157 カルマ⑨
人間の叫び声が上がる。
魔法などを撃ってきたが何も感覚がなかった。
「がっ・・・・」
巨大化した手で、真っ先にルークを掴む。
「そ・・・・それがお前の本来の姿か」
「・・・なぜ、お前はサタニアを殺して平気なんだ?」
「一人の魔族の命で大勢の人間が助かる。俺は、それを選択したまでだ。当たり前だろ?」
「・・・・・」
「この世に、魔王は2人いらないからな」
手に力が入る。
「殺してやる」
「待て。め・・・面を付けたまま現れたときは、サタニアだと思わなかった。わざわざ誰からも見つからないように、この場所、俺のいるところまで来たようだ。可哀そうな妹だったな。お前らだって、こんな無意味な戦いを止めたほうが魔族のためになる・・・」
吐き捨てるように言う。
「サタニアの死を犠牲にするな」
なぜか、こいつは、まだ自分が助かると思っているようだ。
おそらく俺に刃を向けている他の人間どもも同じだ。
自己肯定感からか?
そうか、人間はやっぱりクズだな。
渦巻くような怒りが体を支配する。
どうでもよかった。こいつらの言い訳を聞くだけで虫酸が走る。
ドンッ
闇に乗っ取られて、視界が真っ暗になった。
「オーディン、いたのかよ」
「おう、マリアが居たら随分大きく出るじゃねえか」
「マリアは今いないよ。他のシスターと、礼拝堂の清掃の手伝いに行った」
これは・・・夢か?
「なんだ、せっかく土産を持ってきたのに」
テーブルの上に、紙に包んだ肉を置いていく。
「直接渡せばいいだろ? そのほうがマリアも喜ぶ」
「急いでるんだ、依頼が来たからな。ダンジョンの魔族が暴れまわってるんだと」
オーディンが防具を装着しながら言う。
「またか」
「勇者は忙しいんだ」
「ふうん。魔族ってそんなに悪い奴なのか?」
「ははは、魔族が悪いわけじゃない。お前には難しいかもしれないが」
オーディンは醜い心を持つのは人間も同じだと言った。
「じゃあ、殺す意味ないじゃん。何で、国に勇者がいるんだよ」
「勇者は・・・そうだな、みんなの希望みたいなものだ。魔族が悪いかどうかは関係ない、でも、人間の敵であることは確かだ。敵がうろうろしていると、みんな不安に思うだろう? だから、英雄が倒しに行く」
「なんか、よくわからないな」
オーディンを睨みつけて息をついた。
「ったく、可愛くねぇガキだな。マリアが育てて、どうしてそんな卑屈になるんだよ」
「さぁな。実の親がクズだからじゃねぇの?」
「はは、そうだな。否定はしねぇよ」
オーディンの装備品は王国から貰ったものだ。
クエストに行くたびに豪華になっていった。
マリアは、オーディンたちがこの施設へ寄付しているから生活ができているのだと話していた。
いつも感謝している、と。
でも、マリアはオーディンのいい部分しか見ようとしないからな。
「戦いに出るとな、人は命を数で数えるようになる」
「ん?」
「1人死んだだけで済んだだとか、2人死んだだけで100人が救われただとか。死んだ奴を勝手に英雄扱いするんだよ。本当はそいつだって、死にたくなかったかもしれないのにさ。俺もいつかそうゆうふうに、考えるようになるんだろう」
「何が言いたいんだよ」
変な稽古をしないときは、興味のない話をしてきた。
「勇者は大変だってことだ。お前が勇者になる日がきたら、心に留めておけ」
「んなわけねぇだろ。早く行けって」
「ははは、そうか・・・」
背を向けたまま、笑っていた。
腰に差した剣が、重く輝いている。
どうして今更、こんな話を・・・。
暗闇の中は虚無だった。
しばらくすると、声が聞こえてくる。
「・・・ィル・・・ヴィル!」
エヴァンの声・・・あぁ、俺は確か戦闘中だった。
体がドラゴン化していて、闇に飲み込まれるような感覚があって・・・その後は記憶が・・・。
「おぉっ、起きたか!」
「っ・・・・・」
腕が熱い。
「!!」
エヴァンが岩に俺を押し付けて、剣で左腕を刺していた。
額からうっすら血が流れて、息切れしている。
「はぁ・・・・ミイル、戻ったよ」
「僕とエヴァンの合技がうまくいってよかったですね。一か八かでしたが」
「すげー・・・疲れた。二度とやりたくない・・・」
「ククク、つれないですね。元々、僕は人間とともに戦ってましたから、こうゆうの得意なんですよ」
ミイルが漆黒の翼を伸ばして、腕や目を確認しにきた。
「うんうん。何ともないようですね。禍々しい闇も取れています。さすが魔王ですね」
「何があった・・・・?」
「覚えてないのか? やっぱり。あ、剣を抜くよ、ちょっとそのままにしてて」
エヴァンが回復魔法を使いながら、丁寧に剣を抜いた。
マントが血で染まっている。
ゆっくりと周囲を見渡す。
「な、なんだ、これは・・・・」
草原や木々があった場所は、更地になっていた。
死体どころか、人間のいた形跡すら残っていない。
茶色いごつごつした土や岩が続いているだけだ。
「全部、ヴィルがやったんだ」
「俺が?」
