149 カルマ①
ミハイル城の屋根の上から王国を見下ろす。
城の3分の2は崩れたままだ。
再建にも国民の士気が上がらないらしい。
城の周りで瓦礫を片づける兵士は見えたが、作業しているのかしていないのかよくわからない。
だらだらと、木を運んでいた。魔法を使う様子もない。
「あれ、全部貴方たちがやったんですか?」
ユイナが愕然としながら周囲の様子を眺めていた。
「そうよ。ほとんどやったのはヴィルだけど」
「全部焼き尽くすつもりだったけどな」
「はははは、この状態になっても幸福の粉を求める人間は滑稽でしたね。私も笑いが止まらなかったですよ」
「そんな・・・」
ユイナが体をわなわなさせる。
「魔族・・・は、やっぱり残酷ですね。何人の命が失われたんでしょうか。もちろん、人間も同じことをして、人のことは言えないってわかっていますが・・・」
「わかってないでしょう」
ミイルが軽やかに飛んで、ユイナの前に降りた。
ユイナが後ずさりした拍子に、転びかける。
「あっ」
ミイルが前に回って、ユイナを支えた。
「君も魔族になればいいですよ」
「え?」
「どうせ断とうとしている命なんですから。人間だろうが、魔族だろうが同じことでしょう?」
「ち、違います。私は、元の世界に帰りたくて、死にたいんです」
「へぇ・・・・」
にやっとしながら、ユイナを屋根の上に置く。
「・・・・」
ユイナの足元から小石が転がっていった。
「僕からすると、自分の命も他人の命も、数も全部同じです。命を奪うことが罪なら、自ら命を断とうとしている時点で、罪を犯そうとしているのと変わらないのですが、貴女の考えは違うんですか?」
「だって、私は・・・」
「自分で死ぬのは罪ですよ。どんな理由があろうと、ね」
ミイルが鋭い目つきでにらみつける。
「ミイル、そもそもこいつはアバターだ。異世界にも体があるんだから、こっちの命は軽いんだよ。まぁ、俺は殺してもいいんだけど、ヴィルの判断で生かしてるだけだ」
エヴァンが口をはさむ。
「あーそうでした。すみません」
間に入ると、ミイルが笑いながら下がっていった。
「命、だとか言うのでつい、立ち入ったことを話してしまいました」
「で、俺たちをここに連れてきた意味は何?」
エヴァンが木の棒を放り投げる。
「はい。ここから見える、あの十字架の下。十戒軍、『偶像の禁止』とかいう組織の拠点のあった場所ですが・・・」
「それがどうした?」
「今は処刑場です。解体した十戒軍の」
「!?」
ミイルが目を細める。
「え・・・・」
サタニアの顔色が変わった。
「まぁ、実際は元十戒軍のほうが強いので、執行されることはありませんが」
「ど・・・どうして?」
「幸福の粉が尽きて、国民が目を覚ましたんです。城を燃やされたことを理由に、国民の怒りは王国と十戒軍に向けられました」
「魔族には向かないのか?」
「そうですね」
ミイルが肩を上げる。
「魔族はいないので、怒りの矛先を、向けようがないんです。サタニア、今、君が現れれば人間の動きも変わってくるかもしれないんですけどね」
「っ・・・・・・」
「どうです? ちょっと、動いてみるのは。この王国の国民はみんな貴女のことを覚えているし、貴女が魔王だと思ってます。面白くなりそうじゃないですか?」
「・・・・そんな義理ないわ」
サタニアが冷たく言う。
「つれないですね。せっかく、退屈しのぎになると思ったのに」
「・・・・・」
ユイナが何か言いかけて口をつぐんでいた。
「ねぇ、俺、聞きたいことあるんだけど」
エヴァンがしびれを切らして割り込んでくる。
「リョクのことなんだけどさ・・・」
「あぁ、そうでした。すみません、天使のような魔族の子? ですね」
「様子がおかしいんだよ。別に具合悪いとか、寝込んでるわけじゃないんだけど・・・回復魔法が思うように使えなかったり・・・今までなかったことなんだ。時折ぼうっとしていて、薬の調合を間違えたりするし・・・眠りも深くなってきている」
「なるほどなるほど。あの子のことは知ってますよ。でも、言えません」
あっさりと言う。
「は・・・言えないって」
「僕たちと違い、なんというんですかね。あの子は特殊なんですよ。あ、悪いことじゃないですよ」
ミイルが片翼を伸ばしてふわっと風を起こした。
「向き合わなければいけないことがあるんですよ」
「・・・・・・・・」
