47 上位魔族ププ
「ププ、俺だ。入っていいか」
「はい。大丈夫です」
ププウルの部屋のドアを開けると、ベッドでウルが眠っていた。
「魔王ヴィル様、先ほどはありがとうございます」
ププが薄い布を羽織って、ウルの横に座っていた。
腕や足についた傷が痛々しかった。
「・・・ウルの様子はどうだ?」
「はい。先ほどまで起きていたのですが、今は寝ています。回復も早いので問題ありません」
ウルの呼吸にも乱れがない。
さすが上位魔族だけあって、回復が早いな。
「安心したよ。見る感じ、徐々にだけど魔力も戻ってきているみたいだな」
「はい。先ほどは、申し訳ありませんでした。人間に負けてしまって逃げてしまった上に、あんな風に取り乱してしまい。思い返しても、恥ずかしい限りです」
しゅんとしながら呟いた。
ププの横に座る。
「いや・・・・言っただろう? 大切な姉妹があんなふうに攻撃されたんだ。当然の反応だ」
「魔王ヴィル様は優しいですね・・・・でも・・・」
ププが両手で目を覆う。
「私たち、本当に上位魔族でいいのかって自信が無くなってきて・・・2人でこんなにボロボロにされるなんて・・・・恥ずかしくて皆の前に出れないのです」
「ププ・・・・」
「私たちは上位魔族ですが、本当は弱い方なんです。知識があるから、みんなと対等に話せるだけで・・・・」
ププでも思いつめることはあるんだな。
強さも賢さも上位魔族に相応しいのに・・・。
「今回は、たまたま相性が悪かっただけだ。人間たちは、弱点を突くことでしか勝てなかった。お前らが弱いわけではない」
「私たちは弱いです。弱点があるから、どんなに努力しても弱いんです」
「ププ・・・」
ププがウルの額を撫でながら息をつく。
「だって、魔王ヴィル様には弱点がないじゃないですか」
「・・・・俺だって弱点がないわけじゃない」
「え?」
「言わないからな」
「っ・・・・」
ププが聞こうとしてきたのを、静止した。
「す、すみません」
「弱点は誰にでもある。問題は、どう回避するかだ」
「どう回避・・・ですか」
ププが手を放して呟く。
「ププ、後ろを向け」
「へ? こ・・・こうですか?」
細い背中に手をあてる。
― 肉体回復―
「あ・・・・」
細かい傷跡が消えていった。
水属性と風属性を合わせたような、剣士の技だな。
「弱点を補うのは自分じゃなくてもいい。時には他者を頼るのも、必要な戦略だ」
「ありがとうございます」
ププが腕を触りながら頭を下げた。
「ウルは私を庇ってくれたんです。4人の人間の攻撃は全て水属性の魔法、まさか水のない魔王城敷地内でこんなことに遭遇するとは・・・油断しておりました」
「今、カマエルとザガンが逃げた人間を追っている。あまり時間はかからないだろう」
「!」
「上位魔族がここまでやられた。ただで帰してやるものか」
ププの傷もウルの傷も記憶した。
これを、人間どもにどう変換してやるかだな。
「人間どもが・・・・私も・・・」
「お前らは回復に注力しろ。また、次のダンジョンについて情報を聞かなければいけない」
「え・・・」
「ププ、お前らの行動力は上位魔族に相応しい。自信を持て。頼りにしているからな」
「か、かしこまりました。あ、ウルが起きたら、ウルにもそう伝えます」
ププが顔を上げて大きくうなずいた。
ウルは熟睡している。
口元をむにゃむにゃ動かしていた。
「で・・・さっきから気になってたんだが、どうして服を着てないんだ?」
布を羽織っているだけだった。
「戦闘の際に服がボロボロになってしまって、今、下位魔族に縫ってもらっています。いつもはすぐなのですが、人間の匂いが憎くて着れないのです」
「そうか・・・」
人間に受けた攻撃の跡、血の付いた服なんて着れないか。
