124 アリエル城⑧
「遅かったな、エヴァン」
「あぁ、ごめんごめん」
聖堂の前に集まって、エヴァンが来るのを待っていた。
中から音楽が聞こえている。
「私たちこれって、正面から入っていいものなの? 何か罠とかあるんじゃないかしら?」
「ここまで来るのに何もなかったし、招待客って感じじゃない?」
「そんな都合いいことある?」
サタニアがドアをつんつんと突いた。
「まぁ、何かあれば殺せばいいだろ。そもそもここしか出入口知らないしな」
「慌てないで。ほら、後ろからお迎えのメイドが来ましたよ」
「メイド?」
アエルが後ろに視線を向ける。
白と黒のメイド服を着た少女が、庭の池のほうから歩いてきた。
「おはようございます。魔王ご一行様」
「魔王ご一行と言われると、なんか変な気分だな」
「なんだか、旅行に来たみたいね」
「ピュイア様の式の前まで少々お時間がありますので、異世界住人の待機部屋に案内するように、と仰せつかっております。1名ほど先行で、着いているそうです」
「待機部屋・・・? 俺たちと通すのか?」
「はい。先に来た方と、交流の場を設けてはいかがでしょうか、と」
アエルがほぉっと声を出した。
エヴァンが疑いに満ちた表情で、少女を見つめる。
「どうゆうつもりだ? お前はなんだ?」
「私はクーリエ、十戒軍では賢者をしていましたが、今はメイドとして、お仕えしております。私は上の方々のご意向をお伝えしたまでです」
少し高い声で言う。
「テラが言ったのか?」
「さようでございます。もちろん、無理にとは言いませんが、とのことです」
淡々と話していた。
戦闘力も低く、全体ステータスも低い、普通のメイドの少女だな。
黒髪の切りそろえられた前髪、鼻は低く、目の大きな小柄な子だ。
十戒軍の賢者・・・というと、少し違和感があるな。
「どうする? 俺はかなり興味があるし、行ってみたいけど」
「そうだな、面白そうだし行ってみるか」
「えぇ、是非そうしましょう。私もアバターを持った異世界住人と会ってみたいですね」
アエルが黒い笑みを浮かべる。
クーリエには・・・アエルの姿が見えていないようだ。
「では、どうぞこちらへ。お足元にお気を付けください」
メイド服の襟を正しながら、城のほうへ入っていった。
「ほ、ほ、本当に大丈夫なの?」
「怖かったら後ろからついてこい」
「怖いなんて言ってないじゃない。私は元魔王なんだからね」
サタニアが文句を言いながらびくびくしていた。
城の1階の一室まで来ると、メイドが立ち止まった。
ドアの大きな部屋だったが、特に他と変わっている部分はない。
「こちらでございます。どうぞ、お入りください」
メイドがゆっくりとドアを開けた。
ベッドやソファーなどの家具が並んだ、普通の部屋だったが・・・・。
「なんだ・・・これ・・・・・」
真ん中に魔法陣が描かれいて、柱のような青い光を放っている。
すごい魔力・・・というよりも、異空間のような感覚だ。
「その光に近づかないようにと」
「へぇ、この魔法陣を塞いだら、異世界住人が来れなくなるとか?」
「いいえ」
クーリエが凛として首を振った。
「近づいても問題はないのですが、異世界転移してくる方とぶつかってしまう可能性があるのでご注意くださいという意味です。この魔法陣が消えることはないそうです。異世界とこちらの世界を繋ぐゲートとなっているのですから」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ダンジョンの精霊が、異世界転移の際に使っていた魔法陣に似ているな。
ジジジジジ・・・ジジジ・・・
しばらく無言でいると、暖炉のほうから青年が出てきた。
青髪に鼻筋が通った、顔立ちの整った人間だ。
きょろきょろしながら、装飾品に触れたり、花の匂いを嗅いだりしていた。
「はじめまして、こっちの世界の住人かな?」
魔王の目でも能力が見えない、が、剣士なのか? 武器は持っていなかったが、剣士のような魔力を感じた。
