155 カルマ⑦
「俺はこいつのこと、悪く言える立場じゃないんだけどね」
エヴァンが岩陰に寝かせたユイナを見ながら言う。
「ん?」
「俺も医者に余命宣告されて、何も抵抗しなかったから」
「余命宣告?」
「まぁ、いろいろあって、世界が嫌になったんだよ。でも、今思えば、ほんの一瞬の、気持ちの揺らぎだったのかもな」
エヴァンが近くにあった石ころを宙に投げながら言う。
「お前といい、サタニアといい、なんだかんだ異世界が好きだよな」
「ははは、魂にこびりついてんのかな。もう、思い出したくもないのに」
力なく笑う。
リョクがいないとエヴァンはネガティブになる。
「こっちの世界に来て、なんでも思い通りになると思ったのにな。なかなか上手くいかないよ」
「リョクと会ったことと関係してるのか?」
「さすが・・・鋭いね・・・」
「お前はリョクに会ってから、あからさまに喜怒哀楽が激しくなったからな」
「・・・そう?」
エヴァンが珍しく自信なさそうな表情をしていた。
「気をつけなきゃな」
バサッ
「?」
木の枝が落ちてくる。
顔を上げると、ミイルが細い枝に立って遠くを見つめていた。
「ミイル、何してるんだ?」
「・・・ちょっと、人間の動きが気がかりでしてね。何ともないとは思うんですけど。もう少し見ています」
「気になることでもあるのか?」
「はい、おかしいんですよね。結構時間が経ってるのに、戦闘が始まってないなんて。まぁ、こっちはこっちで見ているので、気になさらずに」
ミイルが翼を広げて、上昇していく。
「あれ・・・私、どうしてここに?」
ユイナがぱちっと目を覚まして、起き上がった。
「体は大丈夫か? 細かい傷があったから、一応治しておいたが」
「は・・・はい・・・・でも、どうして、ヴィル様が?」
腕や足の傷は治っていた。
かすり傷だったけど、魔族ではないからな。
「ヴィルは優しいんだよ。魔王だけどさ」
「茶化すなよ」
「本当のことじゃん」
エヴァンが岩に寄り掛かりながら言う。
「なんか不思議な方たちですね。すごく恐ろしかったのに」
「別に魔族だから恐ろしいわけじゃない。俺たちは力が強いだけだ」
岩を伝う湧き水で、人間の血を洗い流しながら言う。
「ユイナ、さっきはカッとなって悪かったよ」
エヴァンがユイナの手を取った。
「異世界住人が根本的に嫌いでさ」
「わかってます・・・私のほうこそ、すみません」
ユイナが気まずそうなエヴァンに軽く笑いかけていた。
ゆっくり立ち上がる。
「私も人を殺しました。まだ感触があります。自分が彼らを殺してまで生きる価値のある人間だったのかはわかりませんが、ここにいる覚悟はできました」
髪を触りながら言う。
「本当か? こんな短時間で納得できる話じゃないと思うんだが」
「今で死んでアリエル王国に戻っても、簡単に向こうの世界に帰れるとは思えないので・・・死にたいとは思っていますけど、死なないほうが正解でした」
「ん、そうなの?」
「はい。戦ってみて気づいたのですが、私はこっちの世界へのシンクロ率が思った以上に高い。ステータス変更には通常タイムラグがあると聞いていましたが、私の場合は全くありませんでした」
指を動かして何かを見ながら自分の状態を確認していた。
唇に手をあてて、少し考えている。
「異世界住人にも2種類いるらしいです。シンクロ率は低いけど、こっちに来た普通の人間、シンクロ率が高いから、無理やり転移させられた人間」
「何が違うんだ?」
「テラには、シンクロ率が高い人間ほど、向こうの世界に戻る際に精神に異常をきたすかもしれないって言われています。普通の人間は問題なく帰れますが、私は難しいでしょうね」
「えっ? マジで?」
エヴァンが、前のめりになる。
「色んなことが半信半疑でしたが、あの死がよぎった感覚だと、本当みたいですね。私は死んでアリエル王国に辿り着いても、向こうの肉体で正常に目覚められるか」
「死ぬってこと?」
「簡単に言うと、精神が戻らず、精神異常という言葉で片づけられると思います」
手のひらをじっと見つめていた。
「簡単に、死ななくてよかったです。私には待ってる人たちが・・・」
「ククク、貴女は嘘が下手ですね」
いきなりミイルが戻ってきて、ユイナの隣に並ぶ。
黒い翼がふぁさっと軽い風を起こしていた。
