151 カルマ③
今から1000年前、この地域は10日間夜が続き、人々が天使ミハイルに助けを求めたらしい。
原因は飢えに困って人里に入ってきた、魔族の影響だという。
「当時の人間は弱すぎて、魔族に太刀打ちできなかった。僕もその頃は天使でしたからね、人間が汚い生き物だなんて思ったこともなかった」
「・・・お前が・・・・」
「そうです、僕が創設者です。人間を守るために、創りました。魔導士、剣士、召喚魔法を使う者もいましたね。懐かしい話です」
遠くを見ながら言う。
「いきなり10個も軍を作ったのか?」
「違いますよ。十戒軍の本来の意味は、十戒を守る軍という意味です。ただ・・・いろいろあって分けたんですよ。そうですね、初期メンバーは9人です」
ミイルが窓から、ミハイル王国の城下町を指す。
「あそこに聖女の像がありましたよね?」
「あぁ」
「あれは、当時の十戒軍の少女です。少女と言っても、誰よりも魔法に長けていて、みんなに可愛がられていました。彼女の活躍のおかげで、魔族は来なくなったと言ってもいいほどです」
「魔族が来なくなったのに、どうして彼女が石化する必要があったの?」
「・・・ここから先、砂浜の近くに、はじまりのダンジョンというものがあります。1000年前に急に出てきたダンジョンです」
「はじまりのダンジョン・・・」
「そうです。誰かが何かしたわけでもなく、強大な魔力を放ち、突然現れたんです」
ミイルが自分の手を見つめていた。
「ダンジョンからは・・・そうですね。何か得体のしれない魔力が、出てくるような気配がありました。あのときから異世界とこちらの世界は繋がってたんだと思います」
「1000年前?」
「そんな昔から、異世界と? 考えられないんだけど」
「いや、ありえるよ」
エヴァンが口を開いた。
「この世界には、時空を移動する方法がある。未来と過去を行き来できても、不思議じゃない」
「どうしてお前がそんなことを知ってる?」
「アイリス様を見ただろ? そうゆう魔法も存在してるっ言いたかっただけだ。深い意味はないよ」
「・・・・・・・・」
エヴァンが、何かをごまかしているのがわかった。
まぁ、今、深堀することではないけどな。
「得たいの知れないものに、人々は怯えていました。人間はものすごく弱かったから。やがて・・・何かが出てくるような気配が出てきました。今考えると、異世界からの何かだったのでしょう」
ミイルが窓を見つめながら話を続ける。
「十戒軍が戦ったのか?」
「いえ、戦う必要はありませんでした。彼女がダンジョンの精霊を召喚し、封じました」
「ダンジョンの精霊を召喚?」
「禁忌に触れたんです。皆を守るために、幼い少女から魔法を教わりました」
ミイルが羽根をふっと飛ばした。
「彼女がダンジョンの精霊を召喚した後は、他の地から出てきたダンジョンにも精霊が宿るようになりました。不思議ですね。僕はダンジョンの精霊と交流がないので、なぜかはわかりません」
「ねぇ」
サタニアが間に入り込む。
「どうしてそれが石化の理由になるの?」
「彼女は・・・私も気づかなかったことですが、彼女は禁忌魔法でダンジョンの精霊を呼び出していたんです。彼女が動けたのは、10日でした。その後は、みんなに別れを告げて、あの聖女の像になっていきました」
「その、幼い少女とやらは何者だ?」
「・・・・・」
ミイルが長い瞬きをしてから、こちらに視線を合わせる。
「アイリスですよ」
「は?」
組んでいた腕が滑り落ちそうになった。
「皆さんがよく知るアリエル王国王女、いえ、今は聖女でしたね。アイリスです。3~5歳くらいでしょうか。気づいたら、十戒軍にくっついてくるようになっていました」
「・・・・!」
「ま・・・待って、そんなわけないわ。じゃあ、生まれ変わりってこと?」
サタニアが大きな声を出す。
「違います。アイリスは1000年前からいるんですよ。元々、膨大な魔法の知識を持っていました。幼いのに周囲が不気味に思うほど、多くの情報がありました。僕も彼女には驚かされましたね」
「は・・・・・・」
空気が凍り付いた。
「本当なの?」
「信じられないな。別人じゃないのか?」
「間違いありません、アイリスです」
「でも・・・・」
「アイリスの能力に、けた外れのものがあるのは知っていますよね? 得体のしれない魔法といったほうがわかりやすいでしょうか。悪魔的な、ね」
「!?」
「その力の正体は、貴方たちでもわからないでしょう?」
「・・・・・・」
