139 追憶のダンジョン③
「きゃっ、ネズミ!!!」
「うわっ、近づくなって」
抱きついてこようとしたアイリスを避ける。
「!?」
アイリスがびくっとして、両手を上げた。
「はぁ・・・危なかった。両方の意味で・・・」
「本当にな。ネズミごときで、死にかけるんだからな」
「だって・・・・」
ネズミがしっぽを振りながら足元を通過していく。
さっきからずっとこんな感じだ。
仕掛けとなっていそうなボタンや凹みはすべて避けているのに。
「つい数時間前までの意気込みはどうしたんだよ」
「ネズミはダメなの。ネズミが入ると、障害になる!」
「障害って・・・・」
強い口調で言ってきたけど、意味が分からないな。
「言っておくけど、俺がドラゴン化して危なくなるのはお前なんだからな」
「わかってる。ネズミだけはだめなの」
「もう、慣れろって」
「で、でも、ネズミが出てこなくなれば大丈夫だから」
「・・あ・・そ・・・」
考えてみたら、アイリスと歩くって、俺にとって地雷と歩くようなものなんだよな。
仕掛けを気にしながら、不意に近づいて来るアイリスを避けるってなかなかハードだ。
階段を3段降りると、大きな部屋が見えてきた。
指先の光を光を大きくして、天井に浮かべる。
「わぁ・・・・これは、何かしら?」
「石像みたいだな」
「誰が建てたんだろう? ここにあるってことは、何千年も昔のものなのかしら?」
「いや、そんなには経っていない。このダンジョンの魔力で風化が早まっているのかもな」
部屋の真ん中に、三体の人の形をした岩があった。
台座に置かれて、それぞれ壁のほうを見ている。
「・・・・?」
なんだ? この違和感は・・・。
「像になるってことは、ダンジョンの精霊の崇拝の対象とかなのかしら」
「顔がわからない以上、判別できないな。一応気を付けろよ。何が起こるかわからないし、急に動き出してもおかしくない」
「うん。でも、不思議・・・どこかに何か仕掛けがあるのかな?」
アイリスが背伸びをして一体の石像を眺めていた。
「仕掛けか、ありそうではあるが、なんだろうな」
「うーん・・・」
台に触れたが何も魔力は感じられない。
特に害もないようだし、放っておくか。
「とりあえず、ここで時間を食っている暇はない。前に進む」
「うん」
半円に開いた穴のほうへ歩いていく。
「あ、魔王ヴィル様、見て。この先、道が分かれてる。すっごく狭いのね」
「本当だ。こんなの普通の魔族は入れないな」
道が3つになっていた。
人一人分の大きさしかない。
「どこに入ればいいのかしら? くじで決める?」
「いや・・・通路は3つあるけど、全部行き止まりだ」
「どうしてわかるの?」
「空洞の音が一切しない。魔力の流れが止まっている」
「んー、言われてみれば。確かに」
「・・・・・・」
腕を組んで眺めていた。
「やっぱり、この部屋に何か、仕掛けがあるんだろうか?」
部屋の中心に戻って周囲を見渡す。
少し高めの天井に、磨いた岩でできた壁と床。
謎の石像3体、中央には崩れた柱と、巨大な皿があるだけだ。
人の気配があるようで無い、不思議な空間だった。
「うーん。じゃあ、とりあえず、この辺でご飯にしましょ」
「は?」
「よいしょっと」
アイリスが少し出っ張った岩に座って、小さな鞄を開ける。
「アイリス・・・さっき食べた・・・つか、異世界住人が待ってるんじゃなかったのかよ。随分マイペースな導きの聖女だな」
「こうゆうときはじたばたしても仕方ないし」
「楽しそうにしか見えないんだが」
「楽しいんだもの。目いっぱい楽しまなきゃ」
足を伸ばしながら、微笑む。
アイリスらしいな。
「考えたらお腹すいちゃうでしょ。はい、これは魔王ヴィル様の分。これをつけて食べると美味しいらしいの。こっちはじゃが芋揚げたやつ」
てきぱきと、パンを渡された。
スプーンですくって、緑のペースト状のものを塗られる。
「・・・・さっき食べたばっかなんだけど」
「たくさん歩いたもの。ね、食べてみて、美味しいのよ」
隣に座って、一口食べてみる。
「ん、確かに美味しいな」
「でしょ、よかった。バジルペーストって、ハーブをすりつぶしたものなんだって」
