160 カルマ⑫
「ハナは優秀な魔法使いでした。彼女が生きていたなら、十戒軍は・・・そうですね。ただ、魔族から民を守るだけの組織で、この島内で収まっていたかもしれません」
「そう」
サタニアが黄色の花を供える。
ハナの墓は、ダンジョンのすぐそばに作られていた。
「ヴィル、どうするんだ? このままダンジョンに行くの?」
「あぁ、願いを叶えるダンジョンだとは思えないけど、興味はある。せっかく、はるばるこの地に来たしな」
「そうだね」
エヴァンがハナの墓の木に手を当てる。
「だ、ダンジョン・・・・って、やっぱり魔族が出てくるんですか?」
ユイナが花を持ったまま震え上がっていた。
「んなわけないでしょ。魔族は王であるヴィルが管理してるんだから」
「そ、そうですよね」
「ユイナ、死にたいっていう割には、ダンジョンでびくびくするんだな」
「私、お化け屋敷とかそうゆう暗いところで脅かすようなものが苦手で。ホラーゲームは全然やったことないんです」
エヴァンが呆れたようにため息をつく。
「サタニアはまだそのお面持ってくのか? 今更、人間に見つかったって何もないだろう」
「なんか気に入っちゃった。私が死んでた間、ヴィルが大事にしててくれたんでしょ?」
「少し、借りてただけだって」
「ふうん」
狐の面をくるくる回してから、腰につけていた。
「では、僕はここで皆さんが帰ってくるの待ってますね」
ミイルがすっと離れた。
「堕天使ですから、ダンジョンの精霊には干渉しません」
「そうか」
「入り口は、そこ。ヴィルが壊したところですよ」
入り口は砕けた岩で塞がれていた。
ダンジョン付近の崖には、巨大な穴が開いている。
いつ、どこが崩れてきてもおかしくないほど、脆くなっていた。
「・・・エヴァン、俺、どんなふうにアレをやったんだ?」
「火を噴くみたいに、ビームを出したんだよ。一瞬であたりを灰にするしさ、俺でさえ避けるの精一杯だったんだからな」
「私もハラハラしていました」
ユイナが身震いしていた。
「あ、ダンジョンに入るなら、防具は軽めのほうがいいですね。変更しておきます」
「!?」
空中で指を動かすと、ユイナの装備が切り替わっていく。
「アバターってやっぱりなんか違和感があるな」
「見慣れるよ。俺はゲームで見慣れてるから」
エヴァンと小声で話していた。
「これが素早さを最大にアップする防具みたいです。アバター既存の防具なので、あまり期待はできませんが。動いた感じ、皆さんの荷物にはならないでしょう」
ユイナが両手を広げて回ってみせた。
「は・・・?」
「な・・・な・・・・」
「うわ、エロいな・・・」
透けそうな下着に、ピンクのレースで覆われた服だった。
ユイナが自分の服に気づいて、ぱっと屈む。
「ち、違います。間違えただけです!! なんでこんな装備が・・・」
慌てて防具を変更していた。
「あの子、サタニア以上に痴女かもよ」
「私を痴女って断定しないで。あと、ヴィルはあまり見ちゃ駄目」
「はははは、本当、面白いパーティーですね」
ミイルが木の上から笑いながら言う。
「全然、緊張感のないメンバーだけどな」
「それくらいがいいです。いってらっしゃい。ハナのダンジョンへ」
「あぁ」
ミイルが墓に供えられた小さな花を見てから、手を振っていた。
ドドドドドドッドドドッド
サタニアが岩を蹴飛ばして、道を作る。
「ふぅ・・・こんな感じかしら」
砂埃を払った。
「あぁ、ありがとう。入れそうだな」
マントを翻して、ダンジョンの中へと入っていく。
指先に光を灯した。
「ん、そういや、サタニアとエヴァンはダンジョン初めてか?」
「まぁね。ダンジョン攻略は、基本的にギルドの役目だったし」
エヴァンは後方を照らしていた。
「あまり変なところを触れるなよ。トラップが起動するからな」
「へぇ、ヴィルもトラップ起動させたことあるの?」
サタニアがにやにやしながら隣に並んだ。
「まぁな・・・」
俺じゃなくて、アイリスだが・・・。
「きゃあっ」
バサバサバサー
「コウモリだよ。大げさだな」
「だって・・・そうです。私も、武器を選択して・・・双剣を持っておきます。風のローブで素早さがアップしている今は、双剣が相性がいいので」
ユイナが指を動かして、武器を変更する。
「装備品を変更するのはいいけど、露出の高いのはダメだからね。特に、ヴィルがいるときは」
「は、はい。そのようにします」
