143 追憶のダンジョン⑦
『本当にもういいのか?』
「あぁ、俺は魔族の王だ。魔族の様子も気になるからな」
マントを後ろにやった。
「私も、みんなが待ってるから行かなきゃ。結構長居しちゃったから、探してると思う」
『そうか。大変だな、お前らも』
「ふふ、楽しかった。ありがとう、フチュウ様」
フチュウが祭壇の周りを飛んでいた。
『石化された人間たちは、あのままだ。異世界のドラゴンの力だ。我にも解除方法はわからない』
「あいつらはいい。あのまま眠らせてくれ。マリアならそう願うだろう」
「・・・・・・・」
アイリスが宝玉の消えた祭壇を見つめていた。
『願いを叶えるダンジョンのこと、知らなくて悪かったな』
「いや、ダンジョンの精霊も知らないってことがわかってよかったよ」
「魔王ヴィル様、行きましょう」
アイリスの顔つきが変わっていた。
導きの聖女か。
『では・・・地上へ』
フチュウがこちらに手をかざす。
『ん? うまくいかないな』
宝玉がないせいか、魔力の調整に少し戸惑っていた。
「・・・アイリス、ここを出たら敵同士だな」
「うん。願いを叶えるダンジョンは、アース族が先に見つける」
「異世界住人を増やすためか?」
「・・・・・・・」
「また、黙るのかよ。異世界住人とお前に何の関係があるのか知らないけどな」
「この先の計画に、彼らが必要なの。それだけ」
本心をかたくなに語ろうとはしない。
アイリスは何か重要なことを隠している。
「そんなに、俺が信用できないか?」
「違うよ。私がここまでこれたのは魔王ヴィル様がいるからで、魔王ヴィル様にはすごく感謝してて、本当に感謝してて・・・だから・・・私・・・」
「だから、なんだよ」
「・・・・・魔王ヴィル様を守りたいだけ・・・だよ」
「?」
アイリスが宝玉を握りしめていた。
フチュウが展開した魔法陣の中で、力なく笑う。
「俺を守るって何から・・・」
「魔王ヴィル様、ありがとう。話せてよかった」
シュン
ダンジョンの外に出た。
「!!」
バチン バチン
草を散らしながら、サタニアと異世界住人が戦闘していた。
サタニアが、魔女の剣の魔力を調整しながら、体勢を整えていた。
すっと飛んで、サタニアの横に立つ。
「ヴィル!」
「異世界住人か。何でこんなのに苦労してるんだ?」
「べ、別に苦労してないわ」
軽く息切れしながら言う。
今日は新月か。サタニアの魔力が一番薄まる時だったな。
そこそこに攻撃も受けているようだ。
傷は、すぐに自分で治したのか。
「なるほどこうゆうことか」
異世界住人の男が剣を見ながら下がった。
「剣はこんな感じなんだ。刃こぼれはないが、火力がないな。双剣だと、攻撃力が2倍になるのか。俺の適正は双剣なんだろうな。あ、こうすれば自分の体力魔力も確認できるのか・・・」
男がぶつぶつ言いながら、空中で何かを操作している。
持っていた武器が剣から双剣に変わっていた。
全体的な魔力の質も変化している。
あのピアスの色が関係しているようだ。
「魔王、アイリス様をどこにやった?」
「レン、私はここにいるわ」
アイリスがレンの傍に近づいていく。
「あ・・・アイリス様、今までどこに?」
「ちょっとその辺を回っていただけ。レンはメイドと一緒じゃなかったの?」
「うん、アイリス様を見つけたらすぐに帰ろうと思ってたんだ。そしたら上位魔族が出てきて」
「そっちが、いきなり襲い掛かってきたのよ。それに私は上位魔族じゃないわ。魔王代理よ」
「サタニア・・・」
アイリスが呟く。
「へぇ、私のこと、覚えててくれたのね。アイリス」
サタニアがアイリスを真っすぐ見ながら言う。
「アイリス様、いいところまでいけたんだよ。このまま戦闘を・・・」
「レン、実年齢は12歳でしょ? みんなに勝手に行動するなって言われたんだから。ちゃんとメイドと一緒に行動するのよ」
「12歳・・・・?」
サタニアと声が被った。
どう見ても成人した大人の男だったが。
アバターに実年齢は関係ないのか。
「やってみたいんだ。こんな感覚初めてだ、もっといろんなことを知りたい!」
双剣を構える。
「・・・2週間は、私の言うことは聞くって、契約があったでしょ?」
レンがぐっと双剣を光らせて、地面を蹴った。
「大丈夫、対闇属性のアクセサリーも付与してる。俺、こう見えて、ほかのゲームで誰も倒せないような化け物だって、倒してきたんだ」
「レン!!!」
アイリスがレンと俺の前にシールドを張ろうとしていた。
化け物か。懐かしい言葉だ。
