23 誰かを殺そうとする者
「な・・・まだ子供じゃないか・・・」
「なぜお前らはここに来た?」
蔦の先を、男の太い首にあてながら聞く。
ここから逃れた青年には口封呪印をかけたはずだ。
奴がギルドにダンジョンのことを話せるわけないのに・・・。
「む・・・村から、こっ・・・こっちの方角に魔族が飛んでいくのを見た人がいたんだ」
「・・・・なるほどな」
手のひらを上に向けた。
蔦を動かして、棘を刺す。頬にじんわりと血が滲んでいた。
「っ・・・・・」
「お前らはギルドのクエストでここに来ているのか?」
「くっ・・・・そんなこと言えるものか」
「フンっ・・・・」
蔦の魔力の強度を上げていく。
きゃああああ
男の傍にいた、魔導士の女を高く上げた。
「離して、離し・・・・・」
「アカリ、どうした?」
「うぅ・・・・・・・」
急にがくんと項垂れる。杖が落ちていった。
「少し気を失わせただけだ。命は奪っていない。まだな・・・」
「この野郎、アカリに・・・・・」
細い目に殺意を宿らせている。
「お前らは魔王の前にいることを忘れるな」
ドドドドッ
「!?」
片足を踏んで、地面を揺らした。
全身に、人間たちの怯える感覚が伝わってくる。
「もう一度聞く。ギルドのクエストで来ているのか?」
「あ・・・・あぁ、そうだよ! ギルドに王国が介入して、金の流れがいいんだ。一度引退して辞めた村のやつをありったけ集めて、このクエストに挑戦した」
男が叫ぶように言う。
「ギルドを辞めた俺にも声がかかったんだ。ここで、このクエストを攻略してやる」
「どうゆう内容のクエストだ?」
「ダンジョンから出てきた奴を、全て殺せというクエストだ」
「・・・ダンジョンから出てきた・・・全てだと?」
ピシッ
「かはっ・・・・」
一瞬、力の加減ができなくなりそうになったが、深呼吸して収めた。
目がかすむほどの、静かな怒りを落ち着けていく。
「なぜ、ダンジョンに誰かがいることを知っていた?」
「そう言われたんだよ。2人、入ってるって」
「ベン!」
「だって、ハリスが!」
隣で捕まっていたアーチャーの少年が、声を震わせながら言う。
アイリスが入っていたことを知ってたのか?
「ハリスといったな」
「・・・・・・・」
ハリスの蔦をゆっくりと緩めていく。
「どうやってギルドを辞めたお前に、こんな人数が集められた?」
「お・・・俺たちの村はギルドを辞めて流れ着いた者だ・・・細々と暮らしていたが、資金がないんだ。このままじゃ他国の奴隷に・・・・」
「・・・・・・・」
だから、こいつらは弱いのか。
「俺が・・・みんなを巻き添えにした。小さいころからの仲間だ・・・ギルドでC級しかこなせない奴もいた。まだギルドに入ってない奴らも・・・みんなで村を取り返した後はゆっくり過ごそうって・・・」
「だからどうした?」
「俺は死んでもいい、ほかの奴らだけは・・・」
汗を流して懇願してくる。
うわああああああああ
突然、後方にいた人間たちがパニックを起こして叫んでいた。
崖の上からも呼応するように声を上げている。
戦闘慣れしていない奴らを後方に置いたか。
トン
「え・・・?」
ハリスの蔦だけ解いて地面に降ろす。
「お前が責任者ってとこだな。もし、俺に一撃でも入れることができたら、逃してやるよ」
「・・・・・・・」
「ハリス!」
すぐに目つきを変えて、こちらを睨んでいた。
ハリス
職業:剣士
武力:5,000 装備:青龍の剣 +5,000
魔力:3,000
水属性:1,900
防御力:3,000
特殊効果:一度だけ瀕死状態から復活する
右目を閉じて、指で空中に線を引く。
おそらくギルドにいれば中級クラスといったところか。
― 魔王の剣―
暗闇から現れた剣を握る。
「!?」
「剣を抜け」
「・・・・・・・・」
ハリスがゆっくりと剣を抜いた。
刃先に水魔法を溜めていた。
「ハリス、そんなガキやってやれ。人間の力を見せつけてやれ」
「そ・・・そうだ、お前は強いんだからな」
「頼む、俺たちはお前だからここまでこれたんだ。信じてるぞ」
周りの人間の怯えが収まった。
こいつは相当信頼されているようだな。
「魔王だろうが何だろうが関係ない。俺を動けるようにしたこと、後悔してやる」
丸太のような腕で、大剣を構えていた。
口調とは反対に、足ががくがくと震えているのがわかった。
「・・・・・・・」
戦闘では、勝つか逃げるかしなければ生きられない。
― ドラゴンスラッシュ ー
シュウゥゥゥゥゥゥ
ガガガガガガガッガガガガガガガガ
滝のように太い斬撃が起こった。
攻撃が来る前に地面を蹴って飛び上がる。
「弱いな、お前」
「!!」
上からまっすぐに魔王の剣を突き刺した。
「うぐっ」
瞬時に魂を抜き取った。
「ハリス!!!!!!!!!」
抜け殻となった肉体が転がった。