これが異世界の食べ物なのか。
味がしっかりしているが、しつこくない。
すぐに食べ終わったしまった。
「異世界住人の様子って、今、確認できるのか?」
「さっき、ちょっと試してみたんだけど、全然映らないの。ダンジョンの地下に行くほど、表示できなくなる。ダンジョンの精霊の影響もあるのかな?」
「へぇ・・・」
アイリスが指を動かして、何かを眺めていたけど・・・。
魔王の目を使っても、何も見えないか。
立ち上がって、石像の台座に寄りかかる。
「どうやったら道が開けるんだろうな。どう見ても、ここが最下層なわけないし」
「うーん・・・あれ? 魔王ヴィル様が座ってる、その石像の足元、台座のところに何か文字がない?」
「ん?」
石像の砂埃を払った。
アイリスがふわっと降りて、覗き込んでくる。
「ほら、ここに・・・」
「・・・・・・・・」
「でも、読めないわね。文字みたいに見えたんだけど・・・記号かしら」
・・・なるほど。まさかとは思ったが。
石像に触れてから、中央の崩れた柱を見つめる。
「『あの皿に聖なる水を注げ』と書いてある。水魔法は使えるか?」
「えぇ、でもどうして、読めたの?」
「子供の頃の遊び事だ」
三つの狭い道がある場所の前に立つ。
― 魔王の剣―
「え? どうして?」
「アイリスはそこにある皿に水を。魔族の俺が水魔法を使っても、聖なる水にはならないからな」
「わ・・・わかったわ」
アイリスが、部屋の中心で手を組んでいた。
まばゆい光が走って、4つの皿が聖なる水で満たされていく。
ガガガガガガガガガガッガガガガ・・・
「!?」
壁が揺れ始める。
「下がってろ」
目の前の岩が砕けていく。
3つに分かれた道のように見えていたのは、道じゃない。
牢獄の格子の一部だ。
剣を持ち直して、降ってくる岩を切り裂いた。
細かい欠片を蹴って、道を開ける。
「アイリス、大丈夫か?」
「うん。私のことは気にしないで」
アイリスが白く輝くホーリーソードで、降ってきた石を弾いていた。
「ホーリーソードか・・・」
まぶしくて目が眩むほど、輝く剣だった。
「あれって、ど・・・ドラゴン? 魔王ヴィル様、その子は魔族じゃないの?」
「知らないな。あんな肌の生き物は初めて見た。ドラゴンの形はしているが、魔族にはいないものだ」
岩の格子の中では、鉄のうろこに覆われた巨大なドラゴンが眠っていた。
部屋の明かりに照らされると、銀色の爪が光った。
近くにあった石を、ドラゴンに向かって投げる。
カツン カツン
鈍い音がした。
目が開いて、赤い瞳がこちらを捉える。
グルアアアアアアアアア
翼を広げて、ダンジョンの魔力まで揺らすほどの遠吠えをしていた。
「一度封印されたドラゴンらしい。異世界で見た鉄の塊とも似ている、こっちの世界のものではないのかもな」
「へ・・・ど、どうして魔王ヴィル様が知ってるの?」
「その台座に書いてあったんだ」
袖を鼻に当てて、砂埃を防ぐ。
ドラゴンの鱗が錆びているのか、空気が悪いな。
アイリスが咽ていた。
「ごほ・・・少し苦しい」
「あと、こいつは石化の煙を吐くらしい。絶対吸うなよ」
「え?」
「そこにあるのは、石像じゃない。このダンジョンに挑んで石化された人間だ」
「!?」
アイリスがすっと隣に並ぶ。
「人間って・・・」
「そうだ。あいつらは、マーリン、デガン、グリース、かつて勇者オーディンのパーティーにいた人間で間違いない」
「そんな・・・」
アイリスが戸惑いながら、視線を上に向ける。
こんなところで石化していたのか。
どおりで、十年以上も見かけないはずだ。
「今は戦闘中だ。油断するなよ」
「う、うん!」
石像自体は砂をかぶっていて、かろうじて人間だとわかるくらいだった。
台座にあった文字は、マーリンが残したものだろう。
少ない数で意味を残せる文字で、冒険者に好まれると聞いたことがあった。
SS級以上でなければ、知りえないけどな。
『先の道は、冒険者に、託す』か。
来たのが俺で悪かったな。
「癪だが、あいつが残したものに助けられるとは」
「来るわ。魔王ヴィル様」
グルアアアアアアアア
ドラゴンがしっぽを振って、岩の格子をぶち破った。