施設にいたときそんなこと言われて、いじめられたことあったな。
マリアが亡くなった後の話だ。
もう、忘れていたが。
― 魔王の剣―
ドン
「うわっ」
体勢を低くして、レンの背中に魔王の剣を突きつける。
「は・・・早い。どうして?」
「俺がここでお前を殺さないのは、情けではない。唯一、ここには思い入れのある墓があるからだ。お前を100メートル先まで連れていき、剣を刺してもいい」
「っ・・・・・・」
焦ってはいるが、元居た人間たちとは違うな。
アバターだからなのだろうか。
命の危機に直面しているという危機感がない。
中身が子供だから、というわけでもなさそうだ。
「別の場所に行って殺されたいか?」
「うっ・・・いや、俺はまだこの世界にいるし、命の数を減らして迷惑かけたら怒られるから・・・」
「次会ったら容赦はしない。即殺すからな」
魔王の剣を解くと、レンが両膝を付いた。
アイリスに命の数のことを聞くのを忘れたな。
まぁ、なんとなく想像はついた。
「はは・・・これが魔王・・・あの、城の部屋で見た通りの奴だ。面白い世界だな」
レンが草を握りしめながら、笑っていた。
「アイリス、今すぐこいつを連れていけ」
「うん」
アイリスがホーリーソードを解いて、息切れするレンの背中にヒールをかけていた。
「レン、戻りましょう」
「わかったよ」
アイリスと目が合った。
どこか、寂しそうな眼をしていた。
「・・・早く、テラからもらった羽根を」
「うん。えっと、これか」
レンがバッグの中から一枚の黒い羽根を出す。
宙に投げると、アイリスとレンを包んで、二人が消えていった。
「異世界住人は転移魔法も使えるのか?」
「あんなの転移魔法じゃないわ。あれは堕天使アエルの羽根を拾ったのね。アリエル城に戻るようにプログラムされているって、異世界住人が言ってるのを聞いたの」
サタニアが髪を後ろにやった。
「アエルの羽根・・・って、厄介だな」
「ものすごく、抜けてたしね。本当、味方なのか邪魔してるのかわからないわ」
「あの抜けた羽根の数だけ逃げられるなら、無双状態だな」
「何か対策をしないと」
サタニアがため息をついて、魔女の剣を解いていた。
リュウグウノハナの花びらがふわっと舞う。
「で? どうだったの? まだ誰も攻略したことのないダンジョンは」
「思ったより収穫が無かったな」
「ふうん」
瞼を重くしてこちらを見る。
「サタニアこそ、随分手こずってたみたいじゃないか」
「そんなことないわ。ヴィルが来たとき、たまたま不意を突かれそうになっただけ」
「・・・・・・・・」
エヴァンの言う通りのようだ。
異世界住人は適応能力も高い。
レンは、双剣で飛び込んできて、見慣れない技を使おうとしていた。
2秒遅かったら、発動していたな。
だからと言って俺が負けるわけない。
新月のサタニアなら、少々危ういかもな。
「言っておくけど、私が負けることはないからね!」
「わかってるって。新月だからだろ?」
「そうだけど! 新月だって、負けないから。さっきは、本当にちょっと、油断してただけ。ヴィルが来るのがもう少し遅かったら、私が勝ってたからね!」
「あぁ」
サタニアが自分に言い聞かせるように訴えてきた。
墓のほうに視線を向ける。
静かなままで、荒らされた形跡はなかった。
木の周りを蝶が飛び回っている。
マリアの十字架はポケットに入っていた。
形見だ。持って帰ってもいいだろう?
俺は幼いころから力をコントロールできず、化け物と呼ばれていた。
それでも、マリアは、俺の母親になりたいと言ってくれた。
マリアには、俺の暴走した魔力を止める力もなかったのに・・・な。
「ダンジョンは魔族のものになったんでしょ? 上位魔族に言わなきゃ」
「いや、ここは人間のものだ」
「え!? どうして? アイリスに譲ったの?」
「あぁ、魔族には言うなよ」
「もちろん・・・だけど・・・」
草原の風が、全身を包んだ。
「あのダンジョンにはいろいろあるんだ。魔族が住むべきじゃない」
「・・・ふうん。ヴィルが、そう判断するなら間違いないのね」
マーリン、デガン、グリースもいるしな。
「あと、どこもドラゴン化してないところを見ると、アイリスには触れていないんでしょ?」
「触れるって・・・」
「進展がなくて残念ね。私は嬉しいけど」
サタニアが意地悪く微笑んでいた。
後ろを振り返る。
アイリスが受け持ったダンジョンか。
勇者オーディンの仲間たちが眠るダンジョン・・・。
「行くぞ」
今後、ここにもう一度来ることがあるのかは、正直、今はわからなかった。




