460 魔王の部屋の日常
アイリスの過去退行から外れたヴィルはマーリンを名乗る者と行動し、”オーバーザワールド”の魔王、または『日蝕の王』を名乗り統率していた。
ヴィルは『日蝕の王』の拠点、アルテミス王国で『日蝕の王』を圧倒したが逃げられてしまった。
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
ユイナ・・・異世界住人の一人。魔女との契約により、アバターで転移してきた。肉体は現実世界にある。
リュウジ・・・ユイナのアバターを異世界住人から避けるようにアップデートした。”オーバーザワールド”のプレイヤーとして、ゲームに入って来た。
イオリ・・・セイレーン号の操縦に長けている異世界住人。
フィオ・・・イオリが勝っていたペット。転移する際に擬人化してついてきてしまった。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
ガラディア王子・・・ポセイドン王国第一王子。陸軍のトップ。
ヴァリ族・・・”オーバーザワールド”の魔族。”オーバーザワールド”の魔王となった、別時間軸のヴィルが魔族と区別するために名付けた。
帰りのノアの船は静かだった。
トムディロスもリュウジも重い空気を察してか、何も聞いてこなかった。
レナもエヴァンもいつの間にか眠っていた。
レナは寝たふりをしていたのかもしれない。
時折、目を拭う仕草をしていた。
「トムはあのままポセイドン王国に戻らなくてよかったのか?」
「そうだよ。名誉回復したじゃん」
「俺はメイリアたんのところにいるって決めたんだ。うわっと・・・」
トムディロスがノアの船を降りて、転びそうになりそうになりながらバランスを取っていた。
「ふぅ・・・足をくじくところだった」
「せめて痩せろって」
「必要ない。デブにはデブのポテンシャルがある」
「なんだよ。そのポテンシャルって」
「チームに一人はデブキャラが必要だろ? 俺はこの体型をキープしなければいけない使命があるんだ」
堂々と話していた。
「トムは、メイリアが痩せるように言ったらどうするのですか?」
「ダイエットする」
「ポテンシャルどこいったんだよ」
エヴァンが呆れたように言う。
トムディロスがすぐに周りを見渡していた。
「メイリアたんどこかな? セイレーン号かな?」
『ふうん。セイレーン号ですか』
「ノア! あ、もちろんノアの船が一番だよ。揺れもないし」
『当然です』
ノアが船の傍でふわふわしながらトムディロスに近づく。
『性能も含めてノアの船は最新式です。伸縮自在、どんな気候にも動じませんし、何より速度が速い。戦闘能力も十分ですし、どのゲームの移動手段よりも、ノアの船が一番ですから』
「もちろんノアは優秀だよ。ありがとう」
リュウジが笑いながらノアに声をかけた。
『また、必要になったらいつでもお呼びください』
「あぁ、ありがとな」
『はい!』
礼を言うと、ノアが満足げに頭を下げていた。
「魔王ヴィル様!」
ププウルが駆け寄ってくる。
「おかえりなさいませ。あの、シエルは・・・?」
「サタニアを見かけないのですが、魔王ヴィル様はご存じですか?」
「あぁ。上位魔族を集めてくれ。情報共有しよう」
「かしこまりました」
魔王城からザガンとカマエルの部下たちが飛び出てくるのが見えた。
「どうするの? ヴィル。全部話すと魔族は混乱すると思うけど」
エヴァンが背中越しに小声で言う。
「サタニアのことは伏せる。上位魔族にだけ、『日蝕の王』とシエルのことは話そう。今の状況を共有する必要がある。奴らが魔族と遭遇する可能性もあるからな」
「了解」
マントを後ろにやって、魔王城に入っていった。
ププウルが魔王城の2階のほうへ飛んでいく。
窓の外には夕焼け空が広がっていた。
「魔王ヴィル様、おかえりなさいませ」
