463 クロノス
アイリスの過去退行から外れたヴィルはマーリンを名乗る者と行動し、”オーバーザワールド”の魔王、または『日蝕の王』を名乗り統率していた。
ヴィルは『日蝕の王』の拠点、アルテミス王国で『日蝕の王』を圧倒したが逃げられてしまった。
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
ユイナ・・・異世界住人の一人。魔女との契約により、アバターで転移してきた。肉体は現実世界にある。
リュウジ・・・ユイナのアバターを異世界住人から避けるようにアップデートした。”オーバーザワールド”のプレイヤーとして、ゲームに入って来た。
イオリ・・・セイレーン号の操縦に長けている異世界住人。
フィオ・・・イオリが勝っていたペット。転移する際に擬人化してついてきてしまった。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
ガラディア王子・・・ポセイドン王国第一王子。陸軍のトップ。
ヴァリ族・・・”オーバーザワールド”の魔族。”オーバーザワールド”の魔王となった、別時間軸のヴィルが魔族と区別するために名付けた。
あの後アイリスとリリスが何を話したのかは知らない。
ただ、アイリスが戻ってくると、どこか軽くなったような明るい表情をしていた。
リリスは部屋の中から手を振って見送っていた。
「わぁ、ノアの船すごいね。広いし揺れもほぼないし、なんだか部屋がそのまま船になったみたい」
アイリスがソファーを触りながら言う。
ノアが誇らしげな顔をしていた。
『伸縮自在、最大100人は乗れる大きさになれますから。また、ノアの船は戦闘機としても優秀です。敵が襲来した際には、自動で戦闘モードに入ることも可能です』
アイリスのほうをちらちら見ながら話していた。
アイリスが相槌を打つたびに饒舌になる。
『ノアの船は最強です』
「リュウジ、ノアの船なんて出せるレベルだったの? 確かゲームの中でもレベル999以上じゃなきゃ出せなかったような」
「せっかくアバターで転移してるんだし、自由に調整してるよ」
リュウジがユイナに言う。
「ユイナのアバターも調整しておいたから」
「えっ、このアバター?」
「そう。俺、開発者モードで”オーバーザワールド”にログインしてるから」
「なんかそのゲームの言葉使われるとイラっとするんだよな」
エヴァンがリュウジのほうを見ながら浅く息をつく。
「こっちは死んで転生してるのに」
「まぁまぁ。そういやこの世界に残れてる異世界住人は何人いるかわかるの?」
リュウジが話を逸らすようにアイリスのほうを見る。
アイリスが自分の前にモニターを出す。
「テラもわからないって。私が確認できるのはシロザキ、ユイナ、コノハ、イオリ、フィオ、あと3人かな。命の数がそれしかないの」
「・・・・・」
ユイナがつばを呑む。
「えっ、いきなり随分減ったね」
「”オーバーザワールド”との接続で、大分減ったみたい。”オーバーザワールド”からプレイヤーで入ったほうがいいって理由が多いかな。一応、ログアウトするとき、理由を聞いてて、回答率は86%・・・」
「シロザキはやっぱり残ってるんだな」
膝を立てて、本に栞を挟んだ。
「奴は勇者らしいからね」
「そうそう。この世界に入ってずっと疑問だったんだけど」
リュウジがこちらを見る。
「どうして異世界から来た場合、男しか受け入れなかったんだ?」
「リュウジ、今更そんなこと・・・」
