50 子供の憎しみ
― 闇夜の牢獄―
少年に向かって手をかざす。
草からすくうようにして、牢獄に閉じ込めた。
「あっ・・・・・・・・」
「お前を殺さないと決めたわけではない。魔王城に行ってから色々吐かせてやる」
追跡系の魔法はかけられていないか。
「わ・・・わかりました・・・・」
全身をびくびく震えさせながら、うずくまっていた。
見た感じほとんど魔力もなく、戦力もない。
エヴァンの差し金・・・・にしては弱すぎるな・・。
まぁ、無理やり吐かせれば、どんな意図があるかわかるだろう。
魔王の間に入ると、サリーとイベルゼだけがいた。
ザザザァァァ
大きな風が吹き込む。
サリーが大剣を振り回し、イベルゼが魔法でシールドを張って互いの技の精度を上げていた。
「お、おかえりなさいませ。魔王ヴィル様」
「あぁ、皆は寝たか?」
少年が手すりを握り締めて、身を乗り出していた。
「はい、その小さい人間は・・・皆を起こしてまいりましょうか?」
「いい、大した話ではない」
闇夜の牢獄を床に降ろした。
少年がきょろきょろしている。
「魔王ヴィル様、そちらの人間は?」
「拾ってきた。魔族になりたいというから、何か裏がありそうだと思ってな」
「それはそれは・・・」
サリーがイベルゼを避けて、嬉しそうな表情を浮かべる。
「ふふ、拷問、となりますか。魔王ヴィル様は女も子供も容赦ない方ですから」
檻の中の少年を見て、赤い唇をうっすら開けた。
「貴方が苦しむ姿を見るの、楽しみにしてるわ」
「サリー様・・・」
イベルゼがたじろいでいる。
「あぁ・・・あ・・・俺は魔族になりたく・・・」
「悪いな。そうゆうのを、信じていない」
「!?」
戸惑う少年に手をかざした。
― 奪牙鎖―
「うわぁぁぁ」
闇夜の牢獄を解いて、鎖で全身を縛り上げる。
「うっ・・・苦しい・・・・」
少年が息切れしながら声を上げる。
こいつは魔力も無しい、子供だからすぐに失神するかと思って、力は緩めたけどな。
手の感覚を確認する。こんなところでいいか。
死なれたら、聞くことも聞けないしな。
魔王の椅子に腰を下ろす。
「うわっ・・・」
人差し指で操作して、奪牙鎖ごと少年を持ちあげる。
「話せ、お前はどこから来た?」
「アークエル地方、アリエル王国城下町の靴屋の息子・・・・」
汗を流しながら話す。
「王国からの差し金か?」
「違う。自分の意思でここへ来た!」
サリーとイベルゼが隣で武器を構えていた。
王国の差し金であれば情報を聞き出せたんだがな。
妙な拾い物をしてしまったか?
「なぜ、お前は魔族になりたいと言った?」
「王国からの税金に、耐えられなくなって親父が暗殺されたんだ。今までした親しかった城下町の大人たちは誰も助けてくれなかった。みんな自分のところの税金の取り立てでいっぱいいっぱいだった」
「ほぉ・・・・」
手を組んで、少年を見つめる。
面白い話だな。
「王国の税金はどれくらい跳ね上がったんだ?」
「20倍だ。ギルドと兵士を募って、それ以外の職業の国民から税金を搾り取っている。親父は足腰が弱くて、ギルドには入れない。僕も、強制的にギルドに入るための試験を受けたが、落ちた」
「ギルドに・・・か」
「なかなか興味深い話ですね」
サリーが少年の近くに歩いていった。
「最近のギルドの懸賞金が跳ね上がったことに結び付くな。続けろ」
「城下町の人間はギルドや兵士たちから見下されてるんだ。俺も必死に働いた代金を踏み倒された! 誰も助けてくれない。ほんの数か月前までは、こんなことなかったのに!」
「城の事情は何か知ってるか?」
「知らない。わかるのは金の取り立てが荒くなったことだけだ。今まで親父が貯めてきた金さえ持っていかれてしまったってことだ。俺が弱いからだ」
「・・・・・・・・」
「俺が何をしたって言うんだ。クソが」
「随分と人間も荒々しいのですね。ここに来る人間どもは、王国に忠誠をだとか叫んでるのに」
「あぁ。この魔法で本心を聞き出した後は、金や名誉について叫んで死んでいくけどな」