部屋に向かう途中で、マキアが近づいてきてほほ笑んだ。
手に持っている銀色のトレイは鏡のように磨かれていた。
「お疲れですか?」
「あぁ、色々とな」
『日蝕の王』について、俺と同じ姿をしているということを説明するのに3時間くらいかかった。
最終的にはエヴァンが「異世界の力でヴィルの姿に似せている」と言って収まったけどな。魔族は本を読まないからか、想像力が乏しく、説明しにくい。
サタニアは悪魔にさらわれたまま、音沙汰がないと説明していた。
皆が心配していたが、本当のことを言っても不安を煽るだけだ。
星の女神アスリア・・・か。
「魔族もバタバタしておりました。星が落ちたとか・・・。私はちょうど食事の片づけをしておりましたので詳細は効いていないのですが」
「そうか」
隕石の落下地点はアイリスが割り出して、ププウルに共有したらしい。
近くにいた魔族は、二次被害が無いよう迅速に避難させたと話していた。
思い出していた。
星の女神アスリアのいた世界を・・・。
「魔王ヴィル様、大丈夫ですか?」
マキアが心配そうにこちらを見上げる。
「少し疲れが溜まってるだけだ。後で、回復の湯に入る。マキアも一緒に入るか?」
「え!?」
マキアの顔が真っ赤になる。
「えっと、魔王ヴィル様がいいなら、私はいつでも・・・」
「冗談だよ。本を一冊読んでから、いくから遅くなる。マキアも食事の準備、大変だっただろ。ゆっくり休め」
「い・・・いいのですが、私はいつでも魔王ヴィル様とお風呂に入っても・・・というか、ぜひ・・・」
バタン
「!?」
突然、俺の部屋のドアが開いた。
「今、魔王ヴィル様のラッキースケベ属性が発動したような気がした」
アイリスが飛び出てきた。
マキアが赤くなった耳を触りながら視線を逸らした。
「では、失礼します! 私は夕食の準備がありますので!」
マキアがトレイを抱きしめるようにして、廊下を慌ただしく駆けていった。
「あれ? マキア?」
「アイリス、なんで当然のように俺の部屋にいるんだ?」
「魔王ヴィル様の部屋が、みんなのたまり場になってるから」
「は?」
「あ、お邪魔してます」
「メイリアたん、ポセイドン王国の食事美味しい? 口に合うかな?」
「私はもう少し塩味が効いてるほうが好みだけど・・・」
「リュウジ! 私のアバターに露出の多い服を着せるのをやめてください!」
「魔族がみんなそんな服装だろ? 服装が違うと異世界の者だとわかりやすいし、何かと不便なんだよ」
「だからって、こんな胸の谷間が見えるような服・・・」
ユイナが胸を押さえながら、わなわなしていた。
「また、胸の話してる。ナナココのアバターは胸大きい設定だからいいけど。でも、配信できないとアバターをいくら可愛くしても意味ないし」
ナナココが魔導書のようなものを開きながら言った。
「さっきからみんな胸の話ばかりしています。エヴァン、言い返してください!」
「なんで俺が」
レナがエヴァンに訴えている。
「・・・・・・」
リリスがテーブルの端でハーブティーを飲んで一息ついていた。
なんだ? この主不在の部屋で成り立つ異様な光景・・・。
「アイリス、なんで俺の部屋にこんなに集まってるんだ?」
「んー魔王ヴィル様の部屋の居心地がいいから?」
「・・・・・・」
「はっ、忘れてた。さっき、魔王ヴィル様のラッキースケベ属性の発動が・・・・」
アイリスがじとっとした目でこちらを見上げる。
「それより、悪魔のアイリスのほうはどうなんだ?」
「完全に接続が切れて、何度やっても応答なし・・・。私の中の一部が無くなってしまった感じがする・・・」
「そうか」
「悪魔のアイリスがいない私は、何なんだろう。聖女と『名無し』だけで構成されたらバランスが、これはエラー・・・? エラーじゃないけど」
アイリスがぼうっとしながら言う。
「アイリ・・」
