132 11年前の記憶②
「勇者様と仲良くするために、露骨にヴィルばかり贔屓して」
「そのうち、自分もダンジョンに行ってみたいなんて言うんじゃないかしら」
「そう、だってあの子、元々ギルドに入りたいって言ってたでしょ」
「体が弱いのも演技だったりして」
シスターたちが廊下でこそこそ話していた。
「どいて」
「!?」
「・・・・・・・」
声をかけると、ドアを塞いでいたシスターたちが掃けていった。
人間は腐ってる。
施設にいると、マリアへの悪口が聞こえてきた。
いつも普通に話している奴らなのにな。
「あいつ、また本読んでるよ」
「本だけ読んでたって、魔法は使えないのにな」
「はははは、友達いないからだろ」
同い年の子供から、俺は嫌われていた。
オーディンの息子だということが、気に食わないらしい。
少しでも魔法を失敗すると、ものすごい勢いで責められて笑われた。
飲食さえどうにかなるなら、こんな施設、出ていきたかった。
あとは・・・。
「ヴィルー」
マリアが駆け寄ってくる。
ピンクの髪は、深々と被ったフードに隠れていた
「寝てなくていいのか? 体調悪いんでしょ?」
「もう大丈夫。昨日、遅くまで外にいたからだと思うの。無理しすぎちゃったかな」
「だから施設に戻ろうって言ったのに」
「いいの、勇者様もマーリン様も見られて楽しかったんだから」
椅子を引いて、隣に座ってきた。
勇者オーディンは民衆に囲まれながら、城の中に入っていった。
ギルドらしき集団からは、オーディンを称えるような言葉が聞こえてきた。
どうしてあんなに大勢から好かれるんだろうな。
「マリアはどうしてオーディンが好きなの?」
「す・・・好きって、別にそうゆう意味じゃなくて」
「?」
なぜか戸惑っていた。
ちょっと、赤くなっているようにも見える。
「憧れてるの。私は冒険、諦めなきゃいけなかったから。もし、健康な体だったら魔法をたくさん覚えて、行ってみたかったな」
「魔族を倒しに行くの?」
「そうね。悪魔とか、見たことないけど。倒したりするのかな。それでね、ダンジョンに行って宝を持ち帰ってくるの」
「ふうん」
本のページをめくる。
「じゃあ、俺、将来魔族になるよ」
「え?」
「マリアは弱いから、誰かを倒さなきゃステータス上がらないだろ? 俺がやられたフリをしてやる」
「ふふ、ヴィルは大きくなっても私のこと好きでいてくれるの?」
くすくすと笑いだした。
「マリアが好きというより、人間が嫌いだからな」
「私も人間でしょ?」
「マリアは人間だけど、普通って感じだ」
「強がっちゃって。可愛いなぁ」
頭をぽんぽんと叩いてきた。
すぐこうやって子ども扱いする。マリアだって子供なのに。
「私のことは気にしないで。そうね・・・じゃあ、将来、ヴィルが大きくなって、私みたいな女の子が現れたら・・・」
「別に、いらない、そんな話」
会話を遮った。
マリアは、よく自分がいなくなったらって話をする。
病気で気が滅入ってるんだろうけど、聞きたくなかった。
「ヴィル、勇者様がいらっしゃったわよ」
急に、普段話さないシスターが話しかけてくる。
「おうおう、ヴィル、楽しそうにしてるな」
「げ、オーディン」
本にしおりを挟む。
「マーリン様も」
「こんにちは。ヴィルか、随分大きくなったな」
「だろう。ついこの前まで赤ちゃんだったのに」
「ははは、そうだな」
マーリンは背の高い女性だった。
オーディンの活躍に彼女は欠かせないのだという。
あらゆる魔法に精通していて、彼女の右に出る魔導士は存在しないとも言われている。
元々魔力の少ないマリアに、自分を癒すための回復魔法を教えた人だ。
「顔色がいいね」
マリアのほうに近づいて、屈んでいた。
「マリア、調子はどうだい?」
「はい、元気にしています」
「そうか」
後ろにいたシスターが冷めた目で、マリアを見つめている。
「お前はこっちだ」
オーディンが大きな腕でかついてきた。
じたばたしたが、びくともしない。
「うわっ離せよ。ギルドに行ってきたらいいだろ?」
「一応な、言わなきゃいけないことがある」
「勇者様・・・・」
マリアが立ち上がってついてこようとした。
「ちょっとこいつ借りるわ。夕暮れ前までには返しに来るから」
「・・・かしこまりました。お気をつけて」
「嫌だよ。剣なんて持たないからな」
「わかったわかった。今日は話をするだけだって」
かなり不満だったが、力でオーディンに敵うわけがない。
抵抗も意味はなく、流されるまま、アリエル王国の丘のほうまで来ていた。
ドサッ
「いった・・・・」
