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【完結】どのギルドにも見放されて最後に転職希望出したら魔王になったので、異世界転移してきた人工知能IRISと徹底的に無双していく  作者: ゆき
第一章

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134 小さな覗き鏡

「魔王ヴィル様、魔王ヴィル様」

 シエルがこちらを覗き込む。

 ソファーで本を読んでいたら、眠ってしまったな。 


「あぁ・・・・」

「うなされていましたよ。怖い夢でも見たんですか?」

「幼いころのな・・・大した思い出じゃない」

 起き上がると、シエルが嬉しそうにソファーに飛び込んできた。


「魔王ヴィル様の子供のときはぜったい可愛かったに違いないですね」

「可愛げがないことは確かだ」

「ますます気になります。魔王ヴィル様の過去」

 思い出したくない過去を、思い出してしまった。


 どうして今更、あんなことなんか・・・。


「今日の風は雨の匂いがします。だから、きっと普段と違う気持ちになってしまうのですよ」

 シエルが窓の外を見つめながら言う。


「シエルって幼いころどうしてたんだ?」

「私ですか? そうですね・・・私は物心ついた時から、周りの魔族に守られてきたので、怖い思いをしたことはありません」

「そうか。いいな」

「はい!」

 シエルは挙動一つ一つが愛くるしかった。


 きっと、シエルを嫌う魔族はいないだろうな。


「魔王ヴィル様、何かあったんですか?」

「いや、何でもない。そうか、雨ならサタニアが部屋から出てこないはずだな。あいつは、元魔王の癖に雨が苦手だから・・・」

「・・・・・」

 話題を逸らしながら、本のしおりを確認する。


 マリアの夢なんて、見なかったのに・・・。 


「魔王ヴィル様の辛いことは、私が、忘れさせてみせます」

「何も言ってないだろ?」

「えいっ」

 シエルが両手を広げて抱きしめてきた。

 いつも甘い香りがする。


「ふふん。また、しましょうか?」

 首に手を回して、顔を近づけてくる。


「シエルは本当、タフだよな」

「私はいつだって魔王ヴィル様を襲えちゃうのですよ。あ、魔力は満タンですけど」

「お前な・・・」

「へへへ、困ってる魔王ヴィル様も可愛いのです。もっと、困らせてみたいのです」

 シエルが目をキラキラさせて微笑んだ。


「・・・・・」

 シエルの髪が、本の表紙に落ちる。


「好きです、魔王ヴィル様、大好きです。ずっと会いたくて仕方なかったのです」


「・・・シエルは愛ってわかるか?」

「はい。魔王ヴィル様を愛しています。って、改めて言うと、なんだか照れますね」

 シエルがツインテールの毛先を口にあてながら言う。


「どうしたんですか? 何か不安なことでもあるのですか?」

「俺はその感覚がわからない」

 視線を逸らす。


「悪いな・・・」

 シエルが触れても、なぜか右腕は反応しなかった。


「・・・わからないから・・・俺はお前をどうしたらいいのかわからなくなる」

「ふふ、魔王ヴィル様はお優しいですね。愛は無理して自覚しなくてもいいもの、わからなくて当たり前。私は、まだ人間に襲われる前・・・魔族たちと共同生活していたとき、そう教わりました。心に宿るものだと」

 生ぬるい風が、窓から入ってくる。


「でも、わかる時がくるのです。私は魔王ヴィル様と出会ったときビビッときました」

 シエルが人差し指を立てる。


「ビビビっと、これが愛だって自覚したのです」

「そうか。いい仲間を持ったな」


「はい! 私は周囲に恵まれました。だからこうして、魔王ヴィル様を愛したことで・・・・死んだ仲間のことも愛していたこともわかったのです。失いたくないって」

 目を細めながら言う。


「だから、魔王ヴィル様、焦る必要はないのですよ」

「・・・・・・」

「魔王ヴィル様が私のことをどう思っていようと、私は魔王ヴィル様を心から愛しています。一方的なものなのはわかっていますが、私は幸せです」

 シエルが左手を両手で包んできた。


「今は、ただ魔王ヴィル様のすべてが愛おしいです。それで十分なのです」

 シエルがふわっと笑いかけてきた。

 

