152 カルマ④
「ヴィル、ここにいたの?」
城の屋根にいると、サタニアが話しかけてきた。
十字架のネックレスを仕舞う。
「来てくれると思って、お風呂に入って待ってたのに」
「言っただろ。一人になりたいって」
片膝を抱えて、遠くのほうを眺めていた。
暗い海がずっと続いている。
「アイリスのこと?」
「・・・・・・・・」
サタニアが隣に座ると、バラのような香りがした。
紙切れを出して、月明かりに照らす。
「こんな紙切れに、1000年も前の十戒軍の経典が残ってるなんてね」
「よく見つけたな」
「こうゆうの、運命ってやつなのかしら」
サタニアが微笑む。
「運命ねぇ・・・」
天使ミハイルの名前が書いてあった。
「・・・・何者だと思うか? アイリスは」
「珍しいのね。ヴィルが、私に聞いてくるなんて」
「そういう気分のときもある」
夜風にあたると、遠い過去のことを思い出す。
「でも、アイリスのことは、私よりもヴィルのほうが知ってるでしょ?」
「俺も知らないよ」
アリエル王国王女アイリス、導きの聖女アイリス。
オーバーライド(上書き)をするときに現れる、”名無し”というもう一つの姿が、1000年前のアイリスと関係しているんだろうか。
わからないことだらけだった。
アイリスは俺に重要なことは話さない。
会えば、いつもくだらないことばかりで・・・。
「アイリスはお前にどんなこと話してたんだ?」
「アイリスと話したことなんて、ほとんどないでしょ」
「七海だった頃だよ」
「・・・・お、覚えてないわよ、そんな昔の話・・・」
「そんなわけないだろ?」
「・・・・・・・・」
サタニアが少し考えていた。
「言いたくないならいい。なんとなく聞いてみただけだ」
城下町は夜になると、ぼんやりとした明かりが灯っていく。
「・・・・アイリスは明るくて、素直で、ヴィルと行ったダンジョンや魔族の話をしていたわ。本の中の話を聞いているようだった。最初は詐欺かなって思ったんだけどね、あまりに楽しそうだから信じてみたくなったの」
「そうか」
「情報となるようなことなんて話してない。ヴィルのこととか、魔王城のご飯が美味しいとか、上位魔族の魔法が綺麗とか・・・そうゆう話ばかり」
「・・・・・」
思い返すと、いつも話がかみ合っていなかったな。
しっかりしているようで、どこかフワフワしているのがアイリスだ。
久しぶりに会ったときも、変わらなかった。
好奇心旺盛で、ダンジョンでは変なトラップに引っかかって・・・。
再会したら、いきなり強くなっていた。
「何か複雑な事情があるのはわかってたけど・・・1000年前、アイリスが存在してたなんて、信じられない。多くの知識があったなら、使う場面はいつでもあったのに」
「そうだな」
「でもね、ミイルの言うことは筋が通ってるの。私が十戒軍に聞いていた話とも、辻褄が合う。信じられないけど、本当のことよ」
「あぁ・・・わかってる」
俺が見ていたアイリスは、何だったんだろうな。
きっと、導きの聖女を名乗ったアイリスは、全ての記憶が戻っていたのだろう。
「ヴィルは、アイリスが怖いの?」
「・・・・・いや、アイリスのことは何とも思っていない。どうなろうと知ったことではない」
「そう?」
目を細めてこちらを見てきた。
怖い? 怖いわけじゃない。俺は魔王だ。
アイリスがどんな力を持っていようと関係ないし、どうでもいい。
ただ・・・・。
「嘘つき」
「!!」
視界が紫色の髪で覆われた。
サタニアが唇を重ねてくる。
「サタニア」
しっとりとした手で、頬を撫でる。
「私はヴィルのこと好きよ。この世界に来たこと、後悔してないわ」
「なんだよ。急に・・・」
「言っておきたくなったの」
すっと立ち上がって、城の瓦礫を見つめていた。
「そういえば、どうしてお前は処刑台に行ったんだ?」
「・・・気まぐれよ」
ふっとほほ笑むと、軽やかに飛んで城の中に入っていった。
白い月明かりが煌々としている。
「おはようございます。みなさーん。起きましたか?」
ミイルが勢いよく部屋に入ってきてカーテンを開けた。
「起きてください。今度は城のキッチンからできたてのパンを持ってきましたよー。今度こそ美味しいはずです。あ、バレてたらすみません。人間たちは僕が見えないので、バレるはずなんてないんですけどね」
「朝から大声出すなよ」
早朝からハイテンションで、耳が痛くなる。
