20 気がかりなこと
皮のソファーに腰を下ろす。
寄り掛かって天井を見上げていた。ランプの火が揺らいでいる。
人間たちの戦略を想定するのも億劫だ。
国を挙げて、魔族を攻めようとしているのだろう。
俺の名は、他国のギルドの者も知ってるようだ。
アリエル王国の勇者オーディンの息子が落ちこぼれということで、面白がって広まっているのだろうな。
落ちこぼれのヴィルか・・・。
いつか見返してやるとは思っていたが、本当にこんな日が来るとは。
目を閉じる。
俺を馬鹿にしていた奴らの顔が浮かぶ。
―
勇者オーディンの息子のくせに何もできない。
あいつがいるから、ワンランク上のクエストができなかった。
面白いくらいに失敗するな、落ちこぼれのヴィルが。
俺のパーティーに入れて、話のネタにしてやろうかな。 ―
嘲笑う声が頭に響く。
あいつらを殺せる。魔王として、人間たちを・・・。
トントン
「魔王ヴィル様・・・おやすみでしょうか・・・・?」
ウルの声が聞こえた。
「いや、起きてる。入っていいぞ」
「失礼いたします」
起き上がって、部屋を明るくした。
ププウルが顔を見合わせて歩いてくる。
「先ほど、5人の死体を確認していたんですけど、剣士の一人が珍しい紋章のローブを着てまして」
「その部分のみ切り抜いてきました」
「ん・・・・・」
これは・・・隣国サンフォルン王国のものか。
「サンフォルン王国だ。知ってるか?」
「サンフォルン? あまり馴染みが無いのですが」
「あぁ・・・元々、戦闘向きのギルドは無かったはずだ。魔族との接触も少ないだろう」
アークエル地方の各国が魔族に対して、警戒を強めているということだな。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・?」
黙っていると、ププとウルが不思議そうにのぞき込んできた。
「人間の所属なんて気にしたことありませんでした」
「魔王ヴィル様はよくご存じですね」
「・・・・当然だ。魔族の王としては、知識もなければいけないからな」
軽く咳払いをして、布切れをウルに返す。
「さすがでございます。魔王ヴィル様」
「私たちも魔族のため、知識を増やすよう頑張ります」
「たくさん勉強します」
甲高い声で励ましあっていた。
「あっ・・・ジャヒーの管轄地域にいた魔族たちに、オブシディアンを用意しないと」
「そうだった」
ププとウルが顔を見合わせていた。
「では、魔王ヴィル様、失礼します。お休みのところ、ありがとうございました」
「失礼いたします」
深々と礼をすると、部屋を出ていった。
魔族は人間にとっての共通の敵だ。
魔王復活を期に、各国が結束を強めるのも時間の問題か。
魔族から見た人間は身勝手そのものだ。
怒りを沈めなければ、興奮して眠れないな。
部屋の明かりを消して、無理やり目を閉じた。
「魔王ヴィル様、お食事は?」
「いい。悪いな」
朝食を運んできた女魔族に言う。
鶏ガラを煮込んだような匂いがしていたけど、あまりお腹が空いていなかった。
「・・・そうですか。では、失礼します」
「・・・・・・・・・」
窓の外を眺める。雨雲がかかっているな。
「魔王ヴィル様。おはようございます。お早いですね」
カマエルが研いでいた刀を下ろして話しかけてきた。
「俺はこれからダンジョンへ向かう。城のことは頼むよ」
「魔王ヴィル様はあの奴隷の娘が気がかりなのでしょうか?」
「気がかりというよりは、見回りも兼ねてといったところだ。昨日のように、魔王城に近づく鼠に気づくということもあったからな」
ギルドの奴らを殺したくてうずうずしていた。
俺も少し、冷静にならないとな。
「左様でございますね。私たちも時折、見回るようにいたします。変な動きのする人間を見つけたらすぐにでも行動に移しますので、ご安心ください」
牙を見せてにやりとしていた。
カマエルは上位魔族にしては余裕があるな。
担当するダンジョンを増やすべきだろうか。
「城のことは頼んだぞ」
「かしこまりました。何かございましたら、すぐにお知らせいたします」
魔王の城は広く、全てを確認していたわけではない。
どんな部屋があるのかわからないが、ほんの一部しか見ていないのだけは確かだ。
アイリスの無事を確認した後、ププウルに案内を頼むか。
「では、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
軽く地面を蹴る。
勢いよく扉から出ると、ダンジョンのあるほうへ飛んでいった。
低空飛行しながら、魔王の城の森付近に人間の気配がないことを確認する。
いたところで、上位魔族がいれば問題が無いけど、一応な。
目を凝らしていたが、どこまでも静かな森が続いているだけだった。
しばらくすると、崖が見えてきた。
「ん・・・・なんだ・・・・?」
1人の人間がダンジョンの入り口付近をうろうろしている。
ドアを開ける様子を探っているようだ。
― 魔王の剣―
ズンッ
「!?」
すっと降りて、後ろから剣を突きつける。
「そのまま動くな」
「・・・・・・・・・」
うなじに汗が伝っているのが見えた。
武闘家の格好をした青年だった。
見た感じ特殊な能力も感じない、ギルドの階級を持っているのかも微妙だな。
「振り返れば殺す。何しにここに来た?」
「こ・・・ここの・・ダンジョンが魔族のものになったって聞いて」
震えながら、扉に手を付いて話していた。
「だったらどうするつもりだ?」
「ただ見に来ただけだ。本当だ」
「なぜお前にその必要がある?」
「人間の攻略したはずのダンジョンが、魔族のものになっていると聞いたんだ。町では理由がわかった者には多額の賞金が出るらしい。俺の村には情報が無いから、ただ聞いた話だ」
足がガクガクしていた。
「き・・・・君こそ・・どうしてここへ?」
「質問しているのは俺だ。立場をわきまえろ」
「・・・・・・・・・・」
足元の砂利が小さな音を出す。
「ギルドのクエストとして来たのか?」
「違うっ・・・。俺は弱くてギルドに入れないから・・・情報を持っていけばギルドに入れてもらえると思ったんだ。ここの近くの村に住んでるんだ。俺がいち早くこの情報を・・・・」
「そうか」
手をかざす。
ギルドの人間でなければ興味はないな。
― 口封呪印―
「んん何が・・・・・口がおかしい?」
両手で口を押えていた。
「どんな魔法をかけられたかわかるか? お前がここで見たことを誰かに伝えれば、死ぬ呪いだ。伝えようとしただけでも死ぬことを忘れるな。ギルドには行かないほうが賢明だな」
「・・・・・・・・・!?」
「わかったら、こちらを振り返らずに、そのまま壁を伝って去れ」
「わわわ、わ、わかった」
じりじりと右に移動してから、転びそうになりながら去っていった。
小さく見えなくなるまで眺めていたが、こちらを振り返った様子はない。
本当に、ただ一人で来ただけなのか。
無謀な奴だ。
手を振って、魔王の剣かき消す。
『おぉ、意外と早く戻ってきたのだな』
ダンジョンの精霊シンジュクが現れる。
「まぁ・・・・一応、ひと段落付いたんでね」
『魔族の王も忙しいな』
「・・・・アイリスは・・・?」
『まだクエスト中だ。最下層へ案内しよう』
「大丈夫・・・なのか?」
『あぁ、順調にこなしているようだよ。もうすぐ戻ってくるだろう』
「そうか」
ほっと、胸を撫でおろした。
ズズズズズズズズ
扉が開いた。ふわふわ浮くシンジュクの後を付いていく。




