146 ユイナ
「この世界は・・・いい世界ですか?」
ユイナがソファーに座りながらサタニアに聞いていた。
「何でそんなこと聞いてくるの?」
「えっと・・・私の世界はいいことがないから、魔族、がこの世界のことどう思っているのかって興味があって。深い意味はないです」
サタニアが睨むと、ユイナが恐縮していた。
「貴女たちみたいな異世界住人が来なければね。とーってもいい世界よ。人間と魔族がしっかり切り離されていたし、たまに例外もあるけど。アイリスとか」
「俺のほうを見るなよ」
「ヴィルの反応が気になって」
「・・・・・・・・・」
サタニアの嫉妬は日に日に強くなってる気がする。
アエルでも来てくれたらな。
「そうですか。私もここに転移されてくる異世界住人は苦手です。って、私もそうなんですけど」
「ふうん」
サタニアがハーブティーを飲みながら、地図を眺めていた。
ユイナには魔王城を一通り案内して、あまりうろつかないように指示したらしい。
上位魔族は、カマエルとサリーにしか話していない。
聞くところによると、かなり嫌な顔はしていたらしいけどな。
何か問題を起こせば、すぐに殺すように言うと、納得したらしい。
「まぁ、異世界住人のことはよく知らないが、勝手に転移して、アリエル王国の住人をまっさらにして、好き放題やってるからな。ろくでもないことに変わりはない」
「そうね」
本を置いた。
「え?」
立ち上がってユイナのほうへ歩いていく。
「お前は十戒軍について何か知っているか?」
「も、もちろんです。テラと一緒に、異世界とのゲートを結ぶ計画を実行に移した方々ですよね。この世界をより良い世界に変えていくために・・・って」
「そう聞いてるのか?」
「違うんですか?」
「嘘ばっかり」
サタニアがため息をつく。
「やっぱり・・・私も、その言葉には懐疑的でした。みんなだって馬鹿じゃない、口には出さなくても、十戒軍の言うことをすべて鵜呑みにしているわけではないんです」
「でも、ユイナもやったんでしょ。異世界住人とこっちの世界の住人がイチャイチャするやつ」
「えっ!? ま、ま、まさか・・・」
ユイナが思いっきり首を振った。
「わ、私はやってませんから。18歳未満と女性は対象外です! アバターの確認方法はそうゆうのだけじゃありませんから!!」
「ふうん」
ユイナがふぅっと息を吐いて、下を向く。
「私以外は・・・みんな、こっちに来たくて仕方なかったんです。確かに、事前に聞かされていた通り、こっちでは魔法も使えますし、ゲームの世界に来たみたいです」
「・・・・・・」
「無理やり転移させられなければ、私も楽しんでいたと思います。私はゲームが得意ですし、ここはゲームの世界にそっくりですから」
棚の瓶や本、天井のランプを見ながら言った。
「こっちではテラのことを神様って呼んでるんですね。私はテラとあまり話したことありませんが」
「そうなの?」
「はい、女性用のアバターは初めてだったので、使い心地を聞かれたくらいです。あと、こうやって自分の武器を変えられるかとか、アバターの基本操作確認ですね・・・・」
空中で指を動かしながら言う。
「・・・・・」
何も持っていなかったユイナの近くに剣が現れたり、杖が現れたり、切り替わっていった。
戦闘時に見た異世界住人と同じだな。
「ん? どうしました?」
「いや・・・」
本を開いて、頬杖をつく。
ユイナは思ったよりも使えそうだ。
何より、異世界住人と同じアバターで転移しているという点は大きい。
ユイナを観察していれば、得体のしれない異世界住人の行動が掴めるかもしれないな。
「サタニア、ミハイル王国に行ってみるか?」
「ど、どうして? 急に」
「この辺のダンジョンは大体見ているし、ダンジョンの精霊からも有力な情報はない。願いを叶えるダンジョンを探すなら、ミハイル王国付近のダンジョンも見ておくべきだろう」
テーブルに置いてあった地図を広げる。
ププウルは、ミハイル王国周辺についてはあまり把握していないらしい。
「でも・・・ヴィルが留守にしている間に、異世界住人が魔族のダンジョンを攻略してしまうかもしれないわ。そ、それに、ミハイル王国は遠いんだから」
「上位魔族は強い。そう簡単にはいかないだろ。何より、ここにいたら退屈だ」
軽く伸びをして、足を組んだ。
「むぅ・・・・でも・・・・でも・・・」