「はははは、みなさんがいると思うと目が覚めるのが早くて。ちなみに、今更、城の中はサタニアが殺した人間の捜索でバタバタしていますよ。しばらくゆっくりしていても気づかれないでしょう」
「ふわぁ、おはようございます」
ユイナが目を擦りながら体を起こした。
エヴァンがお腹を出して、もごもご口を動かして寝ている。
こいつら、本当、どこでも寝れるよな。
「ヴィルは本が好きですね。何の本ですか?」
「その辺にあった魔法書だよ。大したこと書いてなかったけどな」
本を閉じて、テーブルに置いた。
3冊くらい目を通したが、魔王城の倉庫にあった本と同じようなことしか書いてない。
島国だからもう少し、変わった本があるんじゃないかって思ったんだけどな。
「そういや、サタニアを見なかったか? 今朝からいないんだ」
「サタニアなら一人で十戒軍の拠点に行きましたよ。『偶像の禁止』? 名前は知らないですけどね」
「!?」
「僕は止めませんよ」
ミイルがパンを渡しながら言う。
「堕天使に、そんな権利ありませんから」
「あの、一人で・・・・って。何かあったんででしょうか?」
ユイナがベッドから足を下ろした。
「この王国の兵は十戒軍を潰そうとしています。この島にある十戒軍を壊滅させることで、国民の信頼を取り戻そうとしてるんですよ。処刑台を目立つところに設置しているのは、十戒軍への脅しという意味もあります」
「・・・サタニアは十戒軍の残党をどうするつもりだ?」
「それは、本人に聞いてみたらいいでしょう」
「・・・・・・・」
窓から、十戒軍の拠点とされている遠くのほうを見つめる。
一人で何しに行った?
ただの偵察か?
自分だけで、十戒軍を葬るつもりか?
心がざわつくな。
「ヴィル様、サタニア様はどうして、十戒軍にこだわるんですか?」
「あいつは十戒軍に召喚された元魔王だ」
「えっ?」
「まぁ、お前が深く知る必要はない」
何か言いたげなユイナを無視して、エヴァンのほうへ歩いていく。
「起きろ!」
「まだ眠いよーリョクちゃんが・・・・」
「リョクはいないだろ。いつまで寝てるんだよ」
「リョク・・・・・」
布団にしがみついて離れない。
本当に面倒だな。
寝起きのエヴァンは、ただの我儘なガキだ。
「しょうがないですね。僕に任せてください」
ミイルがふっとエヴァンの耳元で何かささやいた。
エヴァンが飛び起きる。
「えっ・・・え!? 今のは?」
「ほら、起きました」
「あれ? 今の夢? 夢なのか?」
目を擦って、きょろきょろしていた。
「何やったんだよ・・・」
「ちょっと魔法をかけただけです。おはようございます。あ、お食事は、テーブルからお取りください。同じパンですけどね」
「え・・・魔法? マジか・・・ありえないと思ったけどさ」
ミイルが肩を落とすエヴァンに食事を勧めていた。
「魔法といっても、全てが嘘ではないかもしれませんよ」
「これ以上、俺をからかうなって」
「あはははははは」
エヴァンがミイルを睨みつける。
「エヴァン、ユイナ、準備ができたら十戒軍の拠点に行く。ミイル、サタニアのいる場所はわかってるんだろう?」
「もちろんです。ちゃんとご案内しますので安心してください」
パンをかじりながらソファーに座った。
相変わらず、美味しくないな。昨日のより味がなかった。
「ヴィル、その手は最愛の者に触れると獣化するらしいですね」
手を指さしてきた。
「あぁ、前も話したよな?」
「ただの確認ですよ」
ミイルが顎に手を当てて、こちらを覗き込んでくる。
黒い羽根が、テーブルの上に落ちた。
「・・・何かあるのか?」
「深い意味はありません。ほら、早く食べないと冷めてしまいますよ。一応、焼きたてを持ってきたんですから」
籠の中のパンを指す。
堕天使の考えることはよくわからないな。
「サタニア様は大丈夫でしょうか?」
「あいつは強いからな。ただの人間にはやられないだろう」
「はい・・・そうですよね」
ユイナが心配そうに窓の外を見つめる。
「え? サタニアがどうしたって?」
「面倒だな。すぐ起きないからだって」
「んなこと言ったって、朝は昼頃まで寝るのが基本だろ。リョクちゃんが起こしてくれるわけでもないんだし。ん? 準備してどこに行くの?」
「ユイナ、説明してやれ」
「えっとですね・・・」
ユイナが少しおどおどしながら、エヴァンにサタニアのことを話していた。