「ねぇ、アイリス。星が降ってくるの見えたでしょ?」
リリスが話題を変えるように、アイリスに話しかけた。
「話すんじゃなかったの? 落下地点のこととか・・・」
「あ、そう。突然、流星群が現れたの」
アイリスが指を動かして、3つのモニターを出した。
「左が”オーバーザワールド”のプレイ時に配布された地図、右がこの世界の地図・・・」
「真ん中は?」
「2つの地図を合わせたもの、ちょうどダンジョンの位置に王国がある。だから、これが今の地図。ユイナが作ってくれた。あとは・・・」
アイリスがソファーに座って、画面を大きくする。
腕を組んで、地図を眺める。
「これが今回の隕石の落下地点」
アイリスが手をかざすと、画面に赤いマークが現れた。
エヴァンとレナがこちらに駆け寄ってくる。
メイリアもアイリスの地図に気づいて、近づいてきた。
「魔王城にいたから、隕石がどれほどの魔力で引き寄せられたかは測定不能だった。リュウジの記録も・・・」
「ごめん、俺寝ちゃってたんだよね」
リュウジがへらっと笑う。
「隕石の落下地点はポセイドン王国から北に集中してるな。元の世界と”オーバーザワールド”の境目辺りにある、ここは・・・」
「サリエル王国のある場所ね」
「サリエル王国って聞き覚えのある国だな」
堕天使サエル・・・サタニアに契約の呪いを施した奴が管轄している国か。
七つの大罪が契約を解除しに、サリエル王国まで行ったのか?
どちらにしろ、あの星を降らせる力は強大だ。
星の女神アスリアが復活したとなれば、勇者たちの話す『ラグナロク』にも繋がる。
サタニアは、また過去をなぞろうとしているのか?
「『日蝕の王』もおそらくサタニアを探すだろう」
「え・・・・」
「奴は俺を脅威と見ていない。この世界の脅威は」
「サタニア・・・七つの大罪が復活させた、星の女神アスリアってことだよね?」
「あぁ、そうだ」
エヴァンが深刻な表情で言う。
「どうして『日蝕の王』が魔族を襲わないってわかるのですか?」
「優先順位だ。あいつは俺だからわかるんだよ」
「・・・なるほど、です」
レナが言葉を詰まらせていた。
シエルは『日蝕の王』の武器であり妃となることを受け入れた。
奴にとっては大切な者だ。悪いようにはしないだろう。
「・・・・・・・・」
エヴァンとレナはどこかぎこちなく、言葉を探しているようだった。
「あ!」
「!!」
アイリスが突然大きな声を出す。
部屋にいた者たちが、一斉にアイリスのほうを向いた。
「なんだよ。びっくりさせるなって・・・」
「魔王ヴィル様、『クォーツ・マギア』への接続ルートがわかるかもしれないの。ちょっと待っててね。この地図は奥に避けておいて・・・・っと」
アイリスが満面の笑みでモニターをもう一つ出していた。
「アイリス様、それってどうゆうルートで検索したの?」
「”オーバーザワールド”と同じネットワーク上にあって、信号が似てるの。ゼロが残していった通信の跡を辿って、検索をかけてヒットするのが100件まで絞り込めた」
画面に異世界の文字コードを映しながら言う。
アイリスが指を動かすと、勢いよく流れていった。
「こうやって暗号キーはいくつかある。これを突破できれば、接続可能なはず。転移は難しいかもしれないけど、通信だけでも・・・向こうが応答すれば進むから・・・」
「はは・・・さすがアイリス様だ」
「確率としては89%接続できる見込み」
エヴァンが気の抜けたような声で笑った。
アイリスの瞳がキラキラしている。
「・・・・・・」
レナが羨ましそうに目を細めた。
「『クォーツ・マギア』に接続・・・ですか?」
メイリアが呟く。
リュウジがちらっとアイリスを見てから、自分のモニターを眺めていた。
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