 見えないものを、どうやって愛と定義づけるのだろう。




 部屋に戻ると、サタニアが機嫌悪そうにしながら、椅子に座っていた。

 すぐにこちらに気づいて、アメジストのような瞳で睨んでくる。


「シエルのところにいたの?」

「まぁな。どうして、お前がここにいるんだよ」

「ヴィルを待ってたの」

 サタニアが足を組みなおしていた。


「こっちは、ずっと、遠隔投影同期ミラーリングでアリエル城下町を見てたのに」

「アリエル城下町? というか、雨が近づいてきてるのに大丈夫なのか?」


「も、もう平気よ。私をあまり馬鹿にしないで」

 少し戸惑いながら、咳払いをしていた。


「あまり無理するなよ。遠隔投影同期ミラーリングはカマエルも得意だ」

「カマエルはダンジョンの偵察に向かったわ。異世界住人がいつ、どんな動きをしてくるかわからないでしょ?」

 小さな鏡のようなものを浮かせて、アリエル王国城下町を映していた。


「カマエルが使ってたやつよりも小さいな」

「えぇ、こっちのほうが細かい操作ができるの」

 サタニアの後ろに座って、遠隔投影同期ミラーリングを覗き込む。


「何か動きはあったか?」

「そうね。城下町には、ほとんど人がいないの。十戒軍? か、サンフォルン王国の兵士っぽい人は1、2人くらい見かけたけど・・・」

 カフェや武器屋にも人がいなかった。


「異世界住人がいない?」

「そうなの。城下町を一通り見たんだけど、今のところ姿が見えていないの。まだ、聖堂の中にいるのかしら。もうちょっと、操作してみないとわからないわね」

 前のめりになる。

 掃除した者がいるのか、食べかけのものや飲み物などは片付けられていた。


「うーん、十戒軍も見かけないし。聖堂内を見たほうがいいかしら?」

「確かに俺が燃やした後が気になるが・・・」


「あ、結界が張られてる。入れないわ。仕方ない・・・反対側の通路を通って・・・」

 サタニアが丁寧に遠隔投影同期ミラーリングを動かす。


「ん? ここに人影があるな。寄れるか?」

「本当、気づかなった」

 ギルドの建物の窓に、人が見えた。


「ギルドの建物内の様子は見れるか? 異世界住人が集まってるかもしれない」

「たぶんできるわ。やってみる」

 サタニアが指を動かしながら、ドアの隙間に近づいていく。

 細い息を吐いて、集中していた。


 遠隔投影同期ミラーリングには、繊細な魔力操作が求められる。

 ここまで小さな遠隔投影同期ミラーリングを緻密に動かせるのは、サタニアしかいないだろうな。


 ドアを開いた瞬間、遠隔投影同期ミラーリングを滑り込ませる。


「ふぅ、入れた!」

「20人程度か・・・武器も身に着けてるな。簡易的な装備品って感じだが・・・」

「盗んでいこうと思えば盗めるのに、どうして何も行動しないのかしら?」


「何か取り決めとかあるのかもな」

 腕を組む。


「本当に、ここにたくさんの異世界住人を呼ぶつもりなのね」

 サタニアが不安そうな顔をした。


 異世界住人が弓矢を下ろしている。


「十戒軍が案内してるのね。しかも、女ばかり」

「そうみたいだな」

「しかも、みんなエロいのよね。エヴァンの言ってた通りギャルゲーみたい・・・はぁ・・・男ばかり転移してくるのはどうしてなのかしら?」

 魔導士の少女が、異世界住人に駆け寄っていくのが見えた。


「はっ、もしかして、この子、何かいやらしいことを!?」

「落ち着け。まだ何も起こってないだろ」

「で・・・でも・・・」

「切るなって!」

 遠隔投影同期ミラーリングを消そうとしたので、慌てて止めた。


「ほら、ただ何か説明してるだけだろ? 魔法か? まぁ、基礎的なものだろうな」

「・・・た・・確かに・・・そうね」

 サタニアがツンとしながら動揺していた。


 少女が使っていたのは、幼少期、施設で説明されたような基礎魔法だ。

 異世界住人が、ぽうっと浮かぶ火の玉に歓声を上げている。


 依頼が張り付けられた壁、魔法で修理したランプ、カウンター横の人形・・・ギルドの光景は見覚えのあるものばかりだ。

 人間が、異世界住人に代わっただけのようだ。


 見ていて、心地いいものじゃないけどな。


「ねぇ、ヴィル」

 遠隔投影同期ミラーリングを浮かせたまま、サタニアが右手を見つめる。


「どうしたんだよ。急に・・・」

「・・・シエルに触れても、何も起こらなかったんでしょ?」


「サタニアには嘘をつけないな」

「ヴィルのことだもの。私だっていろいろ、わかっちゃうんだから」

 ネックレスのチェーンが髪の隙間から見えた。


「この手は、まだ、アイリスを求めてるの?」

「さぁな」


「本当にもう、しょうがないわね」

 サタニアが視線を逸らして、息をつく。


「じゃあ・・・・早く連れ出さなきゃね。アイリスを」

 しっとりと呟いてから、指を動かす。

 遠隔投影同期ミラーリングを移動させて、ギルド内にいる異世界住人を映していた。  

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