魔女の契約をしたと聞いたときは、杖を落とすほど驚いたけどな」
サタニアが少しむっとした。
「異世界に転生して、記憶を失ってたの。だからワルプルギスの夜に私を見て、笑いを堪えていたのね」
「バレてたか。アスリアが魔女・・・面白かったけどな。星の女神が我に仕える魔女か、ククク。世界が変わると不思議なことが起こるものだ」
笑いながら言う。
『月の女神様』
黒い妖精が、どこからともなく現れて、月の女神の周りを飛んだ。
『本題はいいのですか?』
「悪い悪い・・・思い出話はこれくらいにしておこう。ラグナロクまで時間がない」
月の女神が咳払いをした。
柔らかい髪を後ろにやって、ロドスのほうを向く。
「ロドス、お前は各地の勇者に通達を。大変だと思うが、よろしくな」
「かしこまりました」
「我は悪いがしばし、身体を休ませてもらう。ここで『クォーツ・マギア』のことを聞いてから、神殿へ帰るつもりだ。ゼロ」
「ん?」
月の女神の夜風のような声は、心の焦りを沈めた。
でも、月明かりに照らされると、消えてしまうのではないかと思うほど、弱くなっていた。
「聞かせてもらえるか? エリアスが創ったとかいう『クォーツ・マギア』の世界について」
「・・・あぁ、俺のわかる範囲でね」
「構わない」
月の女神が椅子に座る。
ローブの中から小瓶を出して、薬のようなものを飲み干していた。
顔色が悪く、息苦しそうにしながら、ゼロの話を聞いていた。
医務室に入って腕を組む。
アイリスは丸一日経っても目覚めないままだった。
「レナが見る限りは、魔力の消耗に近いと思います。人は限界まで魔力を使い切ると、仮死状態になってしまうため、身体が100%の魔力を使わないようにセーブするのです。あ、これは癒しの香です。古典的ですが、効果はあるんですよ」
レナが部屋の香りを変えながら言う。
ふぅっと深呼吸しながら続ける。
「・・・・でも、全部想像です。アイリスの身体のことは私にもわかりませんので、確証はないのですが・・・」
「いや、レナの読み通りなのかもな」
椅子に座り直して、窓の外を見つめる。
「テラはウイルスが見つからないと言っている。リュウジやエリアスが何かを仕掛けたのかもしれないし、『クォーツ・マギア』の何かがアイリスと相性が悪かったのかもしれない。可能性を上げればキリがないな」
「ヴィル・・・」
「まさか、アイリスも『クォーツ・マギア』の接続がラグナロクの引き金になるなんて思ってなかっただろうな」
アイリスはVtuberの理想郷を創りたくて、『クォーツ・マギア』に接続した。
結局エリアスの思い通りに事が運んでしまった。
レナが真っすぐこちらを見る。
「ヴィルは時空退行のことまだ考えてますね?」
「心を読むな。一時は考えてたけどな」
「じゃあ・・・・」
「今日の悪魔の話を聞いて、考えを改めたよ。記憶がないとはいえ、悪魔のアイリスがやり遂げたことを否定したくない」
「きっとアイリスもそう言うでしょうね」
「そうだな」
レナがほっとしたような顔をした。
「悪魔としての死か・・・お前はどう思う? アイリス」
「・・・・・・」
何も反応がない。
抜け殻に話しいるよな感覚だった。
「・・・なんて、答えたら苦労しないよな。アイリスからは魔力を感じない。随分長く眠りそうだな」
「ヴィル、前回のラグナロクのこと話しておきますね」
レナが重い空気を換えるように言う。
アイリスの人魚の涙のピアスが輝いた。
「ラグナロクは、ゼラフと旅を始めてすぐに起こりました」
レナがアイリスの傍に座って、足を伸ばした。
「レナはラグナロク経験者だもんな」
「はい。ゼラフのときは疫病でした。魔神エグラドーラが、封印を破って出きて、世界中の植物が、瘴気を吐くようになりました。終末の花と似てるかもしれませんね。各地で勇者たちが動いていました」
「へぇ・・・」
「結局、ゼラフが魔神エグラドーラを倒しました。人間も魔族も含め、多くの命が亡くなってしまいましたが、なんとか1年で封じることに成功しました」
窓の隙間から風が吹きこむ。
「ゼラフと冒険したのは、ほんの数年です。楽しいことばかりでした。ゼラフは元々虫に弱くて、虫が出るだけでへ垂れ込んでしまうんです。あとは、他の勇者を助けたからか、つきまとわれて大変だったとか、面白い思い出がたくさんあるんですよ」
レナが噴き出しそうになりながら話していた。
「惚気か?」
「違います! 真面目な話です」
レナが頬を膨らませながら言う。
「・・・ゼラフは魔神エグラドーラを倒してから、昏睡状態になったんです。魔力を使い果たしてしまい、肉体から魂が離れてしまったのです。今のアイリスのように、仮死状態になりました」
「ん? じゃあ、どうやって蘇らせたんだ? ゼラフは魔神を倒して死んだわけじゃないだろ?」
「あはは、よく知ってますね」
レナが指3回、回して、香りの魔法を解く。
「レナは解く方法がわかりませんでした・・・あらゆる文献を探したのですが。でも、何も載っていなかった。唯一目を覚ます方法を知ってるのは、昔ラグナロクを収めたエルフ族の巫女、サンドラだけでした」
「目覚める方法? 魔法か?」
「はい。でも、ラグナロクが落ち着くまでは寝かせたままのほうがいいかと思います。きっとラグナロクが起これば、アイリスは無理をしてしまいますから」
レナがアイリスの顔を見ながら言った。
「大丈夫です。アイリスは絶対に目を覚ましますよ。ヴィルを残して死ぬわけないじゃないですか」
「・・・・・そうだな」
アイリスは仮死状態ではあるものの、生きている。
今回のラグナロクにアイリスを巻き込みたくなかった。
アイリスは剣を振るより、城下町で遊んでいるほうが合っている。
「平和になったら、起こしてやるよ」
「はい! よかったですね、アイリス。レナはアイリスが羨ましいですよ。こんなに想ってくれる者が待っててくれるんですから」
「別にそうゆう意味じゃないって」
「ふふ、じゃあ、ヴィルの言う通りってことにしておいてあげます」
「はぁ・・・お前ら、相変わらずそうゆう話好きだよな」
アイリスの手に触れてから立ち上がる。
「そろそろ俺は部屋に戻るが、レナは?」
「レナはもう少しアイリスの様子を見てから寝ますね。今日はここで寝ます。アイリスの容態も気になるので」
「そうか。ありがとな」
「おやすみなさい、ヴィル」
言いながら、レナが少し、アイリスに顔を近づける。
ゆっくりドアを閉めると、微かにレナがアイリスに話しかけている声が聞こえていた。
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