すべてを見透かすようだった。
ユイナだけが、きょとんとしている。
「でも、そ、そんなのおかしいわ。でたらめよ」
「はははは、そう思うのもいいですよ。今は十戒軍も、テラの言いなりです。でも、元々はアイリスを殺そうとしていた・・・という話はもちろん知っていますよね?」
「まぁ・・・・・」
魔王城を襲いに来た人間たちを思い出していた。
テラが使っている十戒軍とは、何かが違った。
「あれは元々、僕の目的でした。1000年前、十戒軍を使ってアイリスを殺そうとしましてね」
「!?」
「文書にも残っていたのでしょう。アイリスはきっと、今までに何度も十戒軍の残党に命を狙われたと思います。でも、生きてる。死なないのでね」
ミイルが翼を大きく広げる。
夜を封じ込めたような色だった。
「どうしてアイリスを殺すことに繋がる?」
小石を踏み潰す。
「石化した聖女の名前はハナ。純粋でみんなに愛される少女でした。僕は許せなかったんですよ。ハナに禁忌の魔法を教えたアイリスを」
「・・・それで、お前は堕天したのか?」
「そうです。くだらないでしょう。天使が堕天するのは別に王国が汚れたからとか、大きな理由だけじゃないんです。ほんのちょっとしたことで、天使にも堕天使になる」
黒い翼は光沢を帯びていた。
「僕みたいに、たった一人の人間への恨みから堕天することだってあるんです。堕天することが悪いこととは思いませんけどね。あのとき堕天しなくても、きっと僕は堕天していましたから」
「・・・・・・」
「リョクはどうでしょうね」
沈黙していたエヴァンに、諭すように言った。
リョクは天使なのか、堕天使なのか・・・。
「どうして1000年も前からアイリスは死なずに生きてるの?」
「さぁ、僕は事実のみしか知りません。1000年前にいた幼少期のアイリス、今現在聖女として現れたアイリス。でも、全く同じ人物であることだけはわかります」
「・・・・・・・・・」
「僕は残念ながら嘘は言いません。嘘をつく理由もありませんから」
息をつく。
「アイリス様は異世界に来たばかりの私に優しくしてくださいました。悪い人のようには思えません」
ユイナがミイルに近づく。
「・・・何が言いたいのでしょうか?」
「また、会ったら殺そうとするんですか?」
「もちろん殺したい・・・気持ちはあります。でも、殺せないんですよね。だから、十戒軍は手放したんです。ここまで、テラに使われると腹が立ちますけど、まぁ、もうどうでもいいことです」
ミイルが窓枠から降りて、翼を仕舞った。
「アイリスは強い。ヴィル、魔王である貴方でさえ敵わないでしょう」
「そうかもな・・・・」
「意外とものわかりがいいですね」
「・・・・・・・・・・」
薄々気づいていたことだ。
アイリスは俺よりもはるかに強い。
桁違いの何かを持っていた。
ミイルがパンパンと手を叩く。
「はい、昔話はここで終わりです。なんだか疲れてしまいますね。今晩はこの部屋で、パーティーでもしましょうか」
明るく両手を広げた。
「俺は寝るよ。暇だし」
「私はヴィルと一緒に寝るの。イチャイチャしたいから邪魔しないでね」
「いちゃいちゃ!?」
ユイナが顔を真っ赤にする。
「そう。ヴィルを独り占めできる時間は限られてるの」
サタニアが腕をぎゅっと掴んできた。
「俺、一人で寝たいんだけど」
「今日くらいいいでしょ? ずっと、ヴィルと一緒と寝たかったの。それに、放っておくとユイナが好きになっちゃうかもしれないし」
ユイナのほうを睨んでいた。
「私、そ、そんな、あまり誰かを好きになったりしないので」
「ふうん。じゃあ、エヴァンと寝たら?」
「えぇっ!?」
ガタンッ
ユイナが驚いて椅子をひっくり返しそうになった。
「なんで俺が」
「だって、リョクがいなくて寂しいんでしょ? ただの添い寝よ」
「余計リョクが恋しくなるだろ」
エヴァンがブーツを脱ぎながら言う。
「つか、エヴァンは子供だからな。絶対、リョクに手を出すなよ」
「中身は大人だって。ヴィルよりね」
「そうなの?」
「わ、私は一人で寝ますからっ!!!」
ユイナが部屋の端のほうへ下がっていった。
「あははは、騒がしいですね。いつもこうなんですか?」
「まぁな」
「いいですね。昔を思い出します」
ミイルが目を細めて、こちらを見る。
「僕も昔話をしたら、なんだか一人になりたくなりました。また、明日迎えに来ますね」
ミイルが部屋の明かりを灯すと、バルコニーから出ていった。
地面を蹴って、雲の多い夜空へ飛んでいく。