「はい。ミハイル王国の兵士200人、十戒軍50人、その他ちらほら人間も居ましたけど、すべて貴方が跡形もなく殺しました」
「!?」
手を見つめる。
鋭い爪も無くなり、全て元に戻っていた。
「誰もいなくなってもなお暴走し続ける貴方を、僕とエヴァンで止めたんです。あれがテラのかけた呪いですか。あんな魔法が存在することに驚きましたよ」
「ったく、俺たちが居なかったら、この島ごと沈めてたよ」
エヴァンが息をついて、剣を収めていた。
「ヴィルはテラの被害者ですから、受け止めきれないのは当然です」
「・・・・・・・」
呆然として、砂を払う。
記憶が切り取られたように抜け落ちていた。
「これは、伝説に残るでしょう。ミハイル王国には非戦闘員しかいなくなってしまった。今攻められたら、終わってしまいますね。元々終わっていたような国でしたけど」
ミイルが遠くを見つめながら言う。
「全てをやり直したほうが、彼らのためにもなります。生き残った者は少ないですが、いい加減、目が覚めるでしょう」
「サタニアは・・・どうした?」
「・・・・・・ユイナと退避してたよ。洞窟の中に」
エヴァンが額の汗を拭いながら言う。
「行こう。早いほうがいい」
「あぁ」
「ヴィルの、あのビームみたいなやつ、ちょうど洞窟を避けてくれてよかったよ」
「は? ビーム?」
「今度説明するよ。王国まで吹っ飛ぶかと思ったから」
「僕がギリギリのところで、軌道を変えました。僕としては王国ごと吹っ飛ばしてもらっても構わなかったんですけど、どうしても守りたい場所があったんでね」
「そうか・・・・・」
これがテラが俺にかけた呪い。
こみ上げてきたのは、今まで感じたこともないような、異質な魔力だった。
軽く練ってみても、同じ魔力は湧き出てこない。
でも、俺はどこかでこの感覚を覚えている。
「それより、急ぎましょう。洞窟はこちらです」
「・・・あぁ・・・」
ミイルが地面を蹴って素早く飛んでいた。
「あ、ヴィル様っ」
洞窟に入ってすぐ、端のほうにユイナとサタニアがいた。
サタニアは手を組んで、目を閉じている。
横には狐の面が置いてあった。
血の付いた水晶の小刀が、地面に突き刺さっている。
「服は替えました。あのワンピースは、サタニア様に似合わないので」
「そうだな」
血に染まったワンピースではなく、いつものサタニアの服を着せられていた。
「あの、死者蘇生を使えば・・・私はできませんが、蘇らせる方法はあるんですよね? このまま死ぬなんて、ないですよね?」
ユイナが目に涙を浮かべて、訴えるように聞いてくる。
「僕が見るに、サタニアの魂はもうここにありません。肉体蘇生を使っても、もう戻らないでしょう」
「・・・・・・」
背筋が冷たくなる。
ユイナがそっと、サタニアの髪を梳いた。
「そんな・・・・こんなに、綺麗なのに・・・何か方法はないんですか? この世界には、魔法がたくさん、たくさん、溢れているのに」
「俺の知る限りでは、もう、無い」
「そんな・・・」
ユイナが顔を真っ赤に腫らして泣いていた。
しゃがんで面を拾う。微かにサタニアの匂いが残っていた。
「こいつは、やっと異世界に転移してきたのに・・・こんな終わり方ってありかよ・・・」
エヴァンがその場に膝をついていた。
「エヴァン様」
ユイナが泣きはらした顔で、エヴァンのほうを見る。
「はは・・・正直、サタニアが死ぬとは思っていなかったな。想像したこともなかった。なんか生き返るような気がしてたんだよ。実は仮死状態でした・・・とか、十戒軍がどうにかするとかさ」
「・・・本当にな」
「・・・・・・・」
怒りの行き場を、もうどこへ向けたらいいのかわからない。
ただ、受け止めなければいけない事実があるだけだった。
「だって、あいつらが召喚した魔王だろうが・・・使い倒して、犠牲にするなんて・・・あんまりだろ。全員、死ねよ。いや、死んだんだけどさ」
エヴァンが振り絞るように言う。
サタニアの魂はここにない。俺でもわかった。
でも、どこかで助かるのではないかという、期待があった。
今、目の前にあるのは、ただの抜け殻だ。
死んだ・・・ということだ。
サタニアは死んだ。
サタニアは死んだんだ。
スッ
サタニアが持っていた面を付けて、立ち上がる。
「ヴィル、どこに行くんだ?」
「少し一人になりたい」
「・・・了解。暴走はするなよ」
エヴァンが肩を小突く。
「触れなければ、アレにならないからな」
「うん・・・気を付けて」
「・・・・・」
「・・・・・」
静寂が降り落ちる。
ユイナのすすり泣く声だけが響いていた。
洞窟を出て、崖の上の木を駆け上がっていく。
満月だった。雲が晴れて月明かりが煌々と照らしている。
嘘みたいだった。
悪い夢の中にいて、いつか覚めるんじゃないかって。
また失ったのか。
「・・・・・・・・」
面越しの月明かりは、ぼやけていた。
このまま待っていたら、流れ星と一緒に、サタニアが降りてきそうなくらいに。