「エヴァン、何か思い当たることはあるのか?」
「い、いや、何も。ずっと一緒にいるけど、特に・・・」
急に、エヴァンが魔力を高めた。
「俺、魔王城に戻る。リョクに何があったのか聞いて・・・」
「止めなさい」
ミイルが素早く動いて、黒い翼で塞いだ。
「!?」
エヴァンの体がすっぽり隠れる。
勢いで透明なベールが消えていった。
「何するんだよ!」
「あの子は自分は何者だったのか。知る時期に入ったのです。邪魔してはいけません」
「・・・・・・・・」
「誰にだって、忘れてしまった過去があるんですよ。彼女は、それが少し多いだけです」
ミイルの声は、鐘の音のように響いた。
「・・・・・わかったよ」
エヴァンがゆっくりと手を下ろした。
「ん? 随分物分かりがいいじゃないか」
「そうね。あんたなら、無視して帰ると思ったけど」
「まぁな。俺にも、そうゆうの・・・わからないわけじゃないから。それより・・・」
エヴァンが俯いてから、剣を抜いた。
「さっきベールが取れてバレたみたいだよ。ほら、人間たちがこっちを見ている」
「あ・・・」
ざわざわ ざわざわ
バルコニーにいた兵士数名がこちらを指していた。
サタニアが一歩下がる。
ステータスが低すぎて、全然気づかなかったな。
「サタニア、お前は隠れてろ。バレたくないんだろ?」
「でも・・・大丈夫。行ってくるわ。隠れるなんて、敗者みたいなことしたくない」
「あの・・・少しだけ待ってください! いい装備品があったはずです」
ユイナが人差し指を動かしながら、空中を眺めている。
「こっちに来て、使うことがないと思って優先順位から外してしまいましたが」
「・・・・・」
「イヤリングじゃなくて、ネックレスじゃない。これも違う。えっと・・・このカテゴリの中に・・・」
ユイナの装備品が次々変わり、魔力の質が変わっていった。
「相変わらずすごいですね。異世界住人の技術は」
ミイルが興味深そうにのぞき込む。
「あった、これ」
ユイナの前にふわふわと獣のような面が浮き上がる。
「『狐の仮面』っていうらしいです。デフォルトの装備品なので、付与効果はないに等しいんですけど、顔認識を錯乱させるそうです。これで、バレないかと」
「へぇ・・・・・」
ユイナが両手で持っていた仮面をサタニアに渡した。
月が溶けて仮面になったような魔力だ。
サタニアの魔力を邪魔することはないな。
「ありがと」
サタニアが『狐の仮面』をつける。
「へぇ、これが異世界アバターの装備品なのね。こっちの世界のものと変わらないわ」
「随分、和なテイストだね。異世界住人の好みなの?」
「そうゆうわけじゃ・・・」
サタニアが面を押さえる。
「似合う?」
「あぁ。それに、雰囲気が全然違うから、簡単にはバレないだろ」
表情は見えなかったが、ふふっと笑う声が聞こえた。
ドドーン
人間が火の玉をこちらに打ってきた。
片手ですべて弾き飛ばす。
「防いだ・・・な、なぜだ!? 人間じゃないのか?」
「でも、どう見ても、あいつら人間だろ。耳は尖ってないし、魔族ではない。もしかして、十戒軍なのか?」
「十戒軍ならチャンスだ。次は弓だ。遠隔攻撃のほうがいい」
動揺の声が上がっていた。
弱いな。
この程度の力で、攻撃を仕掛けてくるとは。
「へぇ、この戦力差に気づかないとは」
「戦果がほしくて冷静な判断ができてないのよ。不法侵入者を捕まえたってなったら、王国から何か褒美をもらえるかもしれないから」
「ふうん。相変わらずだな。どうする? 俺が一人で片づけてきてもいいけど、肩慣らしになるし」
エヴァンが剣を構えていた。
「ううん。私に行かせて」
― 魔女の剣
「穏便に済ませてくる」
サタニアが羽のように飛んでいき、バルコニーに降り立った。
すっと、部屋の中に入っていく。
「ここからじゃ見えないか。サタニアなら心配はいらないだろうが」
「でも、ここに来てから、サタニアらしくないな。なんとなくさ、地に足がついていない気がするんだよね」
「・・・・同感だ。少し見てくる」
「っ・・・・・」
ユイナがぎゅっと目をつぶって、目を背けていた。
屋根を降りて、窓から部屋の様子を眺める。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
サタニアが軽く一問一答した後に、兵士2人を刺しているのが見えた。