「あら、そうでしたね」
サリーがふふっと笑った。
この子供は嘘を言っていない、城下町の現状を話しているのだろう。
殺すべきか、利用するべきか。
潜入に連れていくのもアリだな。
子供だし、警戒されずに情報収集できる可能性がある。
内情にも詳しいし、利用するか。
「・・・・・・・」
何より、こいつは俺の幼い頃に似ていた。
どこにも居場所がなくなってしまった子供の頃に、な。
「ま・・・魔王ヴィル様・・・・」
涙を流しながらこちらを見る。
「ぼ・・・僕の・・・・周りはみんな魔族になりたいと言っている。国に稼いだお金を取られ続け・・・・ギルドや兵士の食べたパンの切れ端しかもらえない生活をするくらいなら・・・魔族になって人間に復讐したい」
がくがくしながら声を出していた。
「・・・・・・・・・」
「できないのなら、ここで死んだほうがマシだ」
目に力が入る。
「・・・お前、名は何という?」
「ミゲル・・・・・あ・・・」
「そうか、ミゲル・・・・」
ドサッ
奪牙鎖を解くと、ミゲルが倒れた。
ぐったりとしながら、小さな腕が微かに痙攣している。
「魔王ヴィル様、この者はいかがいたしましょうか」
「・・・使い道はありそうだ。魔族の役に立ってもらってから、殺すとしよう」
― 口封呪印―
「うぐっ・・・・・・・」
ミゲルが首を押さえて、のたうち回る。
「魔族に不利な情報を漏らそうとすれば殺す呪いだ。先の痛みで、自分がどうなるかわかるな」
「・・・・・・・・・」
「この魔法は、口を開ける前に、それ相応の拷問で苦しんだ後死ぬものだ。脳に刻み込んでおけ」
ぴくぴくしながら首を縦に振っていた。
「サリー、すまないが、回復魔法は使えるか?」
「は、はい。一応、軽い回復魔法でしたら・・・・でも・・・」
「こいつの世話を頼む。皆の前では明日話すとしよう」
「え? 私・・・ですか?」
サリーが赤い髪を後ろにやって、首を傾げていた。
「女性のほうが母性があるから、何かと聞き出しやすいだろう。こいつは、子供だがアークエル地方の現状を知っている。俺たちに魔族とって、利用する価値はあると判断した。面倒だろうが・・・・」
「ぼ・・・母性。魔王ヴィル様が私に母性があると・・・」
ぼっと顔を赤くして、悶えていた。
「わ、私との子供を? 魔王ヴィル様が?」
「・・・・・・」
なんか変な風に取られたのかもしれないが、まぁいいか。
今日は、もう色々考えるのも疲れた。
「さ・・・さ・・・サリーに母性? 何かのお間違えでは・・・」
ドン
イベルゼが聞き返すと、サリーに回し蹴りされて吹っ飛んでいった。
魔王城の壁が、ミシッと鳴っていた。
「お任せください。魔王ヴィル様のお役に立てるよう調教してまいります」
「殺さないようにな? 一応・・・」
「もちろんでございます。母性、とのことなので」
「あぁ・・・・・」
ミゲルが気を失っていた。
「起きて、起きなさい」
「サリー様、そんなに揺さぶると死にます!」
「ミゲル!」
サリーがミゲルに回復魔法をかけながら揺さぶっていた。
サリーの部下が止めに入っている。
なんか誤って殺してしまいそうだったが、まぁ、その時はその時だな。
部屋に戻ると、涼しい風が吹き込んだ。
窓は空いていて、木々が大きく揺れていた。
ソファーに座ってもたれかかる。
夜風で顔を冷やしていた。
「魔王ヴィル様、疲れてる?」
アイリスがこちらを覗き込む。
「いや、少し人間だった頃を思い出したんだ」
「珍しいね」
「言っておくけど人間だったころを、話すつもりはないぞ」
「わかってる。魔王ヴィル様が話したくないことは聞かないよ」
一つだけ残して、明かりを消す。
「おやすみなさい、魔王ヴィル様。明日もいい日になりますように」
「あ・・・・・」
「ふわぁ・・・」
小声で言うと、自分のソファーに戻って横になっていた。
「・・・・・・・」
一瞬、マリアを思い出してしまった。
長い瞬きをする。
あんな過去、覚えていても仕方ないのにな。