「ユイナだって気になってただろ? コノハとユイナだけ転移成功して・・・あとは、飼い猫のフィオか。他にも転移したい女性も集まってたらしいけど、ログインできずに拒否されるんだって。転移できるのは男ばかりってなんか理由があるの?」
「そうね・・・」
アイリスが後ろに手をついた。
「月の女神が異世界の男を一人、勇者に選びたかったから」
「勇者を?」
アイリスが頷いて、窓の外を見つめる。
「勇者は女も男もいるけど、基本は男なの。この世界はシンプルでいるようでいて複雑。月の女神含む、神々と天使が・・・・」
サアァ
「おっと、そこから先は話しちゃ駄目じゃないかな?」
「!?」
懐中時計を持った少年がノアの船に入っていた。
どこかで見覚えのある、魔法陣が床に展開されている。
ドンッ
『侵入者、迎撃モード』
「待って待って」
ノアがバズーカのようなものを出すと、エヴァンが止める。
「彼は時の神クロノスだ」
『え・・・・・』
「この少年が?」
「そうか、確か少年にも、青年にも、中年にも、老人にもなれるって言ってたな」
「まぁ、この姿が一番臨機応変に時空を渡れるんだ。この姿で出てくるのは威厳がないから嫌なんだけど、そうも言ってられないからね」
『失礼しました』
ノアがバズーカのようなものを消した。
「気にしなくていいよ。そんなの撃っても効かないから。神だし」
クロノスが手をひらひらさせる。
「エヴァン、しばらく『忘却の街』に行ってないみたいだね。”オーバーザワールド”のせいで、時空が歪んで大変なことになってるらしいよ。時帝の帰りを待ってるって」
「また議会に呼ばれるだけですけどね。わかりました、様子だけでも見てきます」
エヴァンが素直に受け入れていた。
「行けたらでいいよ。エヴァンも”オーバーザワールド”とこの世界の時の神が違うから、動きにくいだろ?」
「そうですね・・・・時空の魔女を名乗るライネスという女と接触しました。”オーバーザワールド”の接続範囲内では、俺の時止めは効かない。結構不便です」
「なるほど、僕も”オーバーザワールド”には大分苦労してるよ。行けたらでいい。『忘却の街』の住人はまだ反省の時間が必要だ。この期に及んで、禁忌魔法を求めて揉めてるからね」
クロノスが呆れたように息をついた。
地面に時計の針のような魔法陣を展開している。
「クロノス・・・」
「アイリス、君は可愛い僕の娘だ。でも、月の女神の秘匿とされていることをここで話してはいけないよ。言ってはいけないという決まりなはずだ」
クロノスが口に手を当ててシーっと言った。
「・・・うん、ごめんなさい」
「いいよ、たまに間違えたほうがこっちもほっとする。完璧な人間はいないからね」
「・・・・・・・・」
「いきなりここに来たのには、何か他に理由があるのか?」
クロノスに話しかける。
「アイリスがずっと呼んでたんだけど、なかなか来れなくてね。あとは・・・そうだね。異世界の力がどうゆうものなのか興味あったし、随分立派な船だねぇ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
クロノスがユイナとリュウジのほうを見てから、懐中時計を振り子のように動かした。
「アイリス、僕を呼んだだろ? 何か聞きたいことでもあるのかい?」
「うん、悪魔アイリスは、死んだの?」
「あぁ。死んだね。未来は想定と変わった。月も輝きを失ってるだろう?」
クロノスが天井を指さして、淡々と言う。
「は・・・?」
「星が輝き、月の女神も力を失いつつある。僕も動かなきゃいけなくてね」
「・・・・・・・・」
背筋が冷たくなった。
悪魔のアイリスが・・・死んだ・・・?