いきなり芝生に下ろされた。
「重くなったな。ヴィル」
「・・・・・なんだよ、話って。どうせすぐにどっか行くんだろ?」
土を払いながら言う。
「マリアに依存するな」
「は? なんでそんなこと言われなきゃ・・・」
深い目でじっと見つめてきた。
「マリアの命は長くない。じきに尽きる」
「っ・・・・」
オーディンがマントを後ろにやって、隣に座った。
「マリアもそのことは知ってる。今、マーリンが治療していると思うが、延命的なものだ。病気を完治させることはできない」
「聞いてない、そんなこと」
「施設で知っているのは、施設長のシスターのみ。後は誰にも言っていないらしい、が、もうじき皆も知ることになるだろ」
「な・・・何言ってるんだよ」
背筋が冷たくなっていった。
「強くなれ。魔法も剣も、強くなればギルドに入ることができる。クエストをこなして、実力を伸ばせば、ちゃんとお前のことを見てくれる人も現れる」
「そんなこと、どうでもいい・・・オーディンは、勇者なんだろ? マリアは救えないのか?」
思わず、オーディンを揺さぶった。
「勇者は人間が付けたあだ名だからな。俺は、そんなたいそうな人間じゃない」
「・・・・・・」
マリアが死ぬだなんて・・・考えられなかった。
だって、さっきだって元気に話しかけてきたし。
体の力が抜けていく。
「俺は、これからSS級の中でもかなり上位にある、ダンジョンを目指す。行かなければならないところでな、危険がゆえに避けてきた場所だ」
「は?」
「やっと、力がついたということ。時期が来たんだ」
オーディンが目を細める。
「だからなんだよ」
「しばらく戻らないだろう。住んでいる魔族が強いのもあるが、未知のダンジョンだ。無事に帰ってくる保障はない、今回ばかりは、マーリンも全員での帰還は難しいだろうと予測している」
「・・・・今更・・・」
足元に転がっていた小石を投げる。
丘からは、賑わっている城下町が見えた。
「マーリンの未来透視だと11年後、魔王が現れるらしいしな」
「どうでもいい」
「ヴィル、俺が憎いか?」
「・・・・興味ないだけだ」
「はは、愛情の反対は無関心だ。俺もといるより、お前よりアリエル王国の勇者でいることを選択したから、当然の結果だな」
軽く笑い飛ばしていた。
「お前の母親はお前を捨てた。俺も、お前の傍からいなくなる。マリアもじきに、だ」
「今更・・・・・・・」
「だから、強くなれ。ヴィル」
勝手なことを、父親みたいな口調で話していた。
「悪かったな。子供らしく扱ってやれなくて」
「・・・・」
呆然と、アリエル城を眺める。
すべてを、受け止めるには残酷すぎた。
施設に戻ると、オーディンを見た子供たちが、視線を逸らしてきた。
俺が嫌いなのか、オーディンが嫌いなのかわからないが、嫉妬深い奴らだ。
明日から、また鬱陶しいほど無視されるんだろうな。
「マリアは?」
「医務室です。マーリン様と一緒にいます」
「ありがとう」
オーディンの後をついていく。
マリアとマーリンがベッドで話をしていた。
「ヴィル、帰ってきたのね」
「・・・・・・」
マリアの命があと少しだなんて・・・。
「勇者様、また、SS級クエストに挑戦されるんですね」
「あぁ、かなり難解なクエストだ」
親父がマリアの横に座った。
「デガン様とグリース様は?」
「もちろん一緒だ。俺たちは4人でチームだからな」
「腐れ縁ってやつだ」
「ふふ、そんなこと言えるの、マーリン様だけですよ」
マーリンが言うと、マリアが楽しそうに噴き出していた。
「ダンジョンクエストってどんな感じなのですか?」
「場所にもよるな? オーディン」
「まぁな、魔族もほとんどいなくて楽なところもあれば、迷路に迷い込んだり、仕掛けに翻弄されたり、この前の肥溜めみたいな罠に引っかかったのは最悪だったな」
「お前とデガンが勝手に進むからだろうが」
「ふふふ、面白そうですね」
マリアが目をキラキラさせながら、2人の掛け合いを見ていた。
オーディンとマーリンが来ると、急に子供のようになる。
「あ、SS級のダンジョンに行く途中、勇者様が火事を起こしそうになった話を聞かせてください」
「またその話か」
「いいじゃないか。あれは私がいなきゃ、収まらなかったんだぞ。二度とやるなよ」
「マーリンまで。じゃあ仕方ない。話すか」
「お願いします」
ひどくつまらない話を、何度も何度もお腹を押さえて笑いながら聞いていた。
自分が行けない冒険の話なんか、何が楽しいのかわからないが・・・。
医務室には何もなかったように、3人の笑い声が響いていた。