きゃああああああ
「う・・・嘘だろ? ハリスが?」
「ハリス? ハリス? あれ?」
気が付いた、アカリという魔法使いが、ボロボロ泣きながら取り乱していた。
「もう死んでる。生命の音が聞こえない」
「いやあああああ」
悲鳴が上がる。
「よ、よ、よくもハリスに」
「こいつはいい奴だったんだ。村を守ろうとして」
「魔族が・・・卑怯な手を使いやがって」
前の人間が吠え出した。
さっきまでガクガク震えていたくせに。
シュルシュルシュル・・・
「あ・・・・」
ハリスの近くにいた威勢のいい人間、魔法使い2人、ランサー1人、剣士2人の蔦を解く。
地面に降りた奴らが、ハリスの死体を見て泣いていた。
「文句を言うなら、かかってこい」
剣を構える。
魔法使いは二人とも恐怖のあまり、魔力に集中できていないようだった。
こいつらは、おそらく戦闘での死を経験したことのない奴らだ。
切り替えが遅い。
「は、ハリスの仇をうってやる!!」
ランサーと剣士たちが、俺を囲んで襲い掛かろうとしてきた。
一人ぐらいは恐怖のあまり逃げ出すと思ったんだが・・・・。
人間の絆とかいうやつか。
スッ
ランサーの槍を弾いて、胸を貫く。
「え・・・・?」
後ろから剣を振りかざしてきた2人を蹴り飛ばした。
「ぐっ・・・・」
魔法使いのところに飛んでいったところを、4人まとめて十字に切った。
「あ・・・あ・・・・・」
5人が川の近くに倒れた。
川の水が彼らの顔にあたっていたけど、目を見開いたまま動かなかった。
「悪いが、魔族の王として、お前らを逃すわけにはいかない」
うわああああああ
手をかざして、残りの人間の体力と魔力を奪っていく。
すぐに、あたりが静かになった。
川の流れる音がさらさらと響いている。
死体を見下ろして口を開く。
「誰かを殺そうとする者は、自分も死ぬ覚悟のある者だ。でなければ、武器を持つ資格はない。どんな綺麗ごとを並べようと、な。戦場はそうゆう場所だ」
「・・・・・・・・・」
俺は落ちこぼれという割には戦闘で死ななかった。
いつ死んでもいいという覚悟はあったのに。
ザッ
「少なくとも、俺はそうやって戦場に立っていた。お前らよりもはるかに弱かった時でさえ・・・」
小さくつぶやく。
毒薔薇の蔦を解くと、ドサっと40人くらいの人間が一気に地面に落ちた。
一応動ける程度の体力は残しておいているはずけどな。
弱すぎて生きているかもわからない。
後で、魔族を配属する際に片づけてもらうか。
ダンジョンの入り口に立つ。
「シンジュク、入れてくれるか?」
『ん? 用事は済んだのか?』
ぼうっとシンジュクが現れる。
『って、また派手にやったな。ここまでやれば、しばらくここには近づけないだろうが・・・』
「襲撃されたんだよ」
人間が倒れている光景を眺める。
流れていた川が、赤く染まっていた。
「でもこれは・・・さすがに、アイリスには見せられないな」
ズズズズズズズ・・・
扉が開いた。
『最下層の手前の部屋に、回復のぬるま湯がある。血の匂いを落としていくといい』
腕で鼻を覆って、匂いを嗅いだ。
確かに、少し人間の血の匂いがするな。
「ありがとう。助かるよ」
シンジュクの後に続いて、階段を下りていく。
『お前はやはり魔王なのだな』
「ずっと言ってるだろうが」
『・・・ダンジョンにいるところだけを見てたら、そうは思えんから、勘違いするんだよ』
「・・・・威厳がないって言いたいのか?」
『ハハ・・そうじゃないわ』
「ん?」
シンジュクと話しながら降りていく。
最下層手前に岩に囲まれた小さな通路があった。
『そこだ。暗くて小さいが回復のぬるま湯だ。狭いから転ばないようにな』
水がどぼどぼ流れる音がしていた。
「ありがとう。汚れを落としたら最下層に行くよ」
『あぁ。伝えておくよ』
シンジュクが岩の扉を閉めていった。
ダンジョンの最下層手前って、回復の泉があるもんなんだな。
身を清めてから、宝を奪えってことなのかもしれないが。
ちゃぷん
本当に、真っ暗だな。指先に明かりを灯す。
少し進むと、湯の匂いがしてきた。
羽織っていたマントを脱いで、上半身の服を脱ぐ。
「!!!」
ズボンに手をかけたとき・・・・・なんとなく変な勘が働いた。
「ふわぁー」
「え?」
湯船のほうをみると、アイリスが湯船に浸かっていた。
潜っていたのか、髪が濡れていた。
「ま・・・魔王ヴィル様!?」
「アイリス!?」
「えっと、こうゆうときは・・・け、消して! 灯り」
「あぁ」
慌てて壁のほうを向いて、明かりを消す。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
ダンジョンの精霊たち・・・・やりやがったな。
意図的にやったのかわからないが・・・こっちだって疲れてるのに。