前の異世界住人のようにがさついた声ではない。
姿もはっきりしている。
「完全なアバターだ・・・・」
エヴァンが呟いた。
クーリエが前に出る。
「はい。私は聖女アイリス様に代わり、先に来た方のお世話に参りました。皆様が揃うまでお待ちください。貴方様は、先行で来たユウスケ様でよろしいでしょうか?」
「あぁ。君の名前は?」
「メイドのクーリエというものです」
クーリエがケイスケに近づいていった。
「お体は馴染みますでしょうか? ご自身のアバターでこちらの世界に来られたのは、ユウスケ様が初めてと聞いております」
「問題ないよ。かなり快適だ」
「あっ・・・・・」
ユウスケがいきなりクーリエの背中に触れた。
「本当だ。ちゃんと触れる、転移してきたみたいだ。あ、ごめん」
「いえ、どうか私を、お好きなようにしてください。お待ちしておりました。私で良ければ、ですが・・・」
「!」
クーリエがユウスケに顔を近づける。
「十戒軍が、異世界住人と良好関係を築くのに何かメリットがあるのか?」
「さぁ、不思議ですよね」
「さっきから、なんであんなべたべたしてんの? 未成年の前なんだけど」
エヴァンが苛々しながら言う。
「そもそも、貴方からは未成年を感じませんが」
「リョクが、だ。悪影響だろうが」
「僕? 僕は未成年?」
「違いますよ。まぁ、リョクはあまり異世界に触れないほうがいいことは確かですね」
「ん?」
リョクが首をかしげていた。
「え? 今のって」
エヴァンが聞き返す前に、アエルが離れていった。
「彼女らは、そう仕込まれたんですよ。異世界が魅力的だと伝えるために」
アエルがにやにやしながら、魔法陣を避けて歩いていく。
二人ともアエルが至近距離にいるのに、見えていないのか全然気にしていないようだ。
「私の感触、鼓動もちゃんと感じますか?」
「あぁ、本当にこの世界にいるみたいだ」
「いるのですよ。この世界にいるから、私のこと、ちゃんと感じますね?」
「はは、よくできてるな」
「他人事みたいに言わないでください。ほら、こうして、存在しているのですから」
クーリエがユウスケの手を頬に当てる。
「異世界から、来てくださりありがとうございます。お会いできてうれしいです」
「クーリエか。めちゃくちゃ可愛いな。誰かこっちの世界に来る前に、俺と組んでもらえないか?」
「はい、ユウスケ様。ご主人様とお呼びしていいですか?」
「いいよ」
異世界住人は依然見た時は透けていたが、今はこちらの人間と変わりない。
クーリエの言うように、しっかりと実体化されていた。
ステータスは、全く見えないけどな。
「俺たち何見せられてるの?」
「さぁな」
クーリエとユウスケが手を握ったりしながら、楽しそうに話していた。
「ヴィル、サタニア・・・」
アエルが一通り見た後、深刻そうな顔でこちらに来た。
「なんだ?」
「な・・・何か気が付いたことあったの?」
「私、変態みたいじゃないですか? 恋人同士の周りをうろうろするなんて」
「今更何の話だよ」
呆れながら言うと、サタニアが前に出た。
「こんなの見に来たんじゃないわ。止めてくる」
サタニアが耳まで赤くして、ユウスケとクーリエの近くにずけずけと歩いていく。
「ご主人様、こんな楽しい時間は初めてです」
「ちょっと!」
ユウスケがサタニアを見る。
「あぁ、君も可愛いね。異世界は本当に美女ばかりだな」
「ご主人様は私のものです。渡しませんよ」
「っと・・・・」
クーリエがユウスケに抱きつく。
「は!?」
サタニアが2人の前に立つ。
「馬鹿言わないで。私は魔王ヴィルだけよ!」
― 魔女の剣―
椅子に足を載せて、剣を壁に突き刺した。
「!?」
「その辺で、確認作業はいいかしら? そんなに感度が高いなら、私の剣もかなり痛いでしょう?」
「・・・そうかもしれないね」
ユウスケが服を整えていた。
クーリエがユウスケの体から少し離れる。
「ちゃんと、詳しく聞かせなさい。これから転移してくる、異世界住人のことを」
サタニアがぎろりと睨みつける。