サタニアが口に手を当てながらもごもご言っている。
城に地獄の業火を放ったからな。
そもそも、ミハイル王国自体、存続できているのかもわからない。
「行きたくないなら、無理しなくていい」
「・・・・・・・・・・」
「よく考えておいてくれ」
ルークもどこかにいるだろう。
人間たちは怪しい粉を吸っているし、サタニアが行きたくないのは理解できた。
「ユイナ」
「はいっ」
「お前も連れていく」
「私? ですか?」
「え? どうして? 異世界住人なんて、足手まといじゃない」
サタニアが間に割って入ってきた。
「異世界住人がどんな能力があるのか間近で見ておきたい。ユイナ、お前は、こっちの世界へのシンクロ率が高いんだろ?」
「そ・・・そうですが・・・」
自信なさそうに、短い髪を触っている。
「じゃ、じゃあ、私も行くわ」
「サタニア様」
「ヴィルと女の子を二人きりにすると、すぐ関係を持っちゃうんだから」
「えぇっ!?」
「誤解されるようなこと言うなよ」
「本当のことじゃない」
サタニアが不満げに言う。
「でも、今日はもう駄目。眠いから、明日行きましょ」
「あぁ」
「ユイナ、絶対にヴィルにちょっかい出さないでね」
「し、しないですよ!」
ユイナが一歩下がって、首を振る。
「よかった。じゃあ、おやすみなさい」
サタニアがにこっと笑って、部屋を出ていった。
「・・・・・・・」
ユイナがぴんと背筋を伸ばして、空中で何かを操作し始める。
腕や、首や、足首に付いたアクセサリーが切り替わっていった。
俺を警戒してるな。
「サタニアの言うこと真に受けるなよ」
「え?」
「ま、100%嘘ではないけどな」
「!?」
「冗談だよ。襲わないって」
ユイナが手を下すと、装備していたイヤリングがぱっと消えた。
「・・・なんか、意外で、驚きました」
「何がだ?」
「ヴィル様って、もっと、血も涙もないような、恐ろしい魔王なんだと思っていました。アリエル王国の聖堂に炎を放って逃げたと、十戒軍から聞いていたので」
「間違いではないけどな」
アイリスのことが、もう遥か昔のことに感じられた。
今振り返ってみると、なぜ人間が傷つけられただけで、自分があんなに怒っていたのかわからないな・・・。
十戒軍が気に食わないことは確かだけどな。
「ヴィル様はどうしてリュウジのことを知っているのですか?」
ユイナがちょっと緊張しながら話しかけてきた。
「会ったんだよ。未開拓のダンジョンで」
「え!? どうしてリュウジが!?」
「こっちにアバターがあるわけではないと言っていた。ユイナを探していたよ」
「よかった・・・・こっちの世界に転移したわけじゃなくて」
ユイナがほっと胸を撫でおろしていた。
「メタルドラゴンという、魔族では見たことのないドラゴンがいたんだけど、何か知ってるか?」
「メタルドラゴン? あぁ・・・!」
急にぱっと表情が明るくなった。
「懐かしい。昔やったゲーム、"ユグドラシル"っていうのに出てきたんです。とっても強くて、吐いた息で石化するんですよね? 鱗も硬いし、倒すのに苦労しました」
「・・・・?」
本を落としそうになった。
「でも、どうして、メタルドラゴンなんかいるのでしょうか。異世界関係ない、ゲームのキャラクターなのに。どうやって?」
ぶつぶつ独り言のように話していた。
「あの石化を解く方法はあるのか?」
「無いと思います。ゲームでは石化されたらゲームオーバーだったので・・・」
「そうか」
ほっとしていた。
「私もそこに連れて行ってください。リュウジに会えるんですよね? 現状を伝えたくて」
急に声に力が入っていた。
「まぁ、そのうちな」
「ありがとうございます。私のゲーム仲間で、昔から一緒に冒険してたんです・・・私のこと、まだ仲間だと思ってくれてるんですね」
適当にあしらったが、ユイナは連れて行ってもらえるものだと思ったらしい。
明らかに表情が違っていた。
異世界とこの世界は近くなってきている。
メタルドラゴンのような敵が、いつ現れてもおかしくないということか。
もし、メタルドラゴンのような生き物がゴロゴロいる世界になれば、上位魔族だってやられる可能性だってある。
まだ、ユイナを完全に信用したわけじゃない。
テラに言われて、こっちの動きを探っているのかもしれないしな。
どこに嘘があってもおかしくないと思いながら聞いていた。