サタニアがちょっと睨んで、そっぽ向いた。
魔族は元々、露出の高い服を着てるし、なんとも思わないけどな。
ダンジョンは地下へ向かって、広々としている階段が続いていた。
舗装されていなく、人のいた気配もない。
ほぼ放置されたダンジョンのようだな。
「ここまで何も仕掛けもないと、かえって拍子抜けするな」
「ただ、広い階段を下りてるだけですね」
「もうどれくらい降りてるのかしら。マップとかあればいいのに」
「ヴィル、そろそろ休憩に・・・」
「しっ・・・」
「!」
腕を伸ばして、エヴァンたちを止める。
階段横にある部屋・・・暗闇の向こうに、殺気のようなものを感じた。
― 魔王の剣―
ガンッ
「ヴィル!」
「お前は誰だ?」
『キサラギに気づくとは・・・・・・』
手を覆うふわふわの白い毛、白い髪、猫耳の少女の作ったシールドに弾かれた。
見たことのない種族だ。異世界住人でもない。
この気配は感じたことがある。
でも・・・。
『お前か。よくも、ダンジョンを壊してくれたな』
キッと睨まれた。
『ぜぇったーい、許さないから』
「おっと、物騒だな」
炎系の魔法を使ってきた。
ボムのようだったが、ダンジョンの壁や床にあたるとすぐに消えていく。
威力はそこそこか。素早くかわしていった。
ボボボボボボッボボボ
『すばしっこい奴ら』
「キサラギってなんか聞いたことあるわね? 異世界の言葉だったかしら」
サタニアが軽やかに避けながら言う。
「貴女は、ダンジョンの精霊なの?」
ユイナが双剣で弾きながら、キサラギに声をかけた。
『そう。キサラギはダンジョンの精霊。この場所をずっと大事にしてきた。友達との約束の大切な場所』
絶え間なく攻撃を撃ってきた。
ユイナが真っ先に、キサラギに突っ込んでいく。
「ユイナっ、お前また死のうと」
「違います。私のアバターのステータス表示の次のページに彼女の情報が載ってたんです。ここが弱点だって・・・・」
『ふぇっ・・・・』
カラン カラン
ユイナが双剣を落として、両手でキサラギの猫耳を塞ぐ。
『はわぁあぁぁ、や、止めて、くすぐったくて、なんか力が』
攻撃の手が止まって、手をだらんとさせていた。
「マジか、ヴィル、弱点なんか見えたか?」
「いや、魔王の目でも見えなかったな」
「よかった」
ユイナがふぅっと息をついていた。
「でも、なぜ、私の画面にだけ表示されたのでしょうか。他の方のステータスや弱点なんて見えることないのですが・・・・」
『やめて!!』
キサラギが手を頬にあててプルプルしていた。
毛をぶわっと逆立てる。
『やめて、止めて! これ嫌い! もうしないから。約束する。もう攻撃しないから!!』
「・・・ユイナ、離してやれ」
「はっ・・・はい」
ユイナがぱっと手を挙げた。
キサラギがくるっと回って、後ろに着地する。
『キサラギの攻撃を全てかわして、弱点までついてくるとは・・・・侮れない』
ガラス玉のような丸い目で睨みつけてきた。
「キサラギちゃんは可愛いですね。ケモ娘って私も好きです。ゲームでパーティー組むなら絶対入れていました」
『何を言っている? は、また耳を狙って。もうしないって言った』
「ふふ、もうしないから大丈夫です」
『・・・・・』
ユイナがにこっとすると、キサラギが口をむずむずさせていた。
「なんだかよくわからない子だね」
「こうゆうダンジョンの精霊は初めてだな」
「そうなの?」
「あぁ」
キサラギが耳をごしごし掻いていた。
『うぅ、まだくすぐったい。まだこしょこしょする』
「ねぇ」
エヴァンがキサラギの傍に寄っていく。
『!』
「本当にダンジョンの精霊なの?」
『ん?』
キサラギが猫耳をぴょんと立てて、頷いた。
『そう。キサラギは正真正銘、このダンジョンの精霊』
「ふうん・・・・・・・」
『そうだ。ハナ、ハナはどこだ? ここを知っているってことはハナのことも知ってるんだろ?』
尻尾をふさふさ揺らしながら言う。
ハナを知っているということは、こいつがミイルの言っていたはじまりのダンジョンの精霊か。
人と獣のようなダンジョンの精霊を見たのは初めてだ。
今まで、攻撃なんてされたこともないしな。
でも、ダンジョンはキサラギの魔力と繋がっていた。
はじまりのダンジョンか・・・。
信じがたかったが、間違いないようだ。
「・・・・・・・・・」
エヴァンと顔を見合わせると、肩をすくめていた。
魔王の剣を解く。まずは、こいつに話を聞いてみるか。