「本当はこっちで死んで、向こうでも死ねたらって思ってたんでしょ?」
「・・・・・・・」
「僕には嘘はつけませんよ。一応堕天したとはいえ、元は天使だったのですから。心が見えるんです」
少し驚いた後、視線を逸らしていた。
「リュウジとかいう、仲間がいるんだろ? 戻りたいんじゃなかったのか?」
「そうですね・・・自分でも、わからないんです・・・・」
ユイナが俯いて、岩の凸凹をいじっていた。
「ヴィル、人の心は変わるのですよ。経験があるでしょう?」
「俺は別に・・・・」
「時には自分の心と向き合う時間も大事です」
ミイルが諭すように言ってきた。
「私は無理やり転移させられたから、何も準備ができてなくて・・・」
「貴女の人生なのに、貴女は人のせいにしすぎです」
「でも・・・・」
「それならどちらの世界にも実体がないのと同じですよ。全く、これだから人間は複雑です。こうゆうのを見ていると、僕は堕天使でよかったって思いますけどね」
「・・・・・・」
ユイナが俯いて口をつぐむ。
ミイルが悪魔のように突いていた。
「ユイナが目覚めたなら洞窟に行く、ここで長居しても意味ないからな」
「りょーかいー。魔族の姫様がどれだけ暴れてるのか見ものだね」
エヴァンが伸びをしながら言う。
「はいはーい。じゃあ、準備しますね」
「きゃっ・・・」
ミイルがユイナを丸いガラスの守りの中に入れた。
指を動かして、ふわふわ浮かせる。
「ちょ・・・下から見ないでください!」
「ユイナって、異世界住人が好きそうなアバターだよね。顔も可愛くて、胸が大きくて、下着がエロくて、露出も高め・・・」
エヴァンが見上げながら、冷静に分析していた。
「ゲーム配信者だったら人気出るんだろうな」
「・・・まぁ、魔族はみんなあんな感じだから見慣れてるな」
「そうそう、魔族も美少女多いよね。はぁ、リョクが僕っ子でよかったよ。いちいち、露出を気にする必要ないからね」
「もう! み、見ないでください!!」
ユイナが顔を真っ赤にしながら、スカートを押さえる。
「行くか」
岩に手をついて、地面を蹴る。
「はい」
「・・・・・?」
ミイルの飛ぶ速さが上がっていた。
何かあったのか・・・?
「今から行く、十戒軍結成の洞窟は、もともとダンジョンがあった場所なんですよ。はじまりのダンジョンです」
「お前が言ってたダンジョンか。精霊はいないのか?」
「十戒軍がいるからか、僕がいたときは出てきませんでしたね。今後どうなるのかはわかりませんが」
翼を平らにしながら、飛んでいた。
洞窟に着くと人だかりができていた。
ミハイル王国の兵士か。さっきの人間と大体同じ服装をしている。
「何している? あいつらは」
「突入しようとしているのか? よくわからないな・・・サタニアがいるから入らないとか?」
「サタニアならこの程度の人間、一掃できるからな。とりあえず、降りて状況を・・・」
「待ってください」
降りようとしたときだった。
ミイルの翼が俺たちの動きを止めた。
「なんだよ」
「見てください。あれ・・・・」
洞窟の中から十戒軍の魔導士5人が出てきた。
馬に乗った兵士と何か話をすると、奥のほうに合図を出している。
洞窟から黒いローブを着た人間たちが4人、木の棒を持って現れた。
十戒軍・・・・。
紫色の長い髪が・・・・。
「サタニア!?」
サタニアが棒に括りつけられていた。
「!?」
どうして、サタニアが?
「薬? か何かで眠らされているのでしょうか?」
ユイナがガラスに手をついて、身を乗り出す。
「ヴィル! 早くサタニアを起こさないと。奴ら、何するかわからない」
「・・・・・・・・」
「私がこのまま降りて、見てきましょうか? ミイルがかけた魔法の中では、私は人間から見えないようですから」
ユイナが目を凝らしていた。
「・・・・いや・・・」
呆然としながら、サタニアを見つめていた。
「サタニアは死んでる」
「は・・・?」
「え・・・・」
「・・・・・・」
信じられなかった。
サタニアに生命反応がない。
「え・・・・嘘だろ。だって、サタニアが、こんな人間に負けるはずなんて」
「でも、そのようですね。堕天使の私から見ても、サタニアは、もう・・・」
「・・・・・・・」
ミイルが伸ばしていた翼を戻すと、黒い羽根がひらひらと宙を舞って、人間の傍に落ちていった。