「できれば、私たちも自分たちをこんなふうにした人間どもを殺しにいきたいのですが・・・・」
「お前らの仇は、俺が必ず打つ。もう、あの人間どもには執着するな。忘れろ」
「はい・・・・」
ププの頭を撫でると、ふわぁと口を広げていた。
本当に頭を撫でられるのが好きな姉妹だな。
すぐにとろけるような表情になっていた。
「そういえば、この部屋に入ったときから思っていたのですが・・・・」
「ん? なんだ?」
「魔王ヴィル様、今日もいい匂いです」
ププがくんくんと首から胸のあたりの匂いを嗅いできた。
「ふわぁ・・・いい匂いです。魔王ヴィル様の匂い好きです」
「匂いって・・・」
ププがこちらを見上げて、表情を崩す。
「も、もう一回だけ嗅いでもいいですか?」
「好きにしろ」
「はわぁ・・・・大好きな匂いです」
ププが抱きついて、鼻を寄せてきた。
「・・・・・・・」
マキアもそうだが、魔族は本当に欲望に忠実な奴らだな。
自室に戻って本を読んでいた。
孤児院にもあった、懐かしい失われた大陸の話だ。
まさか、魔王城に同じものがあるとはな。
ページをめくる。
本はいい。
怒りや憎しみを静めてくれる。
トントン
「魔王ヴィル様、ギルバートとグレイと連れてきたよ」
「あぁ、入れ」
しおりを挟んで体を起こす。
「わぁ、魔王ヴィル様の部屋綺麗になってる」
「マキアが掃除してくれてるからな」
ドアが開いて、アイリスと双竜が寄ってきた。
「そうそう。マキアから聞いたの。すごく大変だったんでしょ?」
「え? 何が?」
思わず、しおりを落としかけた。
「ん? ププウル様のことだよ」
「・・・あぁ、そうだったな」
一瞬、ザガンがマキアにしていたことが過ぎってしまった。
アイリスが知るわけないよな。
「ウルが致命傷を負ったんだ。ププもそれなりに傷はあったが、さっき見に行った時にはもうだいぶ良くなっていた。さすが、上位魔族だ」
「ごめんなさい。私が、回復役として来てるのに。役に立てなくて」
思い悩んだ表情で、手を組んでいた。
「元々、アイリスを戦力に数えてない。今はダンジョンの異世界クエストに集中してくれ」
「異世界のクエスト・・・」
「正直、アイリスがあそこまで立ち回れると思っていなかった。あのクエストは、アイリスにしかできないよ。頼りにしてる」
「私にしか・・・・うん!」
アイリスが胸に手を当てて、満面の笑みを浮かべた。
「へへへ、私にしか、私だけ・・・」
ギルバートがアイリスの髪をふわっとさせていた。
アイリスがギルバートの首を撫でながら、話しかけていた。
「魔王ヴィル様って回復魔法も得意なのね? 魔王ヴィル様が回復したって聞いたの」
「得意なわけじゃないけどな。一通りは使える。毒抜きとかな」
軽く指を回しながら言う。
「すごいね。私、やっと『ヒール』を覚えたのに」
「・・・・まぁ、昔からそうゆう状況にいただけだ」
体の弱かったマリアのために、な。
でも、俺が使えるのは、死者蘇生以外だ。
アイリスがなぜ少ない魔力で死者蘇生を使えたのかは謎だが・・・。
まぁ、こいつも何かを抱えているようだしな。
あまり深堀しない方がいいんだろう。
「ん? どうしたの」
「いや、考え事だ」
立ち上がって、双竜に手をかざす。
『グレイ、ギルバート、ありがとう。戻れ』
ギルバートとグレイが翼をぺたんと付けて、光の中に消えていく。
「マキアとセラが再会して喜んでたよ」
「そうか、セラはそこそこ戦力になるから、魔王城に置いておくには惜しいんだけどな。しばらく2人でいさせてやったほうがいいか」
「うん!」
ソファーに横になって天井を仰ぐ。
目を閉じて魔王城の状況を感じ取っていた。
早ければ、もうすぐカマエルたちが戻ってくるだろう。