ロドスの状態を見る限り、無事では済まないと思っていたが・・・。
「もう行かなければいけない、未来が狂いまくって大変だ。短い時間でごめんね。じゃあね、アイリス。エヴァン、アイリスを頼んだよ」
「・・・あぁ。悪魔のアイリス様は・・・」
「死んだから、月の女神の元へ帰る。エヴァンは気にしなくていい」
「承知・・・しました」
エヴァンが呆然としながら言う。
アイリスが何か言う前に、クロノスが背を向けた。
シュッ
足元の魔法陣の針が動くと同時に、消えていく。
「ク・・・クロノスも大分余裕ないみたいだね。当然だけど・・・」
「エヴァンはどうなんだ?」
「上司が忙しいと、部下に指示する暇もないから、大体暇なんだよ。『忘却の街』か・・・あの街は陰気だから行きたくないんだよな。みんな魔力だけはあるから面倒だ」
エヴァンが肩の力を抜いて、クッションに寄りかかった。
「時の神、クロノスの娘? この世界はどうなってるんだ? だって、人工知能IRIS・・・アイリスはあの会社が制作したはずじゃ・・・・」
「リュウジ、黙れ」
「っ・・・・・悪い・・・」
低い声で言うと、リュウジが口をつぐんだ。
「大丈夫、なんとなくわかってたから」
アイリスが無理して目を細める。
「悪魔のアイリスは、自分の身が危険だってことわかってた。月の女神がそう言ったんだと思う。だから、私と別だって言いだしたのかな・・・全部、想像だけど」
人魚のピアスを触りながら言う。
「でも、悪魔の魂は月の女神の元に帰るんだよね? それなら蘇ることも可能じゃ・・・」
「今の月の女神の力じゃ無理だよ。他に殺された悪魔たちも戻ってきていないし。って、私も、悪魔のことを全て把握してるわけじゃないんだけどね」
「アイリスの力は大丈夫なのか?」
「半分くらい、魔力が減っちゃったかな。ごめんね」
アイリスは泣いていなかった。
無理してほほ笑みながら、髪を耳にかけた。
「だって、なんでサタニアとアイリス様が・・・」
エヴァンがこぶしを握り締めながら、奥歯を噛んでいた。
「エヴァン、私は頑丈だから大丈夫」
「アイリス様」
「私ね、たくさん幸せなことがあったから、ちゃんと受け止めきれるの。悪魔のアイリスも、私なんだから、きっとそう・・・サタニアも悪くない」
アイリスが長い瞬きをした。
「魔王ヴィル様、もしかしたら魔王ヴィル様の力に異変があるかもしれない。悪魔のアイリスの書いていた記録は、悪魔の書と呼ばれるもので、記録する悪魔がいなくなってしまったら、困るの。誰か代理を立ててくれていればいいんだけど、ロドスしか生き残っていないみたいだし・・・」
「わかったって。アイリスも少し休め」
「でも・・・・」
こんなときまで俺の心配か。
「少し外の風にあたってくる。ノア、今日は早めに消灯してくれ。みんな疲れてるからな」
『かしこまりました』
ジジジ
ノアが手を広げると、明かりが消えて部屋の天井窓が開いた。
立ち上がって、外への通路を歩いていく。
外に出ると、サリーが手すりに腕をついてぼうっとしていた。
「ま、魔王ヴィル様」
「どうした? 中には居づらいか?」
「そうゆうわけではありません。外にいると落ち着くんです。魔王ヴィル様はいろんな顔をお持ちなのですね」
サリーが赤い髪をなびかせる。
やんわりとした風が頬を撫でた。
「ん?」
「・・・魔王城で話すときの魔王ヴィル様と、普段の魔王ヴィル様は全然違います。でも、普段の魔王ヴィル様のほうが懐かしいように感じるんです」
サリーがペンダントを握り締める。
「不思議です」
「そうか。まぁ、あいつらと話すときは読書中が多いからな。本の続きが気になるときに限って、邪魔しに来るんだよな。上位魔族はそんなことないから・・・」
「魔王ヴィル様?」
サリーがこちらを見る。
「どうして泣いておられるのですか?」
「は・・・・?」
瞬きをすると、雫が滴り落ちた。
この俺が、涙・・・?
あり得ないな。
「外出る時に風が強くて、ゴミが入っただけだ」
「そ、そうですよね。失礼しました」
目を擦って、手すりに身を乗り出す。
船の下には大きな川が流れていた。
「俺がいなかった間、魔王城では何してたんだ?」
「大変でした。みんな好き放題で・・・って、私も他の者のことは言えませんが」
サリーと何気ない会話をする。
魔王城のババドフが夕食を盗み食いして、マキアに叱られたとか、くだらないことを聞いていたほうが気がまぎれる。
幼少型のアイリスの切羽詰まったような表情が忘れられなかった。
あの時ならまだ、幼少型のアイリスを救えた。
俺には時空退行がある。
もし、幼少型のアイリスの魂が戻らないとわかったら・・・。
その時は・・・。
読んでくださりありがとうございます。
ヴィルはマリアが死んで以来、泣いてなかったかな。たぶん。
幼少型のアイリスも、ヴィルにとっては大切な存在ですね。